第45話 泣け



「どうした?」

「ナギを呼びにきた」

「?」

「マサキさんがデザートにわらび餅をどうぞだって」

「そうか」


 ナギは屋敷に戻るために歩き始めると、サクラもその後に続く。


「ナギ、今誰かと話してた?」

「いや」

「そう。じゃあ気のせいか」

「サクラ」

「ん?」

「どうだ?」


 サクラが来て1週間が過ぎた。今のところ目立った変化はない。ただ気になるのはサクラの心境だ。ナギの家に来てからサクラには、ある程度の話はしてあった。あれだけ派手に狙われたのだ。誤魔化す方が難しい話だ。


「昔、よく泊まりに来てたから、懐かしいって感じかなー。けっこう昔からのお手伝いさん達がいるから」


 サクラはナギの家での暮らしはどうだと聞かれたと思ったようだ。


「いや。それは知ってる。気分はどうだと聞いてる」


 サクラに事実を話した日はかなりショックで、その日1日はほとんど話さなかった。だが次の日からはいつものサクラに戻っていた。

 それが問題だった。

 サクラは絶対に表に感情を出さず、どれだけ辛いことがあっても顔には出さない。 これはユウリの記憶とナギが今までサクラを見てきて分かったことだ。


「気分って? 別に――」

「俺にまでそんな表向きな言葉を並べなくていい」

「え……」

「今の正直な気持ちを言えと言っている」

「正直な気持ちって……別に……」


 ナギは立ち止まり振り返る。サクラも同じく立ち止まりナギを見あげた瞬間、ナギはサクラの額にデコピンを喰らわせた。


「いたっ!」


 サクラは驚き額を押さえ、何をするのだとナギを見る。


「無理するなと言っている。早く正直に言え」

「な、何を言うのよ!」


 サクラはムッとしてナギに言い返す。


「お前は自分の気持ちを表に出さない。悪い癖だ」

「……」


 サクラはナギを見れず目を逸らす。そんなサクラの頬を片手でギュッと掴み強制的に自分に向かせ、視線を合わせさせる。


「ほれ、吐き出せ」

「はにふぉひゅりゅにょよ!(なにするのよ!) ひゃにゃひれ!(離して!)」


 振りほどこうとするが力では勝てず、ナギの手はびくともしない。


「お前が言うまで離さない」

「……」


 だがサクラはぐっと口を噤み目線を外す。そんなサクラにナギはため息をつく。仕方ないかもしれない。今まで17年間ずっとそうしてきたのだ。急に話せと言っても話すわけがない。

 

「お前も強情だな」


 ――どうしたものか。


 そこであることを思い出す。自分が小さい頃に母親にしてもらっていたことだ。サクラの顎から手を離すと、そのままサクラを胸に抱きしめた。

 驚いたのはサクラだ。


「ちょ、ちょっと! ナ、ナギ?」


 どういうことだと目を見開き離れようとするが、背中に回された腕はがっちり固められびくともしなかった。


「泣いていいぞ」


 言われたサクラは驚きそのまま固まる。

 何を言い出したのか分からずに聞き直そうとした時だ。今まで聞いたこともないほどの優しい声音でナギが言う。


「どうせ今不安でいっぱいなんだろう」

「!」

「普通、あんなことがあって命を狙われていると聞けば、誰だって恐怖と不安になるものだ。ましてやお前は強いわけじゃない」

「……」

「そういう時は、ちゃんと気持ちを言えばいい」

「……」

「親でも兄姉でもいいから、誰かにその気持ちをちゃんとぶつけろ。そうしないといつか壊れるぞ」

「……」

「まあ今は親も兄姉もいないから、許嫁の俺に言えばいい」


 するとサクラはナギを見上げた。その顔は泣きそうというよりも、疑うような目だった。


 ――あれ? 泣きそうな顔ではないな……。


「で、これはどういうこと?」


 予想外の反応と言葉にナギの片眉がピクッと動く。


「小さい頃俺の母は、俺が不安な時にこのように抱きしめてくれて優しく語りかけてくれた。それで随分不安が和らいぎ、そのうち悲しくなって泣いた覚えがある」


 だからナギらしくない優しい物言いなのかとサクラは目を細める。


「じゃあ私は今、ナギの小さい頃と同じことをしてもらってるってこと?」

「ああ……そうだ……」


 サクラはムッとしながら言う。


「離して。小さい子と一緒にしないで」


 ――ほんと強情だな。


「嫌だ。お前が泣くまで離さない」

「な、なにそれ! 泣くわけ――」

「本当か? 本当は泣きたくてしょうがないんじゃないのか? 夜、また部屋で布団に隠れて声を押し殺して泣くのか?」

「!」


 サクラの体がビクっと反応する。その反応に図星かとナギは目を細める。今言った言葉は見たことを言った訳ではない。

 昔、ユウリが部屋で隠れて泣いているサクラを見つけた時の記憶があったからだ。皆の前では元気なサクラだったが、部屋で泣いていたのかと驚いた記憶だった。だからそうじゃないかと釜をかけたのだ。


「やはりそうか……」

「ち、違う……」


 まだ認めないサクラにナギは頭ごなしに溜息をついた。


「はあ。面倒くさい」

「め、めんどくさい?」

「ああ。やはり子供のように優しく言ってもお前には無理のようだ」


 そしていつもの感じで言う。


「ちゃっちゃと泣け。そして吐け」

「た、態度がいきなり変わったんだけど……」

「うるさい」


 そう言うとナギはサクラの後頭部を押さえ自分の胸に押しつける。


「不安で仕方ないと言え。怖くて寝れないと吐け。これからどうすればいいのかわからないと叫べ」


「――」


「泣きたい時は泣け。もう我慢しなくていい」


「なによ……ばか……大丈夫なのに……なんでそんなこと言うのよ……」


 文句を言いながらサクラの目からはポロポロと涙が流れる。それを見たナギはふっと笑う。


「やっと泣けたな……。ほんと強情だな」


 その優しい言葉がサクラの心に染みる。そしてサクラの最後の我慢の枷を外した。


 サクラは声を上げて泣いた。その間ナギはずっと黙って抱きしめ頭をなでた。






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