数学研究部と解答
「解答はこれだ。」
1番最初に声を発したのは安藤だった。黒板にノートを確認することもせずに数式を書き入れる。
-cosπn
sin(π/2•n)
-2/√3・sin(2π/3・(n+1))
なるほど確かに成り立っている。と、言ってあげたいが、残念ながら俺はまだ三角関数を知らない。
三角比なら知っているが、sinやcosの中にπの付いた式があるのを見るのは初めてである。数Aが終わり次第、三角関数の予習でもするか。
それにしても解くスピードが速い。まだ5分も経っていないのである。安藤とは9年もの付き合いであるが、安藤に問題を出した人は今までにいなかったということに気づく。安藤は小難しい定理の証明を理解するだけでなく、こういう問題を瞬時に解くこともできるのか。
「正解です!」
掛布さんが拍手をする。
「一応説明をお願いします。」
「数列が周期的だったから周期関数を使った。」
掛布さんはにっこりと笑う。
安藤はすっかり興味を失ったのか、すでにノートに向かっている。何か別の問題でも解いているのだろう。
砺波の方はというと、安藤の答えをチラッと見ただけで、すぐにノートに向かって、恐ろしい速さで数式を書き込んでいる。
数学力なるものがあったとしたら、両者とも俺とは桁違いの値になるのではないか。いっそのことどちらかに部長を代わってもらいたい。
「できた。」
ぽつりと声を漏らしたのはやっぱり砺波だった。
(-1)^(n+1)
(i^(n+3)+(-i)^(n+3))/2
(((-1+√3i)/2)^n -((-1-√3i)/2)^n)/√3i
「i は虚数単位ですね!正解です!」
虚数単位って何だ?
というか、どうして掛布さんはこんな複雑な式をすぐに正解だと断定できるのだろうか?
それはおそらく、安藤と砺波が挙げた解答が掛布さんの想定する模範解答であったのだろう。
俺の見つけた「-(-1)^n」が先に砺波に言われてしまった以上、俺が負けてしまうことはほぼ確定してしまった。
「一応解き方を説明してもらえますか?」
「この数列、3つとも隣接三項間漸化式によって定められる。」
そう言って砺波は黒板に以下の式を書き足した。
a_n+2=0•a_n+1 +a_n
a_n+2=0•a_n+1 +(-1)•a_n
a_n+2=(-1)•a_n+1 +(-1)•a_n
「最初の数列は1,-1,1,-1,……。次が1,0,-1,0,1,0,-1,0,……。最後に1,0,-1,1,0,-1,……。これらの漸化式がこれ。隣接三項間漸化式の解き方は既知であるから、あとはこれらを解くだけ。」
「さすがです、砺波さん!」
掛布さんがこちらを見る。
「あとは部長だけですね。」
「……。」
何か悔しい。そもそも解答に俺の知らない知識が前提とされていたら、解けないのは当然である。
知識で圧倒されているような気がする。
ここは何とか、この数学好きたちに一矢報いてやりたい。
掛布さんは答えを三つ思いついた、と言った。ということは少なくともあと一つ答えがある筈だ。
暫く俺は考えた。
思うに、安藤と砺波の解法がヒントになるのではないか。
俺はまだ隣接三項間漸化式なんぞは知らない。しかし、安藤の言う周期性は理解できる。
(-1)^nは周期2で繰り返す。
それはどうしてか?
nが偶数のとき(-1)^nは1となり、奇数のときは-1となる。つまり(-1)^nとはnの偶奇を反映する式なのだ。
自然数の偶奇は周期2で繰り返される。
したがって(-1)^nは周期が2で、1と-1が交互に繰り返されるわけだ。
しかし、与えられた二列目以降の数列の周期は4と3である。
ならば、偶奇が周期3や4で繰り返す数列を見つければ、与えられた数列に近づくのではないか?
