第23話 スラム化した集落②



「もう朝に噛まれたとしたらもう3時間は経っています。症状も熱と喉の渇き、傷口の炎症も始まってます。もうああなると医者では無理です」

「そ、そんな!」


 ユウリは男の子へと視線を向ける。息使いも荒くなってきていた。


「あと30分持つかどうか……」

「どうにか助けられないの?」


 ユウリは声を荒げる。


「治癒魔法ならどうにかなりますが……」

「じゃあ、ディーク、お願い!」

「私では無理です」

「え? 治癒魔法ってけっこうみんな出来るんじゃないの? だってゲームやマンガとかだとみんな普通に使ってるじゃないか!」

「げーむやまんが? それは何かわかりませんが、この世界では治癒魔法が出来る者は限られています。それも家系がもっとも関係していて貴重な職業なのです。後は突然変異で現れるぐらいですか。ですから今は私が知る限り、代々王都の専属治癒魔法師の家系のベルトン伯爵家しか浮かびません。でも王族専門なので一般市民に治療を施すのは無理ですし、他の治療魔法師を探すのも今からでは時間的に無理です」


「そ、そんな……」


「それにあの子供だけを特別扱いにすることはどうかと。よく見てください。ここにはたくさんの病人がいるのです」


 ユウリは言われて周りを見る。確かに藁の上に寝ている老若男女がいる。ただ寝転んでいるのかと思っていたが、そうではなく、病気や体調不良で動けない者のようだ。


「それにどんなにあがいても、今あなたがあの子供に出来ることはないのです」


 ぐっと奥歯を噛みしめる。だからと言って目の前で死にそうになっている男の子を見捨てることがどうしても出来ない。


「この前ディークは僕に、このまま引き籠もっていたら、ここの者達の命は失われていくって言ったよね? それは僕がここの者達を助けろということじゃないの?」

「確かに救済するのはあなただとは言いました。ですが、それは助かる命の者に限ってのことです」


 ユウリはぐっと拳を握り下を向く。


「だから、あの子を見捨てろと」

「はい」


 迷いもなく頷くディークに、ユウリは信じられないという眼差しを向ける。


「なんで、そんな簡単に見捨てろなんて言えるの……。見捨てる命なんてないのに……」

「戦争を知らないあなたには分からないでしょう」

「え……」


 どういう意味だと眉を潜めるユウリに、ディークは気まずそうに目を伏せて謝罪する。


「失礼しました。失言でした。ですが、今あなたがここでどうあがいても、何も出来ないのは事実です」

「……」

「冷酷ではありますが、助ける方法がない以上どうしようも出来ないのです。時には諦めも必要です」


 ユウリは脱力し、ふっと鼻で笑う。


 ――そうさ。もう助ける方法はないんだ。ここで僕がいつまでもうだうだ言っててもしかないんだ。諦めるしかないんだ。僕には何もしてあげれないんだから……。


 その時だ。サクラの怒鳴り声が脳裏に浮かぶ。


「ユウリ! 何諦めてるのよ! そんな風だからいつまでもバカにされるのよ! いつも怪我した動物を拾ってきては必ず治すって言って治してきたじゃない! あの時のユウリはどこに言ったのよ! 諦めるんじゃないわよ!」


 そう言って仁王立ちして言う中学生の頃のサクラが脳裏に浮かぶ。そこではっとする。


 ――そうだ! いつも動物だけにしてたから気付かなかったけど、あの子にも効くんじゃないのか!


 ユウリは子供へと視線を向ける。


 ――でも出来るかな。


 不安からどうしても体が動かない。いつもそうだ。もし失敗したら、もし治らなかったらと不安が先走る。ディークや男の子の母親はなんて言うのだろうと考えてしまう。


 ――やっぱり無理だ。僕には出来ない。


 そこでディークが言っていた言葉が浮かぶ。


『ナギ様が昔私に言った言葉があります。やる前から無理だと言うな。無理と言う前にまずやってみろ。自分がいいと思うことすべてを実行しろ。最後まで諦めずに続けろと』


 ――そうだ。やる前から無理だと思うな! やってみないと分からないじゃないか! もし何もやらなかったら余計に僕は後悔する!


 ユウリは顔を上げ、男の子へと歩みを進める。


「ユウリ様?」


 ディークが慌ててユウリの後を追う。

 ユウリは男の子の前にしゃがむと足に手を当てる。すると淡い緑色の光りが傷を包みこんだ。


「何をしているのですか?」


 ユウリの行動にディークは怪訝な顔を向ける。


「治療です」

「!」


 するとどんどんと子供の炎症を起こした傷が治っていく。


「治癒魔法が出来るのですか!」


 魔法じゃないんだけどと思いながら、


「うん。でもいつも動物にしかしたことがなくて、人間に効くか分からなかったんだけど、どうにか効いたみたい」


 本当に出来るか心配だったが、上手く出来たようだ。これはユウリの特殊能力の1つだ。だが誰も、サクラさえもユウリの特殊能力のことを知らない。


 しばらくすると綺麗に傷が治り男の子の苦痛な顔はなくなり元気になった。


「これで大丈夫」

「ありがとう」


 そう言って笑顔を見せた男の子を見て、ユウリは胸に熱いものを感じ、心からよかったと思った。感謝されるのがこれほど嬉しいものなのだと初めて感じた瞬間だった。


「ありがとうございます!」


 母親も涙を流しながら頭を下げた。


「治ってよかったです」


 その後帰る時、親子はユウリが見えなくなるまで手を振っていた。ユウリも同じくずっと手を振り応えた。







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