第一章 

第2話 出会い①



「ねー、サクラちゃん。僕やっぱり嫌だよー」

「いい加減にしなさいよ。ちゃんと学校行かないとだめでしょー! ユウリのせいで私が文句言われるんだからねー!」

「だって僕は行きたくないんだよー。軍事学校だって父さんが勝手に決めて、コネ使って入学させたことだし。僕は本当は普通の高校に行きたかったんだよー。戦うなんて無理なんだよー」


 堤防沿いをサクラに腕を持たれ嫌々歩いているのは、ユウリこと一條いちじょうユウリ。この国でトップの権力を持つ家門、一條家の長男だ。


 この国は、妖力が強いと特別な苗字『じょう』という文字が与えられる。

 トップが一條いちじょう家、2番目が二條にじょう家のように、妖力上位10の家門のみが、この『じょう』という文字とその順位を現わす数値を使った苗字が与えられていた。


 そしてその家門をみな、『十家門じゅっかもん』と呼んだ。


 権力は妖力の強さが大きく関わっている。だが妖力の強さは遺伝が大きく影響するため、順位はほとんど変わることはない。その家門の者が跡継ぎがなく途絶えれるぐらいしか順位が変わることはなく、ここ100年以上権力順位は一度も変わったことがなかった。


 そしてサクラとユウリは、幼なじみであり許嫁だ。

 サクラの方が年が1つ上のため、小さい頃からユウリはサクラの後を追いかけて遊ぶことがほとんどだった。

 許嫁は物心がつく前から決まっていたため、サクラもユウリもそのことに関して何とも思っていない。お互い姉弟きょうだいのように思っているだけで恋愛感情はこれっぽっちもない。ただ『許嫁』という間柄なのだという認識しかなかった。


「ほんといい加減にしなさいよ! それでも一條家の長男なの! 1人息子なんだから父親の後継いで、軍に入るのは当たり前でしょー!」


 サクラはそう言いながらユウリの腕を引っ張り堤防沿いを歩く。


 十家門じゅっかもんの家系の男性は代々軍人だ。そのため軍人になるために必ず通わなければならない軍事学校に入るのが決まっていた。


「でも僕では無理なんだよー!」


 そう言ってユウリはサクラの手を強引に離す。


「サクラちゃんも知ってるだろ? 僕が軍に向いてないの」

「うん」

「……」


 間髪入れずに返事をするサクラにユウリは、少しは否定してくれてもいいのにと思う。


「そりゃあ僕でも分かってるんだよ。このままじゃだめだってこと」


 父親が軍のトップの人間である以上、後を継ぐのが当たり前のことで昔から決まっており、そのためには軍事学校に必ず行かなければならないことは頭では分かっている。だから嫌だったがしぶしぶ受け入れ頑張ろうとした。


 でもやっぱり無理だった。


 入学式に行って思い知らされた。

 入学式当日、ユウリは学校へ行って驚愕する。


 今年入学した1年生の男性は150人、女性80人。男性はみな、鍛えられた体に鋭い目つき、そして並外れた妖力。もう軍人でいいのではないかという人物ばかりだったのだ。

 そりゃそうだろう、厳しい試験をクリアーした人材だ。ユウリのように親が軍人だからと試験もなしで入れる者は数人だ。

 もうこの時点で、自分が居る場所ではないと悟った。

 そしていつものように注目を浴びる。それも好意的なものではない。その反対、なぜお前みたいなやつがここにいるんだと言いたげな蔑まされた鋭い眼差し。


「でも入学式に行って分かったよ。僕には無理だってこと」

「ユウリ……」


 ユウリは小さい頃から気が弱く泣き虫で、いつもサクラの後ろに隠れ、サクラが前に立ち、ユウリを守るというのがお決まりだった。争い事をまったく好まず、運動もからっきしだめ。でも良いところもある。性格がすごく優しく、弱った動物をよく拾っては家に持ち帰り、育てている動物大好きな男子なのだ。


