第13話 心情



 そして放課後、ナギはミカゲに指導室に呼ばれ顔を出す。


「今日久しぶりの学校はどうだった?」


 まずミカゲが訊ねた。


「まあ初めてづくしで楽しかったな」

「そうか、それはよかった」

「で、こんなとこに呼び出してなんだ?」


 ナギは椅子に浅く座り腕組みをして背を背もたれに預けてミカゲを見る。その横柄な態度に嘆息しながらミカゲは言う。


「周りくどく言っても仕方ないから言うが、お前、どこであの戦い方を覚えた」

「……」

「あの戦い方は練習で身につくもんじゃねえ。多くの場を踏んで身につくもんだ」


 ――ミカゲは元軍人だったな。しまったな。ここは軍事学校だった。そうなれば教師は全員軍事経験者か。ならば俺の戦い方を見て疑問に思った教師はほとんどか。


「お前はまだ現場に出たことがないはずだ。なのにあの戦い方は納得いかねえ。もう一度訊く。お前何もんだ?」


 敵を目の前にする鋭いミカゲの双眸がナギを捕らえる。今度は簡単に引き下がってはくれなさそうだ。もう限界かと思った時だ。扉が勢いよく開いた。見ればサクラだ。


「サクラ?」


 サクラはズカズカと入ってくると、ナギを庇うようにナギの前に立ちミカゲをキッと睨む。


「ナギは敵ではありません!」


 ――こらこら。そんなこと言ったら俺が何か隠しているということをばらしているようなもんだろ。


 ナギの不安は見事に的中する。ミカゲは嘆息しサクラに問う。


「サクラか。お前何か隠してるな」

「……」


 ――ほら見ろ。こうなるだろう。


 ナギは、額に手を当て「はあ」と息を吐くと、サクラへ言う。


「サクラもういい」

「ナギ?」

「まあミカゲに話しても問題ないだろう」

「でも!」

「このまま黙ってたほうがずっとミカゲに疑われ面倒だ」


 そう言ってナギはミカゲを見る。


「今から話すことは疑うな。そしてミカゲだけに留めていてほしい。それが条件だ」

「あ、ああ。わかった」


 ミカゲは少し戸惑った表情を見せ頷き返す。


「あと、嘘だと思うな。本当の話だ」


 そう言ってナギはこれまでの経緯をミカゲに話す。案の定ミカゲは信じられないと耳を疑った。


「嘘だろ……」

「だから疑うなと言った。こんなこと話しても証拠がない。だが現実だ」

「じゃあなにか? 本当は元はユウリという男で、お前は異世界から来た魔法を使う王だと……」

「ああ。俺は前の世界に嫌気がさし、俺と同じ気持ちのユウリと入れ替わったわけだ」

「だが俺の記憶はお前だ」

「ああ。俺がこの世界に来たことですべての情報が書き換えられている。まあサクラ以外はな」

「は?」


 ミカゲはサクラを見る。


「なぜかサクラは前のユウリの記憶がすべて残っている」

「そうなのか?」


 サクラは頷く。


「じゃあ、お前と入れ替わったやつは今はどうなってる?」

「俺の世界にいるはずだ」

「大丈夫なのか?」

「たぶんな。あっちには俺の信頼する従者が待機している。そいつが全部教えて助けるだろう」


 ミカゲはサクラを見る。


「サクラ、お前はそれでいいのか?」


 ミカゲは、ナギとユウリが入れ替わったことを言っている。


 サクラは今日ずっと考えていた。本当にこれでユウリはよかったのかと。


 最後に見たユウリは、初めてサクラに見せた心の奥底にずっと隠していた本音をさらけ出した嘘偽りのないユウリだった。このままこの世界にいたら、人目を気にして家に閉じこもり、社会に背を向けて生きていくことしか出来ない人間になっていただろう。ならばまったく知らない世界に行った方が、ユウリにとっても良いことなのではないかと思うようになっていた。


