第42話 ナギとユウリ①



「ナギ? いる?」


 するとガラス玉から声が聞こえてきた。


『おう。今帰ったところだ』

「どこか行ってたの?」

『今日は学校のやつと飯食いに行ってた』

「そっか」


 そこでユウリは疑問を口にする。


「ねえ。不思議に思ってたことなんだけどさ。このガラス玉ってどういう仕組みなの? なんで話せるの? Wi-Fiあるわけじゃないし」

『異世界でWi-Fi使えるか。そっちはまだこっちの世界よりも遅れてるんだからな』

「それぐらい分かってるよ。でもなぜ異世界なのに通信できるの?」

『まあそのガラス玉に俺の一部と魔力が埋め込まれている』

「一部?」

『ああ。内蔵の一部だ』

「えええ!」


 すると笑い声が聞こえてきた。


『あはは。そんなわけないだろう。嘘だ』

「え? 嘘なの?」

『俺の一部というのは本当だ。髪の毛と爪がそのガラス玉の中心に埋め込んである』


 ユウリはガラス玉を覗き込む。だがそれらしきものは見えない。


「見えないなー」

『見えるか。その中は見た目と違って異空間の狭間になってるんだよ』

「異空間の狭間? なにそれ」

『まあ簡単に言えば、色の三原則の図って分かるか?』

「あの3つのまるが重なり合っているやつ?」

『そうだ。緑、赤、青があり、3つが重なり合った場所が白だろ?』

「うん」

『その白の部分が狭間だ。そのガラス玉はその狭間と繋がっている。その狭間とガラス玉の接触部分に俺の一部があり、俺がどこの異世界に行っても俺と繋がるようになっているってわけだ』

「そうなんだ。じゃあナギもガラス玉の置物持ってるの?」

「ああ。だが俺は使わなくても話せる」


 ナギ本人だからだろう。


「なんかスケールが大きすぎてよくわからないや」

『まあ分からなくていい。で、どうだ? 改革は進んでるか?』

「うん。順調だよ。ほんと君、何もしてなかったんだね。もしあのままだったらこの国終わってたよ」


 ユウリは嘆息しながら言う。


『だろうな。でもユウリがちゃんとしてくれてるんだからいいじゃねえか』

「よく言うよ」

『そう言うなら俺も言うぞ。お前のせいで俺は大変なんだからなー』


 ナギの言うのは、引きこもりをしていて、色々な悪い噂のことだ。


「あはは。それ言われると何も言えなくなるなー」


 自我が認める出来損ないの息子だ。


『でもまあ大分誤解は解けてきているからいいが』

「ごめん」

『謝るなっていつも言ってるだろう。俺もお前に謝らなくてはならなくなる』

「そうだね」

『だからお互い様だ』



 このようにナギと話すようになって1週間経つ。



 ユウリがこちらの世界に来て3週間が過ぎた頃のことだ。その日は仕事が早く終わったため自室に戻りソファーに座り一息つく。


「はあ、疲れたー」


 だが嫌な疲れではない。どちらかと言えば充実感に満ちた疲れだ。

 まだまだやることはあるが、一応一段落した感じだ。


 ――そういえば、こんな風に時間が出来たのってこっちに来て初めてだな。


 来た当初は不安と驚きと寂しさでどう1日を過ごしたのかあまり覚えていない。ただただ部屋で引き籠もっていただけだった。だがディークに強引に部屋から出され連れて行かれたスラム化した集落を見てからは考えを改めた。そしてこの事業に取りかかってからはあっという間に時間が過ぎていったように思える。

 しかし長年運動もせず引き籠もりをしていたため、体力がまったくなく、すぐに疲れて自室に帰るとベッドに直行して寝ていた。だがここ最近は体も慣れ、このようにソファーに座りゆっくりする時間が持てるようになっていた。

 今日は時間もまだ早いため寝るには早く、ソファーで用意された紅茶を飲みながらくつろいでいるのだが、そこでテーブルの上に水晶のようなまるいガラス玉の置物があるのに気付く。今まで自室に戻っても暗くて気にならなかったが、妙に今日は気になる。


