第16話 一條家
帰り道、堤防沿いを歩きながらナギは溜息をつく。
「はあ、今日はなんか色々あり過ぎて疲れた」
「ほんと、私も色々あり過ぎて疲れたわ」
そこでサクラははっとする。
「ねえ、ナギの家は大丈夫なの?
「大丈夫だろ。父親は仕事でほとんど家に帰らず、母親も亡くなっていない。ユウリは今まで部屋に引きこもり、使用人ともほとんど話していなかったからな。まったく問題ない」
そして一條家の広大な敷地を囲んだ塀を通り立派な門の前に来る。ナギは見あげて呟く。
「それにしても馬鹿でかい家だな。門構えも立派なことで」
「十家門の中の第1位だからねー」
顔認証のようで、ナギが入り口に立った瞬間、扉が自動で開く。すると使用人が頭を下げて出迎えた。
「お帰りなさいませ。ナギ様」
「ただいま」
すると使用人は驚きナギを見る。それを見たサクラは苦笑する。そりゃそうだろう、ユウリは今まで1度も使用人に声をかけたことがないのだ。それも下を向いて申し訳なさそうに入って行くのがユウリのスタイルだ。
中に入り、玄関までの石畳を歩きながらナギは使用人達の反応に首を傾げる。どう考えても心当たりがない。何か不手際があったのだろうか?
「サクラ、何かおかしかったか? なぜか皆驚いた顔をしているんだが」
「ふふ。ナギが使用人の人達に挨拶を返したからだよ」
「?」
「ユウリは中学に入ってから使用人の人達に挨拶することはなかったから」
「は? 相変わらずポンコツだな」
ナギはムッとしてこの場にいないユウリに文句を言う。それが面白くてサクラはクスクス笑う。もしナギとユウリが一緒の世界にいたら、性格は正反対なのだが仲良く出来たのではないかと思える。嫌がるユウリを強引にナギが引きづり出す有様が目に浮かぶようだ。
「あ、坊ちゃま、学校はどうでしたか?」
待ちきれず玄関の扉を開け出てきたのは、小さい頃からユウリの面倒を見てきた78歳のウメだ。
「まあ楽しかったな」
ナギが言うと、ウメは目をうるうるさせる。
「な、なんと! 楽しかったと! 坊ちゃま、それはようございました! ウメはとてもうれしゅうございますー。この日をどれだけ待ち焦がれていたか! サクラ様、ありがとうございましたー」
ウメはサクラの手を取り頭を下げる。
「あ、いや、そんな……」
サクラはどう応えていいか困り窮する。ユウリではないのだ。そりゃあ楽しく学校に行くだろう。
「ウメさん、サクラが困っている。手を離してやってくれ」
「あ、も、もうしわけございません。そうですね。さあさあ中にお入りください」
ウメは慌てて2人を中に招き入れる。
「ほんと、心配性だな、ウメさんは」
ウメの小さな後ろ姿を見ながらナギは微笑む。ユウリの記憶なのだが、さも自分が今までここに住んでいたような錯覚を覚える。
玄関へ入ると、眼鏡をかけた男性がいた。ナギは記憶を辿る。
この家の管理全般を任せられている使用人のトップ、執事のような位置づけの月守マサキ32歳だ。
マサキは、一條家の当主でユウリの父親ユウケイから、息子の面倒を任されていた。だがいつもユウリに冷たく当たっている光景がナギには見えた。マサキは忠誠を誓っている父親ユウケイとはまったく違う、情けない性格のユウリを、あまり良く思っていないようだ。
まあ仕方ないことだとナギは割り切る。
「お帰りなさいませ。サクラ様ありがとうございました」
マサキは笑顔でサクラに頭を下げる。今日の朝、嫌がるユウリを無理矢理学校に連れ出してくれたことへのお礼だろう。
――サクラには笑顔なんだな。
マサキは絶対にユウリを名前でも、「坊ちゃま」とも呼ばない。それにユウリは気づいていた。だが自分の態度を考えれば当たり前だと割り切っていたようだ。
――ったく、使用人にも気を使ってるんじゃねえよ。
ナギは心の中で嘆息しながら玄関を上がる。するとマサキがすうっと手を差し伸べ鞄を取り上げる。仕事はちゃんとするようだ。
「お茶のご用意が出来ておりますが、どうされますか?」
「じゃあいただく」
何気ないナギの返事に、マサキや近くにいた使用人全員が驚いた顔を向けた。
「どうした?」
するとサクラが耳元で言う。
「ユウリは絶対に食べなかったのよ」
「!」
記憶を辿ると、毎回外から帰ったユウリは部屋へと直行していたようだ。
「いえ、珍しいと思いまして」
マサキは「今まで一度も召し上がらなかったのに」と言外に匂わせて応える。
どう見ても嫌みだと思いながらナギは、それ相当の理由を付けて言う。
「俺も今日学校に行って色々考えさせられたんだ。そしてこのままではいけないと思った。だから、これからは心機一転し、世間に恥じないようにしようと思ってな」
「……そうですか……それは良いことですね」
納得したのか定かではないが、それ以上マサキは追求してこなかった。
そして応接室に行き、サクラとお菓子と紅茶をいただきながら、側に控えているマサキへと声をかける。
「マサキ」
「はい」
「これから今日の出来事をこの時間でいい、教えてくれないか」
「と、言いますと?」
「一応把握しておきたい。俺も軍事学校に行くことになり十家門の者達と嫌でも交流することになった。ならばここに訪れる客も変わるというものだ。まあ身分からして招きざる客が増えるだろうからな」
「確かに……」
「それに今日見たが、警備が薄い気がする。どのような警備体制なのかも資料を見せてくれ」
「分かりました……」
マサキは小さい頃からユウリを知っている。だからなのだろう、この180度違うナギの行動が理解できないようだ。ナギからしたらマサキの珍しい戸惑う表情が見れて、ユウリの記憶から冷たく当たられていたことを思い、してやったりと少し優越感に浸るのだった。
サクラが帰ってから自分の部屋――ユウリの部屋へと行き部屋を見渡す。
「なんか暗いな。それにしても何もないな」
だだ広い部屋には必要最低限の家具しかなく、本棚には牧場や動物、農業関係の本がずらりと並んでいた。
「ほんと、俺と趣味が真逆だな……」
ナギはフッと笑う。
――だからユウリと入れ替わったんだな。
ナギがいた世界は、ここの世界よりも相当古い時代だ。車などなく、馬車が主流で、農業が大半を占めている。ならば知識だけあるユウリはうってつけだ。
――もう戦いもすることはないし、蔑まされることもほとんどないだろう。魔力はないが、妖力と特殊能力だけでどうにか出来るはずだ。
「まあディークがいるから大丈夫だろう」
――――――――――――――――――――――
こちらを見つけていただきありがとうございます。
そして、今まで読んでいただきありがとうございます。
ここで、第一章 終わりです。
次回は、お待たせいたしました! ユウリさん登場です!
ずっと名前だけの人物でしたが、やっと登場です(^o^)
第二章も 読んでいただけたら幸いです~。
また♡、コメント、☆評価をしていただけるととても嬉しいでございます~(≧∀≦)
頑張るモチベーションにもなりますのでよろしくお願いします。
碧心☆あおしん☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます