第6話 軍事学校③



 昼食の時間。ナギとチハルは生徒全員が入れる大食堂に来ていた。

 システムが分かっていないナギは、食堂のメニューを見て眉を潜める。


「んー。見たことがない食べ物ばかりだし、どうやるんだ?」


 首を傾げるナギを見て、チハルは微笑む。


 ――やっぱりナギ君は一般庶民のご飯は食べたことないんだなー。


 ナギはただこの世界の食べ物を知らないだけなのだが――。


「食べたい物をこのトレイに乗せるだけだよ」


 チハルが嬉しそうにナギにトレイを渡しながら教える。


「金はいらないのか?」

「学費に入ってるから払わなくてもいいんだ」

「なるほど」


「ナギ!」


 呼ばれて振り向けばサクラだ。走ってくると心配な顔で話しかけてきた。


「ねえ、どうだった? 大人しくしてたでしょうね」

「ああ。おとなしく授業聞いてたぞ」

「苛められなかった?」

「あのヘタレじゃあるまいし、されるわけないだろ」

「そう……」


 安堵の溜息をつくと、そこで隣りにチハルがいることに気付く。ナギがチハルを紹介する。


「あ、こいつ、同じクラスのチハルだ」


 ナギがチハルを見れば、なぜかサクラを見てフリーズしている。


「九條サクラさん……」


 サクラは、「あっ!」と言って笑顔を見せる。


草木くさきチハル君ね。こんにちは」

「僕のこと覚えていてくれたんですか?」

「うん」

「なんだ、サクラの知り合いか?」

「知り合いというほどじゃ。チハル君が学校見学の時に案内したのが私だったの」


 するとチハルが体を乗り出して言う。


「あの時はありがとうございました! 九條先輩がいなければ僕はどうしたらいいか分からなかったです」

「やだなー。大袈裟だなー」


 サクラは恥ずかしそうに笑う。


「何かあったのか?」

「大したことじゃないわよ」


 サクラは苦笑する。何か言いにくそうな顔だ。それを察したチハルが説明する。


「学校見学の時に僕を案内する予定だった先輩が、僕の身分を見て嫌がり、どっかに行ってしまって。困っていたところを九條先輩が助けてくれて案内までかってでてくれたんです」

「あはは。なんか放っておけなくてー」


 そんなサクラを見て、ユウリとチハルをダブらせていたのだろうとナギは苦笑する。


「まさか九條先輩とナギ君が知り合いだったなんて」


 チハルは驚いた様子で2人を交互に見る。


「サクラは俺の許嫁だ」

「え!」


 チハルは一瞬驚いたが、笑顔を見せる。


「許嫁だったんですね! 凄いお似合いです!」

「……」


 サクラはどう反応していいか分からず苦笑する。そしてナギを見れば、まったく気にしていない感じで、目の前に並んでいる食べ物を物色している。なぜか自分だけ意識しているようで腹が立つ。やはり王子だから肝が据わっているのか、ただ何も考えていないのか。

「あ、これうまそうだな」と言ってトレイにおかずを乗せているナギを見て確信する。


 ――どうせ何も考えてないんだわ。この人。


「はあ……」

「?」


 ため息をつくサクラを見て、チハルは許嫁って大変そうだなーと思うのだった。


 そして3人は空いてる席に着くと一緒に食べ始める。


「僕はお邪魔では?」


 2人の邪魔をしている気がして仕方ないチハルは申し訳なさそうに尋ねる。だが2人はまったく気にしていなかった。


「ぜんぜん大丈夫よ」

「まったく問題ない」


 ナギは口に入れた食べ物に目を見開く。 


「これうまいな。初めて食べる味だ」

「それは肉じゃがって言って、こっちでは家庭では一般的な料理よ」

「この魚は?」

「それは鯖の味噌煮。今日は家庭で出される一般的な料理がほとんどね。日によってジャンルが違うから毎日飽きないわよ」

「ほう。それはいいな」


 そんな2人の会話を聞きながらチハルは思う。


 ――やっぱり天下の一條家にもなると一般的な家庭料理は食べないんだなー。


「それにしてもどこに行ってもナギは注目の的よね」


 周りからの視線を感じ、辺りを一瞥しながらサクラは言う。


「仕方ないだろ。あのポンコツが蒔いた種だ」

「ポンコツって……」


 すごい言われようだとサクラはここにはいないユウリを哀れむ。チハルといえば意味が分からず受け流していた。


「気になるようならサクラもチハルも無理して俺と一緒にいなくていいぞ」

「あら。気にしてくれるの? でもご安心を。慣れてるわ」

「慣れてる?」


 そこでナギはユウリの記憶をたどる。するとサクラはユウリの許嫁だということで注目を浴びていたようだ。1人の時は哀れむ言葉を揶揄気味に言われ、その度にユウリを庇っていたようだ。


 ――なるほど。こいつも大変だな。


「僕も大丈夫。慣れてるから」


 チハルも頷く。そんな2人にナギは眉根を寄せ突っ込む。


「お前ら、そんなもん、慣れるな」



 食事をしていると、食堂がざわつき始める。何事だと見れば、3人の男子生徒と1人の女子生徒が入って来るのが見えた。食事をしていた生徒達は、4人が近づくと立ち上がり一礼する。誰だと思っていると、サクラが小声で説明した。


「あれは、私達と同じ十家門じゅっかもんの4人よ。真ん中が二條にじょうトウヤ3年、右にいるのが四條しじょうカズキ3年、左にいるのが八條はちじょうヨースケ2年、そして女性が七條しちじょうユリコ2年よ。十家門をいいことにやりたい放題よ。ほとんどの先生もあの4人には強く言えないから困っている状態よ」


 するとその4人がナギに気付きやって来た。チハルは立ち上がり頭を下げる。トウヤ達はそんなチハルを一瞥しただけでナギへと視線を戻し顎を突き上げて言う。


「ほう。これは珍しいやつがいるじゃないか。ずっと引きこもりだったのに、どういう風の吹き回しだ?」


 するとその隣りにいたカズキが笑いながら言う。


「トウヤ、そんなこと言っちゃかわいそうだぜ。こいつは気が弱いんだ。また引きこもりになるぜ」

「ああ、そうだったなー。泣いちまうかもなー」


 チハルはどうしたらいいのか分からず立ったまま、ナギとトウヤ達を交互に見ながらおどおどする。そして言われた当の本人ナギは、無視してご飯を食べ、サクラはトウヤを睨んでいた。


「でも少し見ないうちに背も伸びて顔も男らしくなったんじゃないか?」

「外見だけだろうけどなー」


 サクラは我慢が出来なくなり、文句を言おうとするが、なぜか体が動かない。それに口も開かないのだ。何かの力がサクラにかかっているようだと、唯一動く首だけをナギに向けると目が合った。するとナギは小さく首を横に振る。


 ――え? これ、ナギがなんかした?


「ナギ、お前どうせコネで入ったんだろう? 何もできないんだ。とっとと帰ったらどうだ?」

「そうだ。無理してここにいなくてもいいぞ。早く家に帰ってまた引きこもりになれよ」

「トウヤさんとカズキさんの言う通り、とっとと帰れ」

「ほんとに」


 罵倒して笑うトウヤ達にサクラは、怒りのメーターがMAXに達した。かっとなり机を思いっきりバンっと叩き立ち上がった。


「いい加減にしなさいよ!」


 それに驚いたのはナギだ。目を見開き驚く。


 ――こいつ、俺の魔法を外した!









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