第二章

第17話 魔法世界のユウリ①



 魔法世界 ジュランシア王国の最北端の地、ツイランの城の地下にユウリはいた。


 だがユウリはこの状況が把握出来ずに立ち尽くす。


 ――どうなってるんだ。ここはどこだ? そして目の前にいる人は誰だ?


 ユウリの目の前には、片眼鏡モノクルをした白銀の30歳前半の男性がじっとユウリを見ているのだ。


 すると男性が声をかけてきた。


「はじめまして。わたくし、ディークと申します。あなたのお名前は?」

「あ、ぼ、僕ですか? 一條ユウリといいます」

「イチジョウユウリ……どれが名前ですか?」

「え、あ、そうか。ユウリが名前で、一條が苗字です」

「分かりました。ではユウリさん、今からあなたはユウリア・リュウゼン・アルティールとなります」

「へ?」


 まったく意味が分からずに呆ける。するとディークは眼鏡に手を添えながら溜息をつき言う。


「まあ、あなたからしたら、まったく意味がわからないでしょうね。とばっちりもいいところですから」

「え? とばっちり?」

「はい。簡単に説明しますと、あなたは元主もとあるじナギ様と入れ替わりこの世界にやって来たんです」

「入れ替わり? この世界? ど、どういうことですか?」

「まずこちらをお読みください」


 ディークはユウリに封書を渡す。


元主もとあるじナギ様からあなた様へのお手紙でございます」


 ユウリは恐る恐る封書を開ける。そこにはびっしり初めて見る文字で字が書いてあった。だがなぜか読める。不思議に思いながら目を通す。


 そこには、ナギがこの生活が嫌になり、違う世界に行くことを決意し、転移魔法を生み出し実行したこと。それによってナギとユウリが入れ替わったことが書かれていた。

 そしてナギと入れ替わる者の条件として、元いた世界がナギと同じほど嫌であり、入れ替わった世界がその者にとって最適であるのが必須にしたので、ユウリにとって悪くない世界のはずだと書かれていた。

 そして記憶を辿りたいと心で思えば、ナギが今まで経験した出来事、記憶がユウリの記憶として見ることが出来るとも書いてあった。


 ユウリは半信半疑で記憶を辿ってみる。すると自分の記憶のようにナギの今までの人生を振り返ることが出来た。


「……なに……この人生。それに僕と正反対の性格じゃないか……」


 ナギの人生はユウリとはかけ離れた人生だった。

 第3王子だったが、12才の頃父親の死を目の当たりにしてから、戦士として戦争に身を置くことを決意。

 その後、裏切り、毒殺、暗殺未遂など、生死を彷徨うこと多々経験するという壮絶な人生だった。

 そして戦争が終わり、今度は身内での権力争いになった。地位にまったく興味がなかったナギは、自ら身を引き、この辺鄙な最北端の地ツイランの領主を希望し城から遠ざかった。だが、あまりにも貧困な場所で、人生のほとんどを戦いに費やしてきたナギからしたら、この地はあまりにも平和過ぎて性に合わなかった。

 そしてナギには婚約者がいた。ナギの長兄が4年前に勝手に決めたことだ。まだその頃ナギは戦争真っ只中だったために一度も会っていない。だがもう戦争も終わり2年が経っていた。そのため痺れを切らした婚約者が明日この地に来る予定になり、今が頃合いだと転移魔法をしたのだった。


「婚約者が明日来る?」


 独り言のつもりで呟いた言葉をディークが応える。


「はい。そうです。ですから今日中にユウリ様は、この世界とナギ様の記憶を把握してもらわなければなりません」

「いや、ちょっ、ちょっと待ってください! まだ今、どんな状況かもわかってない状態で、明日までなんて無理です」


 ユウリは慌てて反論する。どう考えても無理な話だ。


「でしょうね。あの方もほんと無理難題を言いなさる」

「……」

「そうだと思って、許嫁のお方には、今忙しいため、また日を改めてと言ってあります」

「はあ。よかったー」


 ユウリは肩をなで下ろす。だがこれで問題が解決したわけじゃない。


「そうだ! あの! 本当に僕は違う世界に来たのですか?」


 まだどうしても信じることが出来ない。本当はこれは夢だと思いたいぐらいだ。だがディークは無情にもそうだと首を縦に振り肯首する。


「はい。そうです」


 そこでユウリは先ほどの記憶を思い出す。

 サクラに今まで自分の胸の中だけに抑えていた気持ちを言ってしまったのだ。その時のサクラの悲しそうな顔が浮かぶ。


 ――サクラちゃん……。


 サクラを悲しませるつもりはなかった。いつも自分のためにサクラは助けてくれていた。そしてどんな時でもいつもサクラは味方でいてくれ、笑顔をみせてくれていた。それがどれだけユウリを元気づけていたか。

