第43話 ナギの婚約者



 2人が話すのは夜10時過ぎということにしていた。毎日とは決めていないのに、あれからずっと毎日話している。それもいつもユウリからナギに繋いでいた。


『で、ユウリ、毎日連絡してきて暇なのか?』

「うるさいな! いいじゃないか!」


 ユウリは恥ずかしくなり、ついムキになって反論する。まずこんな風に反論することは今まで一度もなかった。

 なぜかナギに対してはまったく気を使わずに話す事が出来るのだ。色々と共有しているからか、ナギがユウリに対して卑下することを言わないからなのか、何を言っても大丈夫だという絶対的な安心感があった。


 でも一番の理由は、初めて男の友達が出来た気分になり嬉しくて毎日連絡して話したいというだけなのだが。


「別にいいけどな。で、どうした?」

「ちょっとナギに聞きたくて……」

『なんだ?』

「クリスティーヌさんってどんな人?」

『? クリスティーヌ?』


 さも知らないという反応のナギに、ユウリは苦笑する。


「ナギの婚約者でしょ。あ、今は僕のか」

『ああ。なんかいたなー、そんなやつ』


 まったく他人事のように言うナギにユウリは嘆息する。


「なに、その言い方。かわいそうクリスティーヌさん」

『で、そいつがどうしたんだよ』

「明後日、会いに来るって言うから、どんな人かと思って」


 クリスティーヌとは5年前に婚約したことはディークから聞いた。どんな人なのかナギの記憶を辿るがまったく出てこない。だからナギ本人に聞いておこうと思ったのだ。


 で、ナギの反応といえば、『知らん』の一言だった。


 やはりまったく記憶になかったのかとユウリはため息をつく。


「やっぱりね。記憶にないんだからそうだと思ったよ」

『1度も会ったことない』

「えー!」

「記憶にもなかっただろ?」

「うん。あえて分からないようにしてたんじゃ?」

「そんなことするわけないだろう。すべてお前にわかるようになっている」

「でもまったく覚えてないのはどうなんだよ」

『仕方ないだろ。俺の知らないところで勝手に決められ行われたことだったんだから』

「え? 勝手に? ナギなしで?」

『ああ。まあしょうがなかったんだけどな。俺は戦争真っ只中だったからな。そういう話は随分前からあったんだ。だが戦争だったこともあり放置していたんだ。だが向こうさんも年頃だったせいか、周りがうるさいのもあり、痺れを切らした向こうの親が結婚を迫ってきたわけよ。だから形式上婚約したというやつだ』

「じゃあ顔も見たことないの?」

『ああ。名前もユウリに言われてそんな名前だったんだという認識だ。だが父親や兄はあるみたいだけどな』


 戦争の最前線にいたナギならば、仕方なかったのだろう。


『今まで何も言ってこなかったから忘れてたわ。珍しいな。会いに来るとは』

「クリスティーヌさんももう22歳になったのと、戦争も終わり、この地にきて1年経ち、落ち着いたであろうということみたい」


 面と向かって言わなかったが、もう我慢の限界ということなのだろう。


『そうか。まあ会ったことないから、ユウリの好きなようにしてくれればいいぞ』

「えー! どうすれば! 僕、女性と話したことないんだよ」

『サクラと話してたじゃないか』

「サクラちゃんは昔から知ってて、姉弟みたいだったから」

『それサクラがかわいそうだぞ。女性と見られてなかったって知ったらサクラ、嘆くぞ』

「サクラちゃんなら大丈夫だよ。僕と同じ考えだろうから」


 それを聞いたナギは、その通りだなと微笑む。


 ――ほんとこいつら、婚約者なのに近すぎたからか、お互い異性という感覚がないんだな。


『あ、サクラちゃん、4日前からナギの家にいるんだよね? 元気にしてる?』

「ああ、使用人達とは面識あったからか、普通に生活してる」


 するとユウリが声のトーンを下げて言う。


『ナギ』

「ん?」

『サクラちゃん、自分の気持ち抑えちゃって無理するところあるから、気をつけてあげて』


 ナギは目を瞬かせる。まさかユウリからそのような言葉が出るとは思わなかったからだ。自分のことばかり考えていると思っていたからかもしれない。


「へえ。気づいてたか」

『うん。それ言うとサクラちゃんに怒られるから』

「あいつらしいな」

『最近思うんだ。僕、すごくサクラちゃんに甘えてたって』


 この世界にきた日、ディークに指摘されてから今までの自分を振り返るようになった。


 それからだ。サクラのことを考えるようになったのは。


 そこで何か問題が起るとサクラがいてくれたらと思っている自分に気付いたのだ。

 どれだけ今までサクラに頼っていたか思い知らされた。そしてどれだけ迷惑かけてきたか。どんなに我が儘を言っても、どれだけ文句を言っても、サクラはユウリの言うことを文句は言ったが、必ずしてくれた。


 自分はずっと甘えてきていたのだ。


 今それに気付くと無性にサクラに会いたくなる。ナギに頼めば、このガラス玉を通して声を聞くことはできるだろう。だがそれをしては駄目だと自分に言い聞かしている。もしサクラの声を聞いたら、また自分は元の自分に戻ってしまう気がするからだ。


 急に黙ったユウリをナギはじっと待つ。今ユウリが思っていることはなんとなく分かる。だから訊く。


「サクラと話したいか?」


 はっとする息づかいがした。やはりそうかとナギは思う。


『いや。いい』

「そうか」


 ナギはふっと笑う。良い傾向だ。


 するとユウリは話題を変えた。


『話戻すけど、クリスティーヌさん、どうしよう』

「別にどうもしないだろう。ただお前に会いに来るだけだ。丁重に迎えてやればいい」

『無理だよー。ナギみたいに僕は慣れてないんだから』

「俺も慣れてないぞ」

『え? 嘘だー』

「嘘じゃない。ずっと戦場にいたんだ。女性に会う暇なんてなかった」

『あ、そうか』

「ああ。向こうもその辺は理解しているはずだ。そう気張り過ぎなくていいだろう。思い出したが、ディークから聞いた話じゃクリスティーヌはとても物静かで、人見知りが凄いと聞いている。だからお前がリードしてやれ」

『えー! 絶対無理だってー!』

「やる前から無理無理言うな。お前の悪い癖だ。そこは直せ。じゃあ切るぞ」

『え? ちょっ――――』


 ナギは強制的に通信を切った。

 切られたユウリはムッとする。


「切りやがった。いつもそうだ! ナギめー!」


 その場で地団駄を踏むのだった。



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