第5話 軍事学校②



 ナギが教室の後ろの扉から入ると、クラス全員が一斉に振り向いた。そして一瞬誰だという表情を浮かべる。すると担任だろう、教卓に立っている軍服を着た男性がナギへと声をかけてきた。


「おー。一條ナギじゃないか! やっと来たか」


 そこで生徒達は遅れて入って来た人物が一條家の人間だと理解する。そしてその瞬間嫌悪の表情へと変わる。


 そりゃそうだろう。普通でも一條家の嫡男と注目の的なのに、出来の悪い弱虫で引きこもりだと巷では有名で、軍事学校は親の特権で何不自由なくコネで入った甘ったれなお坊ちゃまなのだ。嫌悪感を抱かないほうがおかしい。

 ナギは小さく嘆息する。


 ――分かりやすい反応だな。まあこれが当たり前と言えば当たり前か。


 すると担任が重い雰囲気をかき消すように笑顔で言う。


「お前の席は、その一番後ろの窓側の席だ。座れー」


 唯一担任だけが好意的な反応のようだと思いながらナギは言われた席に座る。


「やっと全員揃ったな。あ、そうだお前にはまだあいさつがまだだったな。俺は西園寺ミカゲだ。3年間よろしくな」


 そういうミカゲは、軍人らしく鍛えられた肉体と、無精髭を生やしたワイルド系の男性だ。西園寺の最後の言葉に、担任は3年間変わらないのだとナギはそこで理解する。


「今日は午前中は普通の授業で、昼から2,3年の合同練習の見学だ。じゃあ授業始めるぞ」


 そこでナギは教科書がないことに気付く。


「あのー、教科書ないんだけど」


 手を上げて言うと、西園寺は「ああ」と声をあげる。教科書は入学式後に配られたのだが、ユウリは入学式を途中ですっぽかしたため教科書をもらっていなかった。


「お前の教科書まだだったな。隣りのやつ、チハル見せてやれ」

「えっ! ぼ、僕ですか?」


 チハルと呼ばれた、見た目から大人しい気弱な感じの男子生徒が声を裏返して言う。


 ――なんかユウリみたいなやつだな。


 ナギは机と椅子を引きずりチハルの横に移動させる。


「悪いな」

「あ、い、いえ……」


 おどおどした感じもユウリによく似ている。て、ことは――。


「なあ」

「は、はい?」


 チハルは驚き恐怖におののきながら、ナギから離れるように体を斜めにして返事をする。そんなチハルに肩肘を立て嘆息する。


「はぁ……。何怯えてるんだよ。別に俺は何もしないぞ」

「……」

「今まで何をされたか知らないが、そう怯えるな。俺はお前を悪く言わないし、殴ったり罵倒したりもしない」

「!」


 チハルは目を見開きナギを見る。


「まあ……その気持ちはよく分かるからな」


 ――これはユウリの記憶で、俺ではないが……。


 その言葉でチハルは気付いたようだ。


「一條君中学の時にいじめられてたんだよね? 僕と一緒だ……」

「……」


 ナギは眉根を寄せ目を細める。


 ――なんだ、あのヘタレと自分が一緒にされるのはどうも納得いかねえー。


 聞こえよがしに嘆息し頬杖をつくのだった。



           ◇



 1限目が終わり15分の休憩になった。


 ナギは、物珍しそうに自分へ視線を向けるクラスメイトの中に、チハルへと向ける冷たい視線があることに気付く。最初は気のせいかと思ったが、やはり違うようだ。


「チハルって、今もイジメにでも遭ってるのか?」

「え!」


 チハルは一瞬驚きナギを見るが、すぐに眉根をハの字にし苦笑する。


「面と向かってのイジメはないんだけど、あまりいい風には思われてないかな」

「なんでだ?」

「僕の家の位が一番下のランクなんだよ」


 チハルはそう言って弱々しく笑う。


 天陽国てんようこくは、昔に比べれば良くなったが、まだ身分と妖力の強さがものを言う国だ。妖力が弱ければ蔑まされ、妖力が強ければ尊敬される、理不尽な能力主義の社会だ。


 ――ここも面倒な世界だな。


「だから一條君は、本当は僕が話していい人じゃないんだ。君と僕では天と地の差があるから……」

「別に話していいだろ。親が偉いだけであって、俺は関係ない」


 まさか一條家の人間からそのような言葉が出るとは思わなかったチハルは驚き見る。


「え、でも……僕なんかと……」

「だから身分なんて気にしないって言ってるだろ」

「一條君……」

「それにナギでいいぞ」

「え? でも僕なんかがそんな名前で呼ぶなんて……」


 こういうウジウジしているところも、ナギの記憶の中のユウリによく似てるなと嘆息する。


「はあ。何回も言わせるな。そういうのは無しだ。今度言ったら怒るぞ」

「あ、は、はい」


 ナギに睨まれチハルはビシッと背筋を伸ばし頷く。そんなチハルにナギは顔を緩めふっと笑う。


「分かればいいんだよ」


 怒ってないと分かるとチハルも体の力を抜き、ナギにばれないように安堵の溜息をつく。


 ――十家門じゅっかもんの者の人にも身分を気にしない人っているんだな。


 そしてチハルは微笑み言う。


「ナギ君って優しいんだね」


 するとナギは、苦虫をかみつぶしたような顔をチハルに向けた。


「どうなったらそうなるんだ?」


 あり得ないだろうという顔を見せるナギに、チハルはさらに笑顔を深めた。







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