第44話 ユウリ、クリスティーヌと会う



 2日後、クリスティーヌはやって来た。

 貴賓室のソファーに向かい合わせに座ったユウリとクリスティーヌは挨拶をした後、下を向いたまま一言もしゃべらず時間だけが過ぎて行っていた。

 その様子をディークと、クリスティーヌの侍女カミラはどうしたものかと模索していた。するとディークが痺れを切らし話しかける。


「殿下、せっかくクリスティーヌ様がお見えになったのですから、城の周りでも案内してあげたらどうでしょうか?」


 すると侍女のカミラも賛同する。


「そうですね。お嬢様、ここはユウリ殿下に案内してもらいましょう」


 するとクリスティーヌは「え?」と今まで下げていた顔を上げる。


「で、でも殿下はお忙しいでしょうし、ご迷惑では……」

「いえクリスティーヌ様、そこはご心配なく。今日はユウリ殿下はクリスティーヌ様のために1日空けておりますので」

「え?」


 それを聞いて驚いたのはユウリ本人だ。


「ディークさ……」


 そこでディークに睨まれる。「さん」付けするなと言われているのだ。確かに従者に向かってさん付けはおかしい話だ。


「ディーク、そうなの?」

「はい。せっかく婚約者であられるクリスティーヌ様が初めてお見えになる日に仕事をいれては失礼にあたりますから」


 すると侍女のカミラが乗ってきた。


「そうでしたか! でしたらお嬢様、ユウリ殿下もああ言っております。ささ、案内していただきましょう!」


 そう言うと、クリスティーヌの腕を掴み、無理やり立たせる。


「さあ、殿下も女性を待たせてはいけません」


 ディークもユウリを立たせると背中を押す。


「ではクリスティーヌ様、こちらへ」

「さあ、お嬢様」


 カミラもクリスティーヌの背中を押しユウリの横まで連れていき、頭を下げる。


「ユウリ殿下、お嬢様をよろしくお願いします」

「殿下、クリスティーヌ様、行ってらっしゃいませ」


 ディークも頭を下げた。こうなると、もう出ていかなくてはならない。ユウリは仕方なくクリスティーヌに話しかける。


「ク、クリスティーヌさん、では行きましょうか」

「あ、は、はい……」


 ユウリとクリスティーヌが部屋を出て行ったのを見送った後、ディークとカミラは嘆息する。


「お互い苦労するな」

「ええ。そのようで」


 そしてカミラは疑問を口にする。


「今日初めてユウリ殿下を拝見しましたが、イメージがぜんぜん違いますね」

「というと?」

「聞いていたのは、戦うのが好きでいらして戦場にいつも行かれているという話でしたので、もっと強豪な方かと思っていました」

「……」


 まあそう思うだろうとディークは目を細める。1ヶ月前までの人物とは、まったくの別人なのだ。


「お嬢様はとても心配されてまして。もしそのような方なら、自分はやっていけないのではないかと悩んでもいたのです」

「それはなぜ?」

「とても気が弱い方でして。強い口調の方や、きつい物言いの方だと一言も話せなくなってしまうのです」

「そうなったのには、何か原因があるのか?」


 カミラは影を落とす。


「実は2年前に亡くなられたお嬢様のお父様のベルナール伯爵様がたいそうきついお方でして……」


 ――そういえばベルナール伯爵が病気で亡くなったんだったな。


 まだ2年前は戦争真っ只中だったため、ナギは葬儀には出席出来なかったのだ。

 だが戦争が終わっても、王家の中での権力争いもあり、クリスティーヌとの婚約もうやむやになっていたのだ。


 ――まあナギ様は婚約していたことさえも忘れていらしたが。


 ベルナール伯爵が亡くなった後、長男が継いでいるが、やはりまだ若いこともあり父親ほどの力はない。そのため、クリスティーヌの王家のナギとの婚約もいつ破談になるのか心配もあり、今回強行手段に出たのだろうことが伺えた。


「確かにベルナール伯爵は、喜怒哀楽が激しい方だと伺っていたが、娘にもそのような態度であったのか」

「はい。それはたいそう厳しいお方でした。でも今日ユウリ殿下にお会いして、とてもお優しいお方でしたので、少し安心いたしました」

「まあ殿下は優しいは優しいが、クリスティーヌ様と似たところがあるからなー」

「え、ええ……。確かに」


 2人は今後のことを想像する。


「はあ……」

「はあ……」


 同時にため息をつく。


「先が思いやられる」

「本当に……」




 その頃、ユウリとクリスティーヌは城の周りを散策していた。だが会話はない。2人ともどうしようか模索はしていた。


 ――うー、どうしよう。


 ユウリは少し後ろを歩くクリスティーヌを一瞥する。


 ――それにしても綺麗な人だなー。


 クリスティーヌは、腰まで伸びる白銀のウェーブした髪に、少し垂れ目の大きな目をしていて透き通る白い肌にピンクの唇が可愛らしさを引き立てている。そして、その白い肌を一層引き立てるように、青を基調とした生地に小さな白い花と淡いピンクのリボンがあしらわれた綺麗なドレスを来ているため、どこから見てもお姫様にしか見えなかった。

