第11話 伝統行事①



「一條ナギ!」


 ナギが見ればトウヤだ。


「今からお前の入学祝いだ。降りてこい!」


 そこでミカゲが言った意味を理解する。


「そういうことか。言い趣味してるな」


 嘆息し仕方なく下に降りるため立ち上がる。全生徒の視線がナギへと注がれる。その目はほとんどが蔑ます目だ。今までのユウリの悪い噂が原因なのだろう。ただサクラは心配そうにナギを見ている。


 ――まだ俺とユウリを一緒にして見ているのか?


 ふっと笑い、その横の東の陣と言われる十家門じゅっかもんの者達を見れば、他とは違い初めて見るナギを興味津々で見ている感じだ。

 そして下におりてトウヤ達の前へと来ると、ナギは目を細めて言う。


「何のようだ。今日は俺は見学なんだが」

「まあそういうな。これは伝統行事だ」

「? 伝統行事?」

「ああ。全校生徒の前で十家門じゅっかもんの者はお披露目するのが決まりだ。俺達十家門は、上に立つ人間だ。上に立つ人間がどんな者かを今のうちにこれから軍に入るやつらに見せておかねばならないからな」


 当り前のように言うトウヤにナギは眉根を寄せる。


「お前、そんなこと本気で思って言ってるのか?」

「は?」

「十家門が国と軍に影響を及ぼしていて、現に上に立っているのは分かる。だが、俺らは関係ないだろ? まだ俺らは学生だ。自分じゃ何の影響も国も背負ってない。そんな世間を何も知らない子供の俺らがここで十家門の名前出して威張って何になる」


 ナギの言葉にサクラの横で聞いていた三條ソラは目を見開き笑う。


「当たり前だろ! 十家門と言えば特別な尊敬される家門だ。現に俺らには学校も強くは言えない。これのどこが俺らに関係ないだ」

「親のスネかじって威張って何が楽しい」

「なっ! お前もそうだろ! 中学の時にずっと引きこもりだったくせに、ここにコネで入っただろ! 大口叩くんじゃねえよ」


 サクラが我慢出来なくなりばっと声を上げる。


「ちょっと! そんな言い方――」

「サクラよせ」


 ナギは、かぶせるようにサクラの口の前に手をあげ制し、そして腰に手をあて、さも自分は正しいという態度で話す。


「中学の時に学校に行かなかったのは、行きたくなかったからだ。自分で決めて行くのをやめた。国や軍に影響を及ぼす親の言うことに反抗してまで自分の意思を貫き通したことを褒めてもらいたいねー。ここにいる十家門のお前達ができなかったことを俺はしていたんだ」


 それを聞いていたミカゲは、「なんだその持論は」と鼻で笑う。


「それにコネで入ったくせにだと? じゃあお前達十家門の者は違うというのか? 一緒だろ? 入試を受けたとしても名前で合格だろ。俺だけが違う言い方はやめてほしいね」

「言わせておけば!」


 トウヤ達はナギを睨む。


「なんだ。今まで誰もお前達に刃向かった者はいなかったか? そりゃそうだろう。十家門に逆らえば、親の立場が悪くなるから子供は何も言えないよなー」

「お、お前も一緒だろ!」

「そうだ! お前だって今までそうしてきただろう」


 トウヤと四條カズキが声を上げる。


「悪いが、ユウリは一度もそのようなことをしたことがない。親や名前で威張ったこともない」


 ユウリの記憶から分かったことだ。ユウリはどれだけ親の地位が高くてもそれを利用したことは一度もなかった。それはユウリがあえてしなかったことだ。ヘタレで良いところが1つもないと思っていたが、1つは良いところがあるもんだとナギが唯一感心したことだった。