「なんだ? これ」


 ユウリは覗き込む。すると玉の土台になっている場所にボタンがあるのに気付く。


「光るのかなー?」


 よくボタンを押すと、オルゴールのように曲が流れ光る置物とかを連想する。ユウリは何げなく押してみた。すると、ピカッと光りを放ち玉が光り始めた。やはり光る置物だったかと思っていると、声が聞こえてきた。


『お! やっと気付いたか』

「!」


 ユウリは驚き飛び上がる。


「え? しゃ、しゃべった? え? これ、ラジオかなんか?」


 するとまた声が聞こえてくる。


『違うぞ。まあ通信機のようなものだ』

「え? 通信機? ってか、誰?」


 ユウリは驚きガラス玉を見る。


『あ、俺か? 初めまして。お前をそっちに送った張本人のナギ・リキア・リュウゼンだ。ナギでいいぞ』


 その名前に聞き覚えがあった。ディークから聞いていた名前。


「じゃあ! 君がここの!」

『そう。元主もとあるじだ』


 ユウリはばっと立ち上がり大声で抗議する。


「君かー! なんてことしてくれたんだ! 君のせいで僕はいきなりこっちに飛ばされたんだぞ!」

『そう言われてもなー。俺と同じぐらい自分のいた世界が嫌なやつを捜して入れ替わったんだ。俺が選んだんじゃねえからなー』

「え?」

『お前、自分がいた世界がすげー嫌だったんだろ?』

「そ、それは……」


 確かに凄く嫌だった。なんで産まれてきたのだろうとまで思い、死んでもいいとまで思った。


『俺も同じなんだよ。だからその世界から俺は抜け出したかった。だから俺は異世界に行くことを望みこの魔法を生み出した。だがこれはこの世界では違法なんだろうな。入れ替わる人物が必要だった。だから俺は俺と同じくらいの自分がいる世界が嫌な奴と入れ替わることにした。それがお前だ』

「そうなんだ……」


 そこでユウリははっとする。


「じゃあ、君は僕と同じくらいこの世界が嫌だったってこと?」

『ああ、そうだ。だから俺はてっきりお前がそっちの世界に行って喜んでいると思ってたんだが』


 ユウリは改めて考えてみる。こっちに来てからは少し寂しいとは思うが、この世界が嫌だとは思わない。反対に毎日追われるような膨大な仕事に、大変だがやりがいを感じ始めている自分がいるのだ。


「前いた世界よりはいいと思う……」


 するとナギがふっと笑った息づかいがした。


『よかった。俺もこっちの世界の方が過ごしやすい』

「そうなの?」

『ああ。たぶんだが、入れ替わる条件は、俺と同じくらい自分のいた世界が嫌なやつで、且つ、入れ替わる世界を気に入るやつが選ばれたんだろうな』


 確かにそうかもしれないとユウリも思う。


『それにしても』

「ん?」

『ユウリ、お前、思ったよりしっかりしてるんだな』

「え?」

『正直、最初お前の情報から、今もまだウジウジして部屋に引きこもっていると思っていたんだが』

「!」


 確かに前の世界だったらそうだったかもしれない。今はディークが背中を押してくれたからもあるが、自分からちゃんと仕事をして、問題があれば乗り越えようと自然に思っていることに気付く。


「確かにそうだったかも」

『でも声の感じから、そんなんじゃないんだろうことは分かった。でだ、一応お互い今まで何があったか話そうじゃないか。兄弟』

「え? 兄弟?」

『ああ。お互い今まで生きてきた記憶を共有しているんだ。兄弟のようなものだろ』


 そう言われれば、そうなのかもしれないが。


『あ、お前、兄弟いなかったな』

「うん」

『俺も弟はいなかったからな。ちょうどいい。じゃあ今日から俺が兄で、ユウリが弟な』


 なにがちょうどいいのか分からないが、まあ嫌ではない。


「やっぱりナギが兄なんだ」

『当たり前だ。年齢も俺の方が上だからな』

「そうだよ。僕なんていきなり7歳も年とっちゃったんだから」

『はは。俺は反対に若返っちまったな。こればかりはどうにもならなかったようだな』

「うん」

『じゃあ兄の俺から何があったか話してやる。今日は寝れないから覚悟しておけ』



 そして2人の報告が始まったのだった。




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