第21話 ユウリ1歩前へ
ユウリが来て2週間が過ぎた。
ユウリは最初はあたふたしていたが、大分用量が分かってきた。まだこの世界には慣れないが、ここには自分をいじめる者や罵倒する者は1人もいない。それが一番ユウリにとって居心地よかった。
そして仕事もどうにか板についてきた。問題はどうやってこの街のインフラを整備するかが課題だった。
この国の主な収入源は農業だ。だが膨大な土地があるにもかかわらず、それほど収入はない。元々荒れた土地が多くこの2年で大分改良されてはいたが、まだ半分は手付かずの状態だったからだ。
その理由は水路がないことが大きな原因だった。
水路をどうにかすればもっと収穫量も増え、ツイランの街も豊かになるはずなのだが、それをするには大きな問題があった。それは財政だ。今始まったことではない。今までは足りないものはナギのポケットマネーでどうにかしてきたようなのだが、そんなやり方をしていれば、近いうちにナギのお金も底をついてしまい、工事が途中やりで終わってしまいそうだったのだ。
それだけではない。後回しにされている場所があった。それは街から少し離れたスラム化した集落だ。
2年前までは働く場所がないため、街では犯罪が横行し治安もとても悪かった。それをこの2年でナギは警備を強化したり仕事を与えたりした。そのため街での犯罪は少なくなったが、まだ多くの者が働くことが出来ず、街が発展して行くことによって行き場を無くした者達は、町外れの
だが荒れ地と水路の確保を優先にしたため、その者達を後回しにし、放置していたのが現状だった。
問題が山住の状態にユウリはため息をつく。
「はあ、どうしたものか……」
もうお手上げだと頭を抱えていると、ディークが執務室にやってきて声をかける。
「どうかされましたか?」
「ディークさん」
すると、ディークはムッとしてユウリを睨む。
「私に〝さん〟はいりません。他の者が不審に思いますのでおやめくださいと何回も言っていますよね」
「あ、そうだった。すみません。どうもまだ慣れなくて」
敬語も使うなと言われていたので、大分敬語はよくなったが、どうも〝さん〟付けは癖でなかなか直らないでいた。
そんなヘラヘラ笑うユウリをディークは嘆息をし、改めて訊ねる。
「で、なにかお悩みですか?」
「いえ、ただ先が見えないなーと思って」
そしてまたユウリは書類を見ながら何か考えるように黙り込む。そんなユウリを見てディークは思う。
――少しはましになったようだな。
そしてユウリが真剣に見ている資料を覗き込む。
「ユウリ様」
「ん?」
「街の行政とかに興味がおありだったんですね」
「あはは。こんな僕が興味を持つのはおかしいよね」
「いえ、そういう意味では……」
「いいんだ。僕も驚いているから」
「?」
「僕は元々農業に興味があって。学校もそっち系に行きたかったんだけど……」
「お父様が望んだ軍事学校に行かされたんでしたよね」
「うん」
この2週間の間、ユウリはディークに今までの自分の育ってきた環境などを話した。そして自分がどれほど甘えて生きてきたか、自分のことしか考えていなかったかに気付いたことなど、あらけざらいすべてディークに話した。
それは、ただ誰かにこの不安な気持ちを聞いてほしかっただけかもしれない。
ディークはユウリが話す間、ずっと聞いてくれた。それがユウリには嬉しかった。ディークは見た目とは違い、とても優しいのだろうと思った。
だが優しかったのはその時だけだった。仕事のことになると話は別だ。容赦なくユウリを叱咤し、間違いがあれば厳しく指摘した。
――誰だよ、最初出来ないのは当り前だと言ったのは!
とディークの容赦ない教え方に、必死に覚えながら心の中で文句を言ったものだ。
だが今思えば、それがよかった。あまりの分刻みのスケジュールとスパルタ教育のおかげで、仕事が終わればバタンキューと寝てしまう日々が続き、悲しむ暇がなかったからだ。
仕事も思ったよりも覚えるのは簡単だった。学校は行かなかったが、通信教育で勉強はしていたので、その点は現役学生でよかったとユウリは思った。
そして生活と仕事にも少し慣れてきた頃、このツイランという土地のことが少しずつ分かってきた。分かってくると、どうしても元いた世界と比べてしまい、色々な所が気になり始めたのだ。
「最初は、あの荒れた土地をどうにか出来ないかなと思ってナギの記憶を辿ってみたら、色々なことが気になり出したんだ」
ナギは確かにこのツイランをよくしようとしていたが、何もかも整備された王都での考え方でやっていたため、結果何も知らないこの街の住民を置き去りにしていた感じのようだった。
「ちょっとナギ達王都から来た者と住民との認識が違い過ぎるような気がして」
「認識の違い……ですか?」
「うん。どうしてこれをするのか、どうして今のままではいけないのか、これをすればこういうことが楽になるとかの住民への説明がされていない。だから住民達は意味が分からず仕事をしている感じなんだよね。そうなると、やらされている感が大きくなり、不安と不満を抱えながら、ただ言われたことをやっているだけになって志気が上がらないから効率が悪いと思うんだよね」
「なるほど」
「あ! これ、僕の考えというよりネットで他の人が言ってたことなんだけどね」
「ねっと……とは?」
「ああ、そっか。この世界はまだそこまで科学が進んでいないんだったね」
「そういえば、あなたの世界は科学が進んでいたんでしたね」
「うん。その代わり魔法というものはなかったけどね」
ディークにはユウリがいた世界がどんな風だったのかも説明してあった。
「ネットというのは、色々な情報が簡単にわかるもので、いろんな人が自分の得意分野をみんなに見てもらおうと載せているんだ」
「新聞みたいなものでしょうか」
「まあ、そんな感じだね」
テレビやスマホがない世界のため、これ以上説明してもディークには正確な理解は無理だと曖昧に返事をする。
「そのように外に気がいくようになったということは、少しは落ち着いたようですね」
それはユウリの精神状態を言っているのだろう。来た2日間はこの状況が受け入れることが出来ず部屋に閉じこもっていた。だがそんなユウリをディークは強引に部屋から連れだし、城を案内したり、街へ出て街の状況を見せたりした。それが4日間続いた。そのおかげがあってかユウリの中で少しずつ気持ちの変化が見られるようになってきていたのは確かだ。
「ディークのおかげだね。あのまま僕を部屋から連れ出してくれなかったら、また今までみたいに部屋に閉じこもっていたと思うから」
そう言ってユウリは微笑む。
「それに、この前行ったスラム化した集落が僕にとって衝撃的でだったし……」
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