第18話 魔法世界のユウリ②
「それはサクラさんは大変だったでしょうね」
「え? どうして?」
「許嫁で女性でありながら、あなたの従者のようにあなたに気を配り、あなたに危害が加わらないように守り、あなたの機嫌を取らなくてはならないのですから」
「それは違うよ! 僕は頼んだこともないし! いつもサクラちゃんは自分からして率先して色々してくれてたんだよ!」
するとディークは頭ごなしにため息をつく。
「本当にそう思っているのですか? そうでしたらとてもおめでたい頭をしていますね」
「え……」
「では、聞き方を変えます。あなたはそのサクラさんに対して、サクラさんのことを思って何かをしてあげたことはありますか? あなたに対してサクラさんは自分の願望を言ったことがありましたか?」
ユウリはそこで考える。自分はサクラに何かしてあげただろうか? だがすぐに出てこない。では、サクラが願った、サクラがしたいと言ったことは1度でもあっただろうか? ユウリの記憶では1度もなかった。
「サクラさんは、いつもあなたのことを思って自分の気持ちを押し殺していたのではないのですか?」
ディークは責めるようにユウリに強い口調で言う。
ユウリは初めて聞く、初めて考えたのであろう顔を見せている。そんなユウリを見てディークは思う。
――この男は自分のことしか考えていない甘っちょろい出来損ないのクズだ。
「その感じからして、あなたは今まで自分のことしか考えていなかったようですね」
「そ、それは……」
ユウリは何も言えずに口ごもる。
「もうサクラさんはどこにもいません」
「そ、そんな! 困ります。お願いです。サクラちゃんを呼んでください! それか僕を元の世界に帰してください!」
泣きそうな顔をして訴えるユウリをディークは毅然とした態度で切り捨てるように言う。
「元に戻すことも、サクラさんをこちらに呼ぶことも出来ません。あきらめてください」
「ええ! そんなの無理だよ! 僕1人でこんなとこ――」
「あなたは今までいた世界が嫌で仕方がなかったのではないのですか!」
ユウリの言葉を遮るようにディークは声を張り上げて言う。案の定驚いたユウリは口を
「なのにまた戻りたいとはなぜですか!」
「それは……ぼ、僕1人じゃどうしたらいいか……」
掠れ声で呟くように発せられた言葉はディークには届かない。
「もし戻れたとして、あなたは何をするのですか! また嫌だと主張をして、サクラさんにすべてを押しつけて、自分は楽をして嫌なことから逃げて生きていくのですか!」
「……」
ユウリは一言も反論することができなかった。事実、その通りなのだ。そして初めて自分の不甲斐なさを他人に指摘され動揺する。
苦渋の表情を見せるユウリに、ディークはさらに追い打ちをかける。
「
「……」
「それに対してあなたはどのように生きてきたのですか? 自分のことしか考えて生きてこなかったのではないのですか! ずっと自分のおかれた立場、状況が嫌で引きこもって、嫌なことや面倒なことをすべてサクラさんに押しつけて、自分は楽をしてきたのではないのですか!」
「!」
一言も反論せず、ただ立ち尽くすユウリに、ディークは「やはり」と嘆息する。
今言った言葉は、ディークがただそうではないかと思ったことを口にしただけだ。だがユウリは、ディークが思った通りの行動をしていたようだ。
「そして自分は世界中で一番不幸な人間だと思っていたのではないですか?」
「……」
ユウリは下を向く。こちらも図星かとディークは嘆息する。
――典型的な何もしない他人任せの自分勝手な被害妄想者だ。
「自分が今までどれだけ甘やかされていたか気づきましたか?」
「――」
ユウリは何も言えずにただ下を向いて拳を握るだけだ。
――少し言い過ぎたか。
ユウリのような者は確かに最初は自分には非がないことが多い。だがその後が問題だ。ナギとユウリがいい例だろう。2人は度合いや内容は違えど同じ環境に育ってきた者同士だ。
ナギは兄2人とは母親が違い、後妻の子だ。そのためよく周りから兄2人と比べられ、蔑ませれたり、有りもしない噂をたてられたりしていた。それに対しナギは気にすることはなく、どうすればいいかを考え、対処し、回避が無理なら違う道を自ら見つけてやってきた。
だがユウリは、それに対し自分は悪くない、すべてこの環境が悪い、相手が悪いと正面から向き合うことをせず、ただ逃げ、問題が起きればサクラにすべて丸投げしてきたのだろう。
――ほんと、正反対な性格だな。
「あなたもいきなりこちらに来てまだ気持ちの整理が出来ないと思いますが、もう元の世界に戻ることはできません。ここであなたは暮らしていかなければならないのです。ですからいち早く気持ちを整理して、こちらの世界に慣れてください。それに、いつまでもここにいても仕方ありません。私についてきてください」
ディークは踵を返すと出口へと歩き出す。だが付いてくる気配がないことに気付き、立ち止まり振り返る。やはりユウリはその場にまだ立ちつくしていた。そんなユウリに嘆息し、もう一度強めの口調で言う。
「ずっとその場にいるのですか? そのうち真っ暗になりますよ」
「!」
すると慌ててユウリはディークの元へと走ってやって来た。ディークはふっと笑い歩き出した。
部屋を出て石畳の螺旋階段を上がると、どこかの城の中だということにユウリは気づく。そして何人ものメイドや使用人がユウリとディークとすれ違いざま頭を下げていくが、誰もユウリを見ても何も言わない。初めて見るユウリを不思議に思わないのだ。
「あのーディークさん、みんな僕を見ても何も言わないんですけど……」
「私以外、全員ナギ様とユウリ様の記憶が書き換えられているからです」
「え? それって……」
「簡単に言えば、小さいころからの記憶もすべてナギ様からあなた様の顔に書き換えられています」
そんなことが可能なのかとユウリは驚く。
そこでディークのことに関しての記憶を辿る。するとこの計画を聞いた後のディークとのやり取りが鮮明に記憶として思い浮かんだのだった。
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