第22話 スラム化した集落で①
◇
ユウリを強引に連れ出し街の状況を見せてまわって4日目のこと。
4日目となると、少しずつユウリに心境の変化が見え始めていた頃でもあった。
そこでディークは、頃合いだと街の外れにある場所へとユウリを連れて行ったのだ。
ユウリ達は少し離れた物陰からスラム化した集落を見る。
「ここは、働く場所も住む場所もなく、食べる物もままならない人達が集まって暮らしている集落です」
集落と言うが、どう見ても朽ち果てる寸前の家屋や、紅板などの物で簡単には作った小屋などが点々と建ち並んでいるだけで、ハエなどが飛び、衛生的にも良い場所とも言いがたかった。
するとユウリ達とは大分離れた場所で城の兵士らしき者達がパンや野菜等の食べ物と飲み物を支給していた。
「あれはナギ様が命令して1日おきに朝と夜に支給しているのです。ですが全員の分はありません。限りがあります」
記憶を辿れば、ナギがポケットマネーを出して朝はパンと野菜、夜は炊きだしをするよう指示を出しているのが分かった。
「これはあくまでも一時的な処置です。根本的な解決には至ってません。全員に支援がまだ行き届いていない状態です」
確かに何人かは取りに行く気力もないのか動こうという素振りを見せない。見れば欲しそうにしている者もいる。この場所にも少なからず弱者と強者がいるようだ。そして動くことも出来ないほど弱り切っている者も見うけられた。
だが今まで放置していたわけではない。ナギもこの者達をどうにかしようとしていたことが記憶からも分かったし資料からも窺えた。だがどうしても後回しになっていたことは否めない状態だった。
その時は、それだけを見てすぐにその場から離れた。
そして城に帰ってきてからディークは言った。
「これからはナギ様に変わってあなたがあの場所の人々の救済をすることになります」
「そ、そんな! 僕にはナギさんみたいなことは出来ないです」
するとディークは否定するわけではなく、ただ冷めたような表情と声音で肯定した。
「そうですか。別にそう思っていてくれてかまわないです」
「え?」
「それはこの領土の
「いや、それは……」
「私が出来ることはここまでです。これからも前の世界のように部屋に閉じ籠もっていたいなら、そうしていただいて結構です。それでしたら、もう私があなたに助言出来ることはありません」
「……」
「ですが、あなたがこれからも今までのように部屋に閉じ籠もっている間に、あそこにいる病気の者や子供達の命が失われていくということだけは覚えておいてください」
「!」
ユウリは目を見開きディークを見る。
「そして私達従者も街で働く者達も、あなた次第で良くも悪くもなることを肝に銘じていてください」
そしてディークは静かに諭すように言う。
「あなたの立場は、そういうものなのです。どうあがいても、逃げても、この事実はもう変えることは出来ないのです」
◇
その時のことを思いだしながらユウリは言う。
「あの時ディークさんが冷たく突き放してくれたおかげで僕はまた引き籠もりにならずにすんだ」
「突き放した覚えはありません。ただ事実を述べたまでです」
「あはは。そうだね。でもディークさんのおかげで今僕は前に進めているから」
「そうですか。それはよかったです。で、」
「?」
「〝さん〟付けはやめてくださいと何回も言ってますよね? いい加減覚えてくれませんか」
「あ、はい、すみません」
ユウリは肩を窄め、罰が悪そうに頷く。そんなユウリにディークはふっと笑う。
「あ、ディークさん――」
そこでディークにギッと睨まれたので、いけないと慌てて訂正する。やはりどうも慣れない。
「ディーク、お願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょう?」
「もう一度あの集落に連れて行ってほしいんだ」
「なぜですか?」
「もう一度しっかりあの場所のことを見ておきたいんだ。あの時は遠巻きからしか見えなかったし、ちょっとしか見てないので」
