第34話 フジとアヤメ



 その頃、医務室にサクラの双子の兄のフジと姉のアヤメがやって来ていた。2人はヤマトと天宮に敬礼し挨拶すると、寝ているサクラを見て言う。


「サクラの状態はどうですか?」

「大丈夫だよ。今は寝ているだけだ」


 ヤマトが応える。


「何があったんですか?」


 フジもアヤメもサクラが妖獣に襲われたとしか聞かされていなかったからだ。

 天宮が2人に事の経緯を説明する。2人はやはり大いに驚いた。


「サクラの能力がばれたと……」


 フジは寝ているサクラの額に手を置く。


「恐れていたことが……」

「そこで1つ提案なんだが、サクラさんを一條ナギの家に預けようと私は思っているんだ」

「え?」

「ヤマト様! 今なんと!」


 アヤメがヤマトへ強い口調で言う。


「サクラさんをナギに預けて守ってもらうんだ」

「何を言い出すんですか! そんなことだめに決まってます!」


 やはりアヤメが目をつり上げ猛反対した。


「あんなどうしようもないやつにサクラを預けるなんて! 何を血迷ったことをおっしゃっているのですか!」

「九條アヤメ! 口を慎め!」


 天宮が叱咤する。そこではっとしてアヤメが襟を正す。


「申し訳ございません。ですが、こればっかりはヤマト様の命令でもお聞きすることはできません。サクラは私とフジが守ります」


 頭を下げるアヤメにヤマトは嘆息する。


「困ったねー」


 そこへサクラの父テツジがやって来た。


「ヤマト様、お久しぶりです」

「やあ九條殿、久しぶりだね」

「娘が大変お世話になったようで申し訳ございません」


 テツジは深々とヤマトに頭を下げる。


「サクラは?」

「今鎮痛剤で眠ってるだけだよ。朝から熱があったみたいだ。怪我はどこもない」

「そうですか」


 テツジは安堵のため息をつく。その後天宮がテツジにも何があったかを説明する。やはり相当驚き、最初声が出ずに絶句していた。やはりテツジはこうなることを一番恐れていたようだ。


