第35話 ああいうのが好み?



 サクラは、父と双子の兄と姉に囲まれ応接室にいた。


「本当に申し訳ございませんでした」


 サクラは3人にまず謝る。自分のために仕事を途中で切り上げて学校に迎えに来てくれたためだ。


 ただ3人には申し訳ないが、これってどうなのかと内心は思う。


 確かに妖獣に襲われたわけだが、幸い怪我もほとんどなく、ただ倒れた理由は朝からの熱だったのだ。それなのに3人共がサクラを心配して仕事を途中で切り上げ学校に来たというではないか。サクラからしたら大袈裟だとしか思えない。軍に所属しているのだ。このぐらいは想定内のはずだ。


 ――まあ昔から3人は私に過保護だからなー。


「体は大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」


 テツジの問いに笑顔で応える。本当のことだ。点滴のおかげでもう熱もなくだるさもない。ただルプラに握られた腕が少し痛いぐらいだ。

 問題はそこではなくこの状態だ。


 ――この尋問されている犯人みたいな張り詰めた重い空気、どうにかならないかなー。


 気付かれないように小さく嘆息する。父親のテツジは笑顔だが、兄と姉はなぜか表情が硬い。フジは目を瞑り腕組みをしているしアヤメはなぜか機嫌があまりよろしくない。

 どうしたものかと考えていると、アヤメがサクラを呼んだ。


「サクラ」

「はい」


 もしかして説教されるのかと自然と背筋を伸ばして緊張して返事をする。


「今日からサクラの部屋で私も寝るから」

「え? なぜ?」


 意味が分からず聞き返す。一緒の部屋で寝るとはどういうことなのかサクラにはまったく見当がつかない。


「今日あんたを襲ったルプラ。あんたを餌だとしるしを付けたみたいなの」

「ええええ!」

「おい、アヤメ」


 何を言い出すのかとアヤメを見るフジの耳元でアヤメは囁く。


「そう言わないと一緒に寝ることが出来ないでしょ。それに現にその通りなんだから嘘は言ってないわ」


 上級の妖獣は、獲物に自分のだというしるしをつけるのが一般的に知られていることだ。サクラを狙っているということは、どこにいるか分るようにしるしを付けているのは確実だろう。


「サクラにも自分が狙われていることは自覚してもらわないと、守るにも守れないわ」


 アヤメは淡々と話す。それに対して父親のテツジとフジは渋い顔をする。やはりこのあたりが男と女の違いなのかもしれない。やはりこういう時は同性でもあるアヤメは冷めている。


「そうやっていつまでサクラを甘やかすのよ! これはサクラの命がかかっているのよ!」


 男性陣は何も言えなくなり黙る。九條家ではアヤメが一番主導権を握っているのだ。


 ――さすがお姉ちゃん、強い。


 サクラは他人事のように父親と兄を見て苦笑していると、


「何笑ってるの? サクラ、あなたのことよ!」


 とアヤメに怒られた。


「でもなんで私が狙われてるの?」

「そ、それは、おいしそうだったからじゃない?」

「え?」


 その理由には、テツジとフジは目を細め冷めた目をアヤメに向ける。どう見てもそれは嘘だとばれるだろう。上級妖獣は基本、しょくさない。食べるのは中級以下の肉食妖獣だけなのだ。この認識は基本中の基本だ。誰がそんなデタラメを信じるかと思っていると、


「そうなんだ……」


 とサクラは青ざめて信じた。そんな妹を見てフジは、


 ――なんてかわいい妹なんだー。


と微笑み、父親であるテツジは、


 ――あまりにも妖獣に関しての知識を教えなかったのが間違いだった。


 とサクラの育て方を間違えたと項垂れる。


「そうよ。だからいつあんたを食べにくるかわからないから、今日から私が一緒に寝て、フジもすぐに助けにこれるようにするから」

「わ、わかった」

「でもうちは結界が張ってあるからすぐには入ってこれないと思うから、あまり心配しないでいいわよ」

「そうだぞ。俺もついてるから心配するな」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう」




 夜、アヤメはサクラの部屋に布団を持ってきてベッドの横に引く。


「お姉ちゃん、布団で寝て大丈夫?」

「あんたは気にしなくていいわ。布団で寝るのは軍で慣れてるから」

「そうなんだ」

「もっと薄っぺらい布団で寝させられるのよ。まだこのふかふかの布団は天国よ」

「お姉ちゃんとこうして一緒に寝るの小学校以来だね」

「そうね」


 母親を幼い頃に早くに亡くしたサクラは寂しかったのと夜が怖いのがあり、アヤメと一緒の部屋で小学校卒業するまで寝ていたのだ。


「サクラ、1つ聞いていい?」

「なに?」

「ナギのことなんだけど……」

「ナギ?」

「今ちゃんと学校に行ってるらしいわね」

「うん。ちゃんと毎日来てるよ」

「その……ナギが昔と変わったと聞いたのだけど……」

「あ、ああ……」


 サクラは苦笑する。


 ――そりゃそうよ。別人なんだから。


「強くなったって聞いたんだけど、本当なの?」

「ああ……そうだね。強くなったね」


 ――そりゃそうよ。別人なんだから。


「信じられないわ。あの弱虫ヘタレ小僧が」

「あはは……すごい言われよう……」

「その通りじゃない」


 するとアヤメは真剣な顔をサクラに向ける。


「ねえサクラ。あんた本当に許嫁、ナギでいいの?」

「え?」

「もし嫌なら……お姉ちゃんがどうにかしてあげる」


 ――可愛い妹をあんなヘタレな男に任せれない。もっと強い、サクラを安心して預けれる強いやつに! 


「なんならサクラの相手は私が選んであげるわ!」

「お姉ちゃん……」

「元々一條家との婚姻は父親同士が決めたこと。この時代にそんなのもう古いわ」

「でも……」

「もしかして、サクラの妖力の低さを気にしてるの?」

「それもあるけど……」

「そんなの気にしなくていいわよ。軍の強い人達も妖力を気にしない人はけっこういるわ。それにサクラは可愛いからすぐに相手見つかるわよ。だからナギなんてやめて新しい男見つけなさい。ね?」

「……」


 だがサクラはなぜかうんと言うことが出来ない。そんなサクラにアヤメは眉を潜める。


「まさかサクラ、ナギのこと好きなの?」

「え?」


 目を見開きアヤメを見る。


 ――私がナギのこと好き?


 イエスかと言えば、ノーだ。というより何も考えていなかった。それにナギとはまだそれほど付き合いが長いわけではない。いいやつだとは思うが、好きかと言えば違う。


「そういう訳じゃないんだけど……」

「じゃあなに? もしかしてずっと昔から一緒だったからナギに気をつかってるの?」

「そういうのとも違うんだけど……」

「じゃあなに? もしかして同情? まあそうよね。あんた以外あいつと結婚してくれる女性なんていないだろうしね」


 確かにユウリならそうだったかもしれない。だがナギなら背も高いし、顔もいい。性格もけっこう優しい。絶対に誰かかんかナギのことを好きになるだろう。


「……」


 そう思った瞬間、何故か胸がモヤモヤする。


「まさか、あんた、ああいうのタイプだったの?」

「え?」


 意味が分からずアヤメに視線を向ければ、大きなため息をつかれた。


「あんた、趣味悪すぎ。やっぱ今度いい男紹介してあげるわ」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! そんなことしなくて――」

「サクラ!」


 いきなりアヤメはばっと起き上がると、サクラを抱くように飛び着いた。

 刹那、


 パリーン!


 いきなり窓ガラスが割れ、粉々に飛び散った。


「な、なに!」


 サクラは驚き声を上げ、アヤメは横に置いてあった剣を持ち、すぐにサクラの前に庇うように立つ。そして窓に立つ影を睨む。その異様な姿に目を見開く。


「ルプラ!」




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