第30話 特別授業③



「つっ――! 今のなに?」

「九條! 大丈夫なのか?」


 すぐに駆け寄りサクラを抱き起こす。


「すみません、ちょっと熱があるみたいで」

「いや、それより今の電撃を受けて何ともないのか?」

「え?」


 意味が分からずサクラはきょとんとする。


「まあいい。それよりまず逃げ――」


 だがそこで天宮が横に吹っ飛ばされた。


「隊長!」


 視線を天宮へと向けると、目の前にルプラの顔があった。


「!」


 サクラは驚き目を見開いたまま動くことができない。ルプラはそんなサクラの顔に自分の顔を近づける。サクラは恐怖で目をそらすことも出来ず息を止める。


「ほう。不思議な娘だ。我の電撃を受けても無傷とは」

「?」


 本当に恐怖を感じた時は、体が小刻みに震え、声も出ず、何も出来ないことを実感する。そんなサクラのことはお構いなしに、ルプラはニィッと牙を見せながら笑う。


「さあ、今度はどうかな?」


 刹那、サクラにまた電撃を食らわせた。


「がっ!」


 サクラは体中に衝撃が走り、地面にたたき付けられる。だがそれだけで、意識を失うことはなかった。


 ――なに今の。衝撃が頭上から来て押し倒された。


 熱と衝撃でサクラは意識が遠のきそうになるのを気力で持ち堪える。するとサクラの腕を『ルプラ』が掴み、上に持ち上げ立ち上がらせた。


 ――腕がい、痛い!


 熱のせいもあり、振り払おうにも力が入らない。


「ほう、やはり無傷か」


 その時だ。サクラを握った『ルプラ』の腕が斬り落とされ、サクラの拘束が解かれた。すぐに誰かがサクラの肩を抱き、ルプラから距離を取る。見れば天宮だ。額から血を流していた。


「大丈夫か!」

「隊長、額から血が!」

「私は大丈夫だ。それよりどこか怪我は?」

「い、いえ」


 天宮は安堵し、ルプラへと視線を向ければ、ルプラは斬り落とされた腕を呆然と見ていた。そして一瞬のうちに再生する。その再生の速さに天宮は驚き目を瞠る。


 ――何という再生の速さだ!


 そこへスズナ達を避難された近衛部隊が戻ってきた。天宮はすぐにサクラを渡しながら命令する。


「九條を!」

「はい!」


 だがすぐに『ルプラ』がサクラ達に今までよりはるかに強い電撃を落とした。


「!」


 あまりの強烈な電撃に、サクラと天宮以外意識を失ってしまった。サクラは隣りに倒れた近衛部隊の体を揺する。


「大丈夫ですか?」


 それを見た天宮は驚く。電撃に耐性がある天宮でさえ体中が痺れ膝を突くほどなのに、学生であり妖力がほとんどないサクラが普通に動けていることが不思議でならなかった。


 ――どういうことだ?


「やはりな。『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』か。良い拾い物をした」

「!」


 ルプラの言葉に天宮は、驚きサクラを見る。


 ――九條が万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと


 もしそうであるならば、この状況の説明がつく。だがサクラは国に『稀人』とは登録されていない。どうしてだと疑問に思うが、理由を考えている時間はない。今することは絶対にサクラをルプラに渡さないことだ。

 だが次の瞬間、ルプラがサクラを脇に抱えていた。サクラはその衝撃で意識を失ったようだ。


 ――早い! 見えなかった!


 天宮の額から汗が流れる。


 ――桁違いの強さだ。


 その時だ。サクラを抱えていた『ルプラ』の腕がまたもや切り落とされた。


「!」


 天宮はその人物へと首を巡らせ安堵する。そこにはサクラを抱き抱えているヤマトと宙に浮いた目がない白い女性がいた。

 ルプラはまたもや腕をすぐに再生させ、ヤマトを見て叫ぶ。


「伊集院ヤマト!」

「名前を知ってもらえて光栄だね。焼き払え、ルミネ」


 すると、ヤマトの横の目がない白い女性が強烈な妖力を放った。その放たれたルビー色の焔がルプラを一瞬にして包み込み燃え上がる。


「この力! 聖女カラリアか!」


 ルプラは、焔を自分の妖力を爆発させて消し去ると、天井へと飛びながら上がって行き、天窓を破壊して外へと逃げて行った。それを見てヤマトが近衛隊へ命令する。


「追え!」

「は!」


 ヤマトと一緒に来た近衛部隊は逃げたルプラを追って出て行った。残った天宮はヤマトに頭を下げる。


「ヤマト様……すみません……」

「いや、あれは僕の聖女の力じゃないと無理だった」


 ヤマトは腕の中で気を失っているサクラを見て言う。


「何があった?」

「それが……」


 天宮は事の顛末を話す。ヤマトは大いに驚きサクラを見る。


「『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』だと……」


 ――なるほど。なぜ一條家と九條家が幼いうちに2人を許嫁にしたのかが分かった。このを守るためか。


「このことを知っているのは?」

「私だけです」

「このことは他言無用だ。天宮の内だけに留めておいてくれ」

「しかし……良いのですか?」


 『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』は、国が管轄下に置く『稀人まれびと』だ。国への報告は必須で、国の管轄下に置かれるのが決まり。もし怠れば罪に問われる重罪に値する。