「はい。ユウリは今の生活が嫌でしかたなかったんです。最後に私に言ったんです」


『もうこんな生活嫌なんだよ! 生きていても意味がないんだよ! 自分がしたいことも出来ない、世間の目を気にして生きていくことしか出来ない人生なんて、もうまっぴらだ! 死んだほうがマシだよ!』


「今までで初めて見せたユウリでした。それはまぎれもなく本心でした。だから――」


 サクラはキッとミカゲを見る。


「ユウリにとってもよかったのだと思います」


 その目を見てナギはふっと笑う。やはりサクラのこの目は嫌いじゃない。


 ――いい目だ。


 似たような目をナギも何回も見たことがある。それは確たる覚悟を決めて見せる目であり、嘘偽りのない目だ。


「まあ許嫁のサクラがそう言うならいいけどよー」


ミカゲは頭を掻きながら、あることに気付く。


「ってか、お前ら許嫁はそのままなんだろ?」

「ああ」

「はい」

「その……サクラ、その前のやつ、ユウリじゃなくていいのか?」

「はい。別にユウリがナギに変わっただけなので」


 あっけらかんとして言うサクラにミカゲは目を瞬かせる。それは元々ユウリに恋愛感情がなく、親の決めた結婚だからということなのだろう。十家門のような名家ではよくあることだ。よりよい強い妖力を後世に残すために親が子供の結婚相手を決める古い風習が今も色濃く残っている。


「お前ら大変だな……」


 それしか言うことが出来なかった。


「だからこのことは――」

「分かってるよ。まあ誰もそんな話信用するやつはいないだろうけどな」


 そこでミカゲとの話は終わった。




 ナギとサクラはミカゲと別れ、チーム『ウエスト』の部屋へと廊下を歩く。


「サクラ」

「ん?」

「さっきのミカゲの質問だが……」

「うん」

「お前の気持ちはどうなんだ?」

「え?」


 サクラの言った言葉はユウリの気持ちだ。サクラの気持ちではない。現に最初サクラはナギにユウリを返せとナギに叫んだ。それが今も気になっていた。

 今日1日サクラの行動を見て、ユウリの記憶を辿って、サクラは自分のことよりも人を優先するところがある。


 だとすれば、自分の気持ちも押し殺しているのではないのか。


「お前が言ったのはユウリの気持ちになっての言葉だ。お前自身はどう思っているんだ?」


 ナギは足を止めてサクラへ問う。サクラも同じく足を止めて考える。


 ――自分の気持ち……。



 物心つく前から一緒だったユウリ。


 小さい頃いつも自分の後ろに笑顔でついてきたユウリ。


 幼稚園の時、いつもいじめられていてサクラに泣きついてきたユウリ。



 よくお互いの家の庭で遊んだ。小学生になってもユウリはいつもサクラの後をついて来ては笑ったり泣いたりしていた。そんなユウリを同級生は男のくせにと笑った。それをサクラが馬鹿にした同級生を怒ったこともあった。

 だがユウリには1つだけ特技があった。小さい時からどんなにサクラが隠れても見つけることだった。鬼ごっこの時も、最後まで残り、誰も見つけてもらえずに気付けば周りは薄暗くなってきて不安でいっぱいの時もユウリが見つけてくれた。小学校の時も親と喧嘩して家出して隠れていた時もユウリが迎えに来てくれた。


 そしていつも最後にはサクラに笑顔を向けていた。


 気付けばサクラの目から一筋の涙がこぼれていた。


 そこで気付く。




 ――ああ、ユウリがいなくなって悲しいんだ。




 そんなサクラをナギはそっと抱き寄せる。


「すまない……。俺のせいだな」

「!」

「だがどうすることも出来ない」


 サクラはただ黙って首を横に振る。


「ここなら誰もこない。泣いていいぞ」


 その言葉でサクラはナギの胸で大泣きした。







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