「本当は一條家にサクラさんを預けるのが一番安心なんだけどね」

「一條家にですか?」

「ああ。ナギにサクラさんを守ってもらうのが一番いいんだけど、アヤメがどうしても嫌がってね」


 ヤマトはアヤメへ視線を向ければ、絶対にそれはお断りだという顔を向けている。そんなアヤメにフジは「よせ」と兄らしい態度を見せ、ヤマトへ視線を向ける。


「ヤマト様、なぜそれほどナギにサクラを預けたいのですか? 許嫁だからでしょうか?」


 そういうフジもアヤメと同じく納得がいかない様子だ。


「それはナギ君ならサクラを守れるとヤマト様は思っているからだよ。フジ、アヤメ」

「親父?」

「お父さん?」


 フジとアヤメが怪訝な顔をテツジに向ける。


「今そこでナギ君にあったんだ」

「え? ナギ、学校に来てるの?」

「ああ」


 フジとアヤメは信じられないと眉を潜める。2人が知っているナギは学校に来るようなやつではないはずだ。


「3年ぶりに会ったが、とても強くなってたよ」

「え? 嘘でしょ」


 アヤメは信じられないと眉根の皺を深める。


「本当だ。聞けば、この3年間、引きこもりというよりミカゲ様から内緒で特訓を受けていたようだ」

「ミカゲ様から?」

「あのミカゲ様ですか!」

「ああ」


 するとヤマトが言う。


「なるほど。だからあの強さなんだね」

「ミカゲ様?」

「実はさっき僕のルミネとナギを戦わせたんだ。そしたらルミネの完敗だった」

「!」


 それにはテツジ、フジ、アヤメは驚き目を見開く。


「ヤマト様のルミネが負けた?」

「ああ」

「う、嘘よ! そんなことあり得ない!」

「アヤメ?」

「ヤマト様が嘘を言っていないことは分かってます! でもやはり私はまだナギを信用できません!」

「アヤメ!」


 テツジが注意する。だがアヤメも引かない。


「お父さんだって今までそう思っていたでしょ! なんで急に態度変えるの!」

「お前もナギ君を見ればわかる」

「そんなの信じない! あんなヘタレに大事なサクラを預けることはできません!」


 アヤメは一歩も引くつもりはないようだ。こうなるとアヤメを説得することは不可能ということは全員分かっている。


「仕方ないね。じゃあフジとアヤメに任せるよ」

「ヤマト様!」


 天宮が抗議の声を上げ、アヤメは笑顔を見せ、テツジとフジはいいのかとヤマトを見る。


「アヤメはこうなると絶対に引かないからね」

「ですが、それではサクラさんが!」


 天宮が抗議をすると、アヤメが心外だと天宮に言う。


「天宮隊長、私達2人ではナギより無理だと言いたいのですか! こう見えても私達は近衛隊です!」


 天宮が口を開こうとしたのをヤマトが手をあげ遮る。


「天宮」


 ヤマトのその言葉から、絶対に逆らえない声音だ。くっと天宮は黙る。


「わかった。じゃあ君達2人に任せるよ。ただしもし無理だと判断したら――」


 次の瞬間、ヤマトの目が光る。


「僕の言うことに従ってもらうよ」

「……御意」


 そこにいた全員、膝をつきひれ伏し頭を垂れた。

 それは誰も反論出来ない服従の言霊だった。皇族は本当に従わせたい時に使う『言霊命令』だ。これをすると誰も反論出来なくなる。体が否と言えなくなるものだ。

 だがそれは使う皇族の者にもハンデがある。その『言霊命令』を使った後は、体に相当な負担がかかる。妖力をほとんど持って行かれるものだ。だから皇族の者は本当に危険な時と、従わせたい時しか使わない。それをヤマトは今使ったのだ。その意味は重い。そこまでしてヤマトはナギにサクラを守らせたいということの現れだった。



 サクラが目を覚ましたのはそれからすぐだった。サクラには『稀人まれびと』ということだけを伝え、万象無効ばんしょうむこう力のことは伏せた。いらない心配をかけたくないという双子の兄妹の要望だった。

 サクラ達が帰ってから天宮はヤマトに問う。


「ヤマト様、なぜ先ほど止めたのですか? フジとアヤメではルプラは無理です」


 天宮はさっきヤマトに止められた時のことを言う。


「分かってる。だがあの時何を言ってもアヤメはいいと言わなかっただろう。フジは何も言わなかったが、思いはアヤメと一緒だ」

「でしたら強制的に従わせたほうがよかったのでは?」


 天宮は先ほどヤマトが使った『言霊命令』のことを言っている。周りくどいやり方をしなくても『言霊命令』を使えばいいことだ。


「確かにあれを使えば従わせることができる。でもそれはあの2人の気持ちを無視してだ。そんなことしてもあの2人にとってもナギにとってもプラスにはならない。それなら身をもって分かってもらったほうがいい」

「身をもって? どういうことですか?」

「たぶんサクラさんに危険が及べば、すぐにナギが助けるだろう」

「え?」


 天宮は意味が分からず眉を潜める。


「ナギは帰り際にサクラさんに結界か何かを張っていった」

「え?」

「あの子凄いね。一瞬のうちに強力な守りの結界を張っていった。もしサクラさんに何かあれば、すぐに駆けつけれるようになっているはずだよ」


 あの時ナギはただサクラの額に手をあてだだけだ。だが一瞬で強烈な力がサクラを包んだ。初めて見るものだったが、あれはそういうものだ。


「そんなものをあの歳で」

「ナギなら、国に張り込む害虫を駆除できるかもしれないね」


 ヤマトは満足そうに口角を上げて微笑んだ。





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