「良いよ。天宮が言わなければばれないことだ」

「ですが、ルプラが捕まらなければ九條は狙われるかもしれません」

「だね。ちょっとあの人達に話しておこうか」





 その後サクラは医務室に運ばれた。医務室の常備医師がサクラの状態を説明する。


「風邪ですね。無理して動いたため熱が上がったのでしょう。鎮痛剤を打ったので今は眠っていますが、時期に目が覚めるかと」

「分かった。君は少し席を外してくれ」

「わかりました」


 医師はヤマトに頭を下げると医務室を出て入った。

 しばらくすると、呼び出されたナギとミカゲがやって来た。ナギの姿を見てヤマトが笑顔で声をかける。


「始めまして。一條ナギ君」


 ナギは頭を下げるが、誰だと目を細めている。すると、ミカゲが説明した。


「朝話した伊集院ヤマト様だ」


 この者がそうかと見る。確かに容姿端麗で独特の妖力を持っている感じだ。


「ミカゲさん、あなたが〝様〟をつけるとこそばゆいからやめてくれないかな」

「一応こいつに教えるのに、〝様〟をつけねえといけねえだろ」


 頭を掻きながら嫌そうな顔をして言うミカゲにヤマトと天宮は笑う。

 そこでナギは尋ねる。


「ミカゲは知り合いなのか?」

「まあな」

「ミカゲさんは僕の妖力の師匠であり、先生なんだよ」


 だからと言ってため口で話していい相手ではないはずだ。あまりのミカゲのフレンドリーな言葉使いにナギは疑問をもつ。だが天宮が挨拶してきたため、一旦疑問を横に置く。


「私は近衛部隊隊長の天宮だ」


 ――近衛部隊隊長ということは、軍の部隊ではトップの者か。


 確かに隊長だけあり妖力はかなり強い感じだ。


「一條ナギです」


 一応挨拶をし、ベッドで寝ているサクラへ視線を移す。


「サクラは? 怪我とかしたのか?」

「いや。怪我はしてない。ただ熱があって、今は鎮痛剤で寝ているだけだよ」

「そうか」


 ナギは安堵の表情を見せる。やはり朝のサクラの様子から体調が悪かったのだと納得する。


 ――相変わらず、こいつは自分のことを隠す。


「で、なぜナギと俺を呼んだ?」


 ミカゲがヤマトへと尋ねる。


「一條君は、サクラさんの許嫁だよね?」

「それだけじゃないだろ。医者をこの場から席を外させ、今いるのが、お前と天宮、そしてナギと俺だ。どう見ても聞かれてはまずいことでもあるようじゃないか」

「さすがミカゲさんだ。その通り。そして僕の考えも正しかったようだ」

「どういう意味だ?」

「あなたはサクラさんの秘密を知っているね」

「……」

「まあそうだろうね。ミカゲさんの特殊能力では誰も隠すことが出来ない」


 ミカゲは抗議の目をヤマトに向けるが、ヤマトはそれを笑顔で受ける。


「そんな怖い顔をしないでほしい。ちゃんと今から説明するから。天宮」

「あ、はい」


 天宮はナギとミカゲにヤマトにした説明をする。その説明にナギとミカゲは驚き目を見開く。


「『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』だって?……」


 ミカゲはあまりにも驚き反復する。


「その感じだと、そこまでは知らなかったようだね」

「あ、ああ……」

「『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』ってなんだ?」


 初めて聞く言葉にナギが質問すると、ヤマトが応えた。


「『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』とは、有りと有らゆるものを無効化する者のことを言うんだよ」

「え?」

「すべてこの子に当たった妖力、妖術は無効化される」

「!」

「それは素晴らしい能力ではある反面、危険な能力でもある」


 そこでナギはミカゲに訊ねる。


「サクラってどんな鍵でも開けるよな?」

「ああ」

「それもその『万象無効の稀人』の能力ということか?」


 それもヤマトが応える。


「そうだね。無効化というが、僕が思うに『万象無効の稀人』は、すべてのものを無意識のうちに瞬時に解読して対処する能力だと思っている。だから鍵も瞬時に解錠方法を解読して開けてるんじゃないかな」


 ヤマトの言うことが本当なら、鍵だけでなくナギの拘束魔法を解除したのも得心がいく。


「どちらにしても、これはうちの天陽国てんようこくに知られても、敵国ガーゼラ国に知られても最悪だね」

「? どういうことだ?」


 ナギの疑問にミカゲが応える。


「サクラはどちらにいても利用されるということだ」








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