 そんなユウリは、やはり中学の時にいじめにあい不登校になった。結局中学は最後まで行かず、通信教育で卒業した。

 そしてコネで軍事学校に入り通うことになったが、入学式に出席した以来ユウリはこの3日間学校に行ってない。


 だからサクラが強引にユウリを家から引っ張りだし、今この状態だった。


「でもこのままずっと中学みたいに学校を休むわけにはいかないでしょ?」

「……」


 軍に入るには、軍事学校を卒業するのが必須なのだ。ましてやユウリは軍のトップの1人息子。どうあがいても軍に入らなくてはならない。避けては通れない道だ。

 そのためサクラは、学校からユウリをどうにか連れてきてくれないかと、この3日間さんざん言われ続けていた。

 学校はユウリの家にも連絡はしていたようだが、なんせ軍のトップの父親は忙しく、ほとんど家に帰っておらず無理であり、そしてユウリの母親は早くに亡くなっていたため、ユウリに強く言える者は一條家の屋敷にはいなかった。

 そこでユウリと面識があり、強引に学校に連れてこれる唯一の人物、許嫁のサクラに白羽の矢が立った形だった。


「ユウリのおじさんも、いつまでも部屋に引きこもっていたら悲しむわよ」

「父さんは僕のことなんて気にしてないよ」


 ユウリとユウリの父親は、もうここ何年も顔も合わせておらず、話してもいない。ユウリいわく、父親はユウリのことが嫌いだから家にも帰ってこないのだと言っているが、ただ仕事が忙しく、家にほとんど帰れないのが本当の理由だろうとサクラは思っている。


「ユウリの気持ちも分かるけど、今はちゃんと学校に行ってよ! このまま引きこもりが許される立場じゃないことぐらいユウリだって分かるでしょ! ユウリは一條家なのよ!」


 するとユウリはキッとサクラを見る。


「一條家一條家って……。だからなんだよ……」

「え?」

「いつもそうだ。何かあれば、一條家の人間だからってみんな言う」

「当たり前じゃない。ユウリは一條家の一人息子なのよ。ちゃんとしなくちゃ示しがつかないわ」

「それがどれだけ僕にとって苦痛なのかサクラちゃんには分からないんだよ」

「分かるわよ」


「いいや、わかってない! いつも一條家だからって言われて、自分の好きなことも出来ない! 自分がやりたいことも我慢して、親の引かれたレールしか生きていけない! 学校でもそうさ。一條家だからいいよなっていつも嫌みを言われ、物は隠され、ひどい時はたかられ苛められる。軍事学校の入学式でもそうさ。厳しい受験もなしにコネではいれていいよなって先輩に言われる。これがどれだけ辛いか、サクラちゃんに分かるわけないだろ!」


「ユウリ……」


 辛い表情を見せるサクラにユウリは一瞬ひるむが、一度堰を切った言葉は止めることができない。


「もうこんな生活嫌なんだよ! 生きていても意味がないんだよ! 自分がしたいことも出来ない、世間の目を気にして生きていくことしか出来ない人生なんて、もうまっぴらだ! 死んだほうがマシだよ!」


 その時だ。


 ユウリの頭上に魔法陣が現れる。


「!」


 そして光がユウリを包み、一瞬強烈な光を放った。


 あまりのまぶしさにサクラは目を瞑り顔を背けるが、しばらくすると光が収まったので目を開ける。


 ――今のなに……?


 何が起きたか分からず、まだ光の残像が残りよく見えない目で魔法陣があった空を見るが、もうそこには何もない。どういうことだと目を眇め、目の前のユウリに視線を落とすと、ユウリは下を向き俯いていた。


「ユウリ、大丈夫?」


 するとユウリがゆっくり顔を上げた。


「!」


 やっと目が正常に戻ったサクラは目を見開き驚く。そこにいたのはユウリではなく、知らない男だった。

 サクラは眉を潜めながら尋ねる。


「あなた、誰?」


 すると男は、腰に手をあて、片方の口角をあげる。


「俺か? 俺はナギリア・リュウゼン・アルティールだ」




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