「言わせておけば!」


 またトウヤが食ってかかろうとしたところでミカゲが止める。


「もういいだろう。それぐらいにしろ。トウヤ」

「ちっ!」

「じゃあいつものでいいのか?」


 ミカゲが呆れた表情で訊ねると、トウヤが仏頂面で返事をする。


「ああ」


 どういうことだとナギが眉を潜めると、カズキが説明する。


「お前の実力を見るためにお前1人で俺らと戦ってもらう」

「なんだ? 卑怯じゃねえか? 1対5なんて」

「勝ち負けはあまり関係ない。ただお前の実力を全校生徒に見てもらうだけだ」

「なるほど。で、俺があんた達のマークを壊せばいいんだな」


 すると七條ユリコが笑いながら言う。


「その言い方だと、私達のマークを壊せるって聞こえるんだけど」

「ああ。壊せる」

「!」


 そこにいた全員目を見開き驚く。


「ちょ、ちょっとナギ! そんな大口叩いて大丈夫なの?」


 サクラが心配そうにナギの腕を引っ張りながら言う。そりゃそうだ。相手は十家門の者で妖力は半端なくあり強い。さっき行われた試合も結局サクラ達のチームが負けたのだ。


「ははは。聞いたか? 俺達のを壊すらしいぜ」


 トウヤがさもおかしいと言って大声で笑うと、カズキ達も世間知らずだと笑う。


「楽しみだなー。見せてもらおうか? だが俺らは手加減しないぜ」


 するとミカゲが目を眇めて口を開く。


「お前ら、もし殺したらどうなるか分かってるだろうな。拘束違反で刑務所行きだからな」

「分かってるよ西園寺先生。少しでも生きていりゃいいんだろ?」

「ああ。だが」


 ミカゲは睨むようにトウヤを見る。


「もし危険と判断したら止めるからな」

「へえ。先生が十家門の俺らを止めれるのか? 見物だねー」


 十家門の者の妖力は他の者達より桁外れに強い。トウヤ達学生も例外ではない。教師といえども普通のの人間だ。妖力で言えば十家門のトウヤ達には及ばないのだ。だから教師達は十家門の者には強く言えないのが現状だ。それを分かっていてのトウヤの言葉だった。



 そして決められた場所に移動する。


 ナギが1人で四角くテープで仕切られた場所に立ち、トウヤ達が反対側の同じく仕切られた場所に5人で立つ。


「時間は無制限だ。どちらかが相手チームのマークを壊したら勝ちだ」


 トウヤがナギに説明する。そして全員の視線がナギ達へと注がれる。


 ――ほんと見せ者だな。ユウリの気持ちが分かるわ。これは嫌になるわな。


 嘆息しながらナギは今はここにはいないユウリに同情する。

 控えの席に移動したサクラは、どう見てもナギが不利な状況に納得がいかず、怒りを覚え、くっと唇を噛む。


「やっぱり卑怯よ! 5対1なんて!」


 すると隣りに座っていた三年の二條コウメイが言う。


「仕方ないさ。これは一応伝統的な行事だ。俺らもみんな入学した時に受けたことだ」

「違います! 私達は1対1だったわ! でもナギは5対1です!」


 サクラは反論する。どうみてもナギを陥れようとしているのが見え見えだ。すると今まで黙っていたサラサラの銀色の髪が魅力的な白皙の2年の三條ソラが抑揚のない声音で言う。


「あいつはトップの一條家だ。やはり扱いも違う。2位の二條家との差も雲泥の差がある。下手すれば俺達は一條ナギという男に一生従うことになるんだ。今から見定めておくことは大事だと思うけど」

「ソラまで! でもこれはどう見ても度が過ぎるわ!」


 そう言うとサクラはばっと飛び出して行く。


「九條!」


 コウメイが声を上げるがサクラは聞かずにナギの所に行く。驚いたのはナギだ。


「サクラ? 何しに来た」

「そんなの決まってるじゃない! こんな卑怯なの見てられないわよ! 私も戦う!」


 そう言ってサクラはナギの前に立つ。小さい頃のユウリの記憶――いじめられて泣いているユウリの前にサクラは手を広げ仁王立ちに立ち、いじめっ子に文句を言っている光景がナギの脳裏に映る。それだけではない。数え切れないほどユウリはサクラに守られてきた。自分の記憶ではないのになぜかその時の状況が手に取るように浮かび、ナギはふっと笑う。


 ――昔から変わらねえなー。


 ナギは前に立つサクラの腕を掴み自分の後ろに強引に下がらせる。


「ナ、ナギ?」


 驚き見るサクラにナギは言う。


「お前はそこにいろ」

「え?」

「俺はユウリじゃない。ナギだ。勘違いするな」

「!」


 サクラは目の前にいるユウリとは違う背の高い広い背中のナギを見あげる。


 ――そうだ。ユウリじゃない……。


「なんだ? 許嫁が出てきたのか? お熱いねー。許嫁のよしみでサクラも一緒に戦っていいぜ。だが手加減はしねえ。怪我してもしれねえからなーサクラ」


 サクラはギッとトウヤを睨む。勢いで出てきてしまったが、妖力からしたら自分はとても弱い。ただナギの邪魔になるだけだ。今になって後悔する。そんなサクラの気持ちを察してか、ナギが言う。


「サクラ。そこで見ていろ」

「え?」

「大人しくそこにいろと言ったんだ」

「ナギ、大丈夫?」


 それはナギの体を心配してのものだ。この状況で自分ではなくナギを気にしている。呆れるほどのお人好しだなと鼻で笑う。


「ほんといつも人の心配ばかりしてるな」

「え?」

「今は心配じゃなくて、俺を信じて安心してそこにいろ。分かったな」


 ナギの言葉は強がりでも嘘でもないとなぜか確信できた。だからサクラは大きく頷く。


「わかった。信じる」


 その強い真っ直ぐ見つめてくるサクラの目がユウリは大好きだった。自然と笑みが漏れる。


 ――確かに悪くない。


 ナギも思うのだった。


「では始め!」


 ミカゲの号令で始まった。






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