 映画に出てきそうな美しいお姫様にユウリは照れと緊張から余計に話せなくなっていた。


 クリスティーヌといえば、下を向き、どうしたらいいのか悩んでいた。

 すると、すーっと風が吹く。反射的に顔を上げ見ると、そこには広大な風景が広がっていた。

 城がある場所は、小高い丘の上にあったため、町が一望でき、その奥には3000メートル級の雪をかぶった山々が連なり緑豊かな平原とマッチした美しい光景がそこにはあった。


「きれい……」


 クリスティーヌは立ち止まり、その光景に感嘆の声をあげる。その声にユウリも立ち止まり景色を見て微笑む。


「ですよね。僕もこの景色が大好きです。暇さえあればここに来て景色を見てるんです」

「そうなのですか?」

「はい。この景色を見ていたら、嫌な気分も吹っ飛んじゃうんですよねー」


 ユウリは頭をかきながら恥ずかしそうに言う。


「わかります! こんな素敵な景色を見れば、誰しもそう思うと思います!」


 クリスティーヌは身をのりだして賛同する。それにユウリは驚き目を丸くする。


「でもみんななんとも思ってないんですよ」

「え?」

「普通の景色じゃないかって言うんです」

「えー! そんなことないですよ!」

「ですよね? クリスティーヌさんはわかってもらえます?」

「はい! とてもわかります! 私もユウリ殿下と同じ気持ちです」

「ほんとに? よかったー、わかってくれる人がいて」


 ユウリは笑顔を見せると、クリスティーヌも笑顔を見せる。そんなクリスティーヌがとても綺麗だとユウリは顔を赤くし目線をそらす。


「どうされました?」

「え? あ、いや。あっ! そうだ! 反対側の景色もとても綺麗なんですよ。行きましょう」


 ユウリは誤魔化すようにクリスティーヌを誘い歩き出す。


「はい」


 クリスティーヌは笑顔で応え、ユウリの後に続いた。

 その後、2人はぎこちなさはあったが徐々に会話が増え、楽しく景色を見て過ごしたのだった。





 その夜、ユウリはまたナギと話す。


『で、初めて会ってどうだったよ』


 ナギは含み笑いをしながらユウリに聞く。


「すごく綺麗な人だった……」


 ユウリは、ぼーっとしながら応える。クリスティーヌの笑顔が脳裏から離れない。なかなか話さないユウリにナギは笑う。


『よかったな。好みの女性で』

「なっ! 好みとか、そういうのじゃなくて!」

『なんだ好みじゃないのか』

「い、いや、好みじゃないわけじゃないけど……」

『どっちなんだよ』


 ナギは笑いながら突っ込む。顔は見えないが、ユウリの慌てた態度から手に取るようにユウリの気持ちがわかり、面白くて仕方がない。


「ただ……」

『ただ?』


 そう言ってから黙ってしまったユウリを、ナギは中庭を歩きながら張り巡らせた結界を張り直しながら待つ。するとようやくユウリが話し始めた。


『ただ、初めての感覚なんだ』

「……」

『今もクリスティーヌさんの笑顔がすごく素敵で気になって……。また会いたいなって……』


 ナギは微笑み、ただ「そうか」と応える。


『これって、やっぱり僕はクリスティーヌさんを好きになっちゃったのかなー。ナギ、どう思う?』

「知るか!」

『え? ナギなら女性に詳しんじゃ』

「アホ。だから言ったろ。俺はずっと戦場にいたんだ。まったく興味もなかったから女性のことなんてわからない」

『そうだったね』


 ユウリははあとため息をつく。女性に関してはナギも自分と同じなのだ。


「でもお前がそう思うなら、そうなんじゃないか?」

『なんだよ。いい加減だなー』

「俺もわからないんだよ。特定の女性を好きになったことがないからなー。そこらへんは俺の管轄外だ」


 そう言ってナギは結界の張り直しを完了する。


「よし。じゃあ切るぞ」

『あ、ごめん。また連絡する』

「別に毎日してこなくていいんだぞ」

『わかってるんだけど、ナギと話したいんだ。今まで友達みたいに接してくれる人いなかったならさー』

「友達みたいなって、兄弟だろ」

『そ、そっか』

「まあ兄弟みたいな友だな」

『うん!』


 ガタっと椅子が倒れる音がした。立ち上がり身を乗り出したのだろうことがわかりナギは微笑む。


「慌てるな。大丈夫か?」

『うん。嬉しくて』

「バカ」

『バカって言った!』

「あはは。じゃあ切るぞ。人がきた」

『あ、うん』


 通信を切ると、視線を後ろに向ける。そこにサクラがやってきた。




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