「あまりおすすめしませんが。あそこは病人だけではなく、
「わかってます。でもどうしても見ておきたいんだ」
ユウリの真剣な訴えにディークは小さく嘆息する。
「わかりました。ですが、こちらの言うことには従ってもらいます」
「はい!」
結局、頭からすべて隠れるマントを着用させられ、手練れの従者5人を護衛につけることになった。マントはあまりユウリの顔を知られないためのようだ。
そしてユウリ、ディーク、護衛の5人はスラム化した集落へと向かった。
今回は歩いて見てまわる。そのため、集落の者は皆、誰だとユウリ達を見ていた。だが腰に剣をつけた護衛の従者5人が威嚇するように見返すため、誰も文句を言う者はおらず、反対に身に覚えがある者達は捕まるのではないかと危険を感じ姿を消していった。そのおかげで集落で目にする者は、弱っている者や弱者の者ばかりだった。
そんな中、ふと見れば、皆から離れた場所に親子がいた。子供の男の子はどこか悪いのか苦しそうに横になっている。その隣りで母親らしき女性が泣きながら心配そうに寄り添っていた。ユウリはすぐに親子のところへと走り寄り声をかける。
「大丈夫?」
すると男の子が苦しそうに声をあげる。
「……水……水を……」
「水? 誰か水を!」
「しかし……」
護衛が戸惑う。
「僕の水でいいから」
「わ、わかりました」
護衛の者は懐からユウリ用に持ってきていた水筒を取り出しユウリに渡す。ユウリは受け取った水筒の蓋を取ると男の子を抱き起こし口元に水筒を運ぶ。
「ほら、飲んで」
男の子は水だと分かると勢いよく飲み始めた。
「おいしい?」
男の子は飲みながら頷き返す。
「ありがとうございます」
隣の母親が涙を流しながらお礼を述べる。それにユウリは照れながら微笑み返した。そこでユウリは男の子がはいているズボンの隙間から見える足首が怪我をして血が出ていることに気付く。
「怪我してる?」
ユウリはズボンをめくる。すると足首が何かに噛まれた後があり、そこが紫に変色していた。
――何かに噛まれたのか?
するとディークがばっと近寄り母親に尋ねる。
「子供はあの
すると母親は怯えた顔になり唇をあわあわと震わせる。その意味が分かりディークは付け加える。
「別に咎めぬ。聞いているのだ。応えなさい」
すると母親は小さく頷き応えた。
「はい。食べ物に困り、あの山に入りました。あの山には木の実が採れますから。でも入ったのは入り口だけです。中までは行っておりません」
どういうことだとユウリはナギの記憶を
すると
元々山自体が毒が地面から湧き出ている箇所があるため、このような名前がついているらしい。そしてその場所で長年生息している動物も毒を持っていて強力なため、山全体を柵で覆い、人間が入れないようになっていたのだ。
そして、もし侵入した場合、罰せられるため、母親は怯えていたようだ。
「この傷からして毒蛇ミムバか」
ディークは子供の傷を見て言うと、母親は頷く。
「はい。今日の朝に……」
「――」
ディークは眉間に皺を寄せ苦渋の顔を見せる。そして立ち上がると、ユウリの腕を引っ張り親子から離れさせた。
「ディークさん? どうしたの? 早くあの子を病院に!」
「無駄です」
「え?」
「あの子供が噛まれたのは猛毒を持つミムバです。朝噛まれたとしたら、もう3時間は経っています。今から病院へ行っても間に合わないでしょう」
「間に合わない? どういうこと……」
「ミムバに噛まれて1時間の間に解毒剤を打たなければ効果がないのです。それ以上時間が経ってしまうと全身に毒が回り、解毒剤では効かなくなります」
「!」
「もう朝に噛まれたとしたらもう3時間は経っています。症状も最終段階の、熱と喉の渇き、傷口の炎症が始まっています。もうああなると医者では無理です」
「そ、そんな!」
ユウリは男の子へと視線を向ける。息使いも荒くなってきていた。
「あと30分持つかどうか……」
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