第20話 ユウリとディーク
ユウリは前を歩くディークを見る。
――本当にディークさんは、ナギって人をとても信頼していたんだな。
あの時のディークの顔はどこかサクラに似ていたなと思う。
――そうか。サクラちゃんが僕を助けてくれる時に見せる目が、ディークさんのナギを見る目に似てるんだ。
サクラがいつも不安で泣きそうになるユウリに、自分が守るからと言いながら見せる自信に満ちた迷いがない目。その目にどれだけ安心して救われたか。
――今、気付くなんて……。
どれだけサクラに甘えていたのか、どれだけサクラに救われたのか、ディークに言われて気付いた。そしてどれだけ愚か者だったのか思い知らされる。
後悔の念に苛まれていると、ディークがある一室の前で止まる。
「ここがあなたがこれから仕事で使う執務室です」
中に入ると、壁には天井まである本棚が並び、真ん中にはソファーとガラスの机、そして奥には重厚な木の机があった。見た感じ、会社の社長室のような感じだ。ディークはユウリに机に座るように促す。
「まずこちらに座ってください。今日はまだ来たばかりですので、ナギ様の記憶をたどりながらこのノートを見ていてください」
ディークはノートをユウリに手渡す。最後にナギがディークに渡したノートだと分かる。そこで訊く。
「ディークさん」
「なんでしょう?」
「今ディークさんは納得出来たのですか?」
「何をですか?」
「ナギさんと僕が入れ替わったすべてのこと……」
その言葉でディークは、ユウリがナギとのやり取りを垣間見たのだと把握する。
「そうですね。まだつい先ほどのことで、すべてを納得しろというのは無理な話です。今現実にナギ様がいなくなり、あなたが現れても、まだ100%信じきれていないのが本音です」
「ですよね」
そりゃそうだ。すぐに納得出来ることではない。
「ですが、私はナギ様に託されたことは最後まで全うしようと思ってます。そしてあなたにはまったく責任はございませんので、変な気を使わなくていいです」
「はあ……」
ユウリは曖昧な返事を返す。そう言われても、不機嫌そうな無表情な顔で言われると緊張して気を使ってしまうものだ。
「では私は少し席を外します。色々と状況が変わりましたので。その間そのノートを見ていてください」
「あ、はい」
ディークが部屋を出て行ってからユウリは椅子に座りノートを開く。ユウリのためにとナギが事細かに書いたものだ。このノートを制作した経緯がユウリの脳裏に浮かぶ。そしてどんどんとユウリの中にナギの記憶が入ってくる。
――別にノートを作ってくれなくても記憶として入ってくるのにな。
ノートをめくりながらどんどんナギの記憶を辿っていく。そして気づく。
――この人、すごい。いつも他人のことを思っている。それに比べて僕は……。
ディークに言われて初めて自分がどれだけ自己中だったのかを思い知らされた。そしてサクラにも迷惑ばかりかけてきた。
そして今ナギの人生を振り返りながら自分の情けなさに思い知らされる。ナギの方がどれだけ壮絶な人生だったことか。どれだけ自分が守られてきたのか、安全な場所にいたのかが今になって分かった気がした。
ユウリはノートを読むのを止めると、立ち上がり後ろの出窓へ行き、取っ手を握り窓を開ける。すると心地良い風がユウリの顔を撫でた。
「いい風だな……」
そして外を見れば、そこには広大な敷地に野菜だろうか、見渡す限りの緑が広がっていた。そしてその奥には、3000メートル級の山々が立ち並ぶ。
「綺麗なところ……」
ユウリは自然と笑顔がこぼれる。落ち込んだ気持ちが少しは安らいでいくのがわかった。だがすぐに笑顔を消す。
「ここで僕はやっていけるのかなー……」
もうサクラも父親もいない。不安しかない。でも思う。
「ここ、嫌いじゃないかも……」
するとディークが戻って来た。そして外を見ているユウリに声をかける。
「どうかされましたか?」
「あ、いや、良いところだなと」
「気に入っていただけましたか?」
「うん」
「そうですか。それはよかったです」
そう言って見せたディークの穏やかな表情に、
――こういう顔も出来るんだ。
と少し驚く。本人に言ったら怒られそうなので、まったく違う話題を振る。
「ディークさん、ナギさんって凄い人ですね」
「はい。私の尊敬する方です」
「こんな凄い人の代わりを僕が出来るのか不安です」
ユウリは正直に今の気持ちを伝える。
「ディークさんに言われた通りです。僕は今まで辛いことや嫌なことから逃げて生きてきました。サクラちゃんにもずっと守ってもらってきました。僕はどうしようもないダメ人間なんです。そんな僕がナギさんみたいに出来るとは到底思えません。無理だと思います」
そう言って弱々しく笑う。するとディークは、「ナギ様が昔私に言った言葉があります」と前置きし、話し始めた。
「やる前から無理だと言うな。無理と言う前にまずやってみろ。自分がいいと思うことすべてを実行しろ。最後まで諦めずに続けろ。すべてやり尽くした結果、駄目だった時にだけ無理だったと言え。そこまでして無理なら俺は文句は言わず、頑張ったとお前を褒めるだろうと」
「――」
「言葉は
「言葉は言霊……」
「はい。ですからユウリ様もやってもいないのに頭ごなしに無理だと言うのはおやめください。初めて見ること、することばかりですので出来ないのは当り前です。最初からうまくいく人は誰もおりません」
「あ、はい。すみません……」
「それと」
「?」
「これからは、あまり自分や物事を悲観的に見るのはやめましょう」
「!」
「これを機に変わるのです。ここには今までのあなたを知る者は誰1人おりません。変わる絶好のチャンスだと思って頑張ってみてください」
「は、はい!」
抑揚のない無表情の顔で言われ、ユウリはつい背筋を伸ばし返事を返す。するとディークは少し目を見開き、そして気まずそうに眼鏡のフレームを触り言う。
「最初に言っておきますが、」
「?」
「私はこういう話し方しか出来ません。顔もこういう顔ですから、年中怒っているように思われがちですが、今私はあなたに怒っておりませんから」
「あ、そうなんですね。てっきり怒っているのかと」
そう言ったとたん、心外だと言わんばかりにディークの眉に皺が寄った。
確かにディークの顔は、目が細めで眉もキリっとしていて眼鏡をしているからか、常に機嫌が悪そうに見えるのだ。
「もしユウリ様にそのように機嫌が悪く見えたのであれば申し訳ござません」
「あ、いえ、そんな……」
「まあ確かにあまり機嫌はよくはないのは確かです。でもあなたではありません」
そう言ってディークはユウリから視線を外すと、窓の外を見る。
「まあお分かりでしょうが、今はここにはいない元主にです」
「ああ……。でしょうね」
ユウリは苦笑するしかない。
――まあ、あれはディークさんじゃなくても怒るよなー。
すべてのやり取りを知っているユウリは、ただ目の前のディークに同情するのだった。
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