 だが最後、自分はサクラに酷いことをした。悲しそうな顔をさせてしまった。


 ――サクラちゃんに謝らなくちゃ。


「ディークさん、僕は謝りたい人がいるんです。だからここにはいれません。すぐ戻してください」

「それは無理です」

「な、なんでですか!」

「この魔法はナギ様しか出来ないからです」

「え……」

「こんな膨大な魔力を使う魔法が出来るのはナギ様だけです。だからあなたはもう前の世界には戻ることは出来ないのです」

「そ、そんな! 困ります! 僕は帰らないといけないんです!」

「それはなぜですか?」

「え?」


 ディークは目を細めてユウリに尋ねる。


「あなたは前の世界が嫌だったはずです。いたくないと思っていたはずです」

「それは……」


 その通りだ。あの生活が嫌で仕方なかった。死にたいと何度思ったことか――。


 それに輪をかけて自分が希望した学校には行かせてもらえず、軍事学校に強制的に入れられ絶望の淵に立たされた。あの生活から逃げたかったのは確かだ。


 急に黙って下を向いたユウリに、ディークは嘆息すると、優しく語りかける。


「あなたが嫌だと思った理由を簡単でいいので教えてもらえますか?」

「あ、はい……」


 ユウリは自分が育った環境、いじめられたこと、好きなこともさせてもらえなかったことなどを簡潔にディークに話した。


「なるほど。それであなたは自分のいた世界が嫌でしょうがなかったということですね」

「うん……」

「わかりました。では1つ質問です」

「え?」

「ナギ様の手紙にも書いてあるように、この魔法で入れ替わる人物はナギ様と同じぐらい自分の置かれた状況が嫌で、その世界から出たいと思っている者だと把握しております。それならば、この世界に来れて嬉しいのではないのですか? それなのに帰りたいと言う。それはなぜですか?」


 ディークは抑揚のない表情で尋問をするようにユウリに尋ねる。


「それは、サクラちゃんを悲しませることを言っちゃったから、それを謝りたいから」


 本当のことだ。謝らないと気が済まないから。


「それならば大丈夫でしょう」

「どういうこと?」

「ナギ様がその相手の女性へ対応してくれているはずだからです」

「え? 対応?」

「はい。あなたの世界に行ったナギ様は、あなたの状況をすぐ把握するはずです。もしその女性が悲しんでいるならば、ナギ様がどうにかしてくれているからです」


 ――たぶんしないだろうが。


「で、でも!」


 ユウリは状況が理解出来てきたことにより、知らない世界に自分だけ1人でいることに不安を感じ始めた。


 ――どうしよう。


 こんな時いつもサクラが隣りにいた。そしていつも「大丈夫よ。私がいるから」と笑顔を見せてくれた。だが今そう言ってくれるサクラはいない。


 ――サクラちゃん!


「じゃあ、サクラちゃんをこっちの世界に呼べないかな。僕1人じゃ心細いんだ。どうしていいか分からないし」


 その言葉にディークは目を細める。


 ――やはりそうか。謝りたいというのは口実で、ただ不安で心細いだけだな。


 そんなユウリにディークは訊ねる。


「そのサクラさんという方は、どのような方なのですか?」

「僕の許嫁なんだ。いつも僕を助けてくれて頼りがいがあるんだ。困った時も悩んだ時もいつもサクラちゃんが助けてくれるんだ」


 ユウリは嬉しそうに今までのサクラとのことを語る。


「そうですか。サクラさんはとてもお優しい方で、責任感がある方なのですね」

「うん。そうなんだ。いつも僕のことを思ってしてくれるんだ」

「それはサクラさんは大変だったでしょうね」


「え? どうして?」


「許嫁で女性でありながら、あなたの従者のようにあなたに気を配り、あなたに危害が加わらないように守り、あなたの機嫌を取らなくてはならないのですから」










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