例えば数列a_nが偶数→偶数→奇数→偶数→偶数→奇数のように「偶偶奇」が繰り返されるならば、数列(-1)^a_nは、1,1,-1,1,1,-1,1,1,-1,……となる。
これでは0が現れないが、砺波の解答がヒントとなる。
砺波の二列目の解答では、何かの冪乗を
そうだ。確かに-1をいくら掛けても1と-1しか現れない。しかし、1と-1のみ現れる二つの数列を足して2で割ったら、そこには1と-1と、そして0が現れるのである!
つまり、偶奇が周期3や4で繰り返される数列さえ見つけられれば、この問題は解けるのではないか?
そこまで考えて、気づいたことがある。
砺波の解答は、二次方程式でも解かない限り出会わないような数をn乗していた。
そして俺は、似たような数式をこの部室で見たことがある。それも今日のことだ。
1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233,……
この謎めいた整数の羅列の下に、それはまだ残っていた。
この式も隣接三項間漸化式とやらを使って導いたのではないか?砺波の式と、形がよく似ている。
そしてあることに気づいて、俺は膝を打った。
数十分くらいだっただろうか。俺はかつてないほど頭を回転させて、ノートに色々数式を書き込んだ結果、2つの数式を得た。
その数式が本当に正しいのか、俺は分からないが、俺以外の部員たちは分かるに違いない。
ノートから顔を上げると、安藤は数式かなんかに没頭していたし砺波は本を読んでいた。
掛布さんはというと、微笑をたたえながらこちらを見ている。
「できたぞ!」
そう言うと、砺波が顔を上げる。少し驚いたような顔をしているのは、俺が大きな声をあげたからか?
少し震える手で俺は黒板に以下の数式を書いた。
-(-1)^n
((-1)^((n+1)(n+2)/2)
+ (-1)^((n+2)(n+3)/2))/2
{(-1)^(((1+√5)/2)^(n+2))-((1-√5)/2)^(n+2))/√5)
-(-1)^ (((1+√5)/2)^(n+3))-((1-√5)/2)^(n+3))/√5)}/2
「っわ……。何ですかこれは?」
「一般項だ。」
掛布さんはともかく、砺波までもが黒板に書かれた数式を注視している。
「ええと……確かに二つ目の式はいくつか代入してみると成り立っていますね。」
「三つ目の指数部分はフィボナッチ数列?」
砺波が聞く。砺波から話しかけてきたことは初めてではないだろうか。
「フィボナッチ?それは知らんが。」
「ええと……説明して下さい!」
「説明して。」
安藤も顔を上げてこっちを見ている。
「うーん。一つ目は説明しなくていいか?2つ目と3つ目だが、これを見てもらったらわかると思う。」
黒板に掛布さんが書いた二つの数列。
1,3,6,10,15,21,28,36,45,55, ……
1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233,……
これらの二つが、まさに俺が探していたものだった。
「上の式は奇数→奇数→偶数→偶数→……と、繰り返されている。そして下は、奇数→奇数→偶数→……が繰り返すようだ。」
「そうですね。」
「だから、あとはそれらを-1に乗せてやれば、それぞれ周期が3と4の、1と-1だけが繰り返される数列が作れる。これらを適当にずらしてから足し引きして、2で割れば一般項が完成する。」
部室が静まり返った。
3人とも、黒板を見て、頭の中で計算をしているようだ。
やや間を置いて、掛布さんが呟く。
「……正確です。」
「それは良かった。」
「私の出した例がこんなふうに使われるなんて驚きです!」
掛布さんは満面の笑みとなってこちらを振り向く。
「やっぱり部長は部長が適任ですね!」
うん、そうだろう?……いや違う!!
「誤魔化そうったって駄目だよ、掛布さん。」
「……やっぱり気付きますか。仕方ありません。こんな面白い解答を見せてもらったことですし、明日からは私が部長をやりましょう!」
「ちょっと待て。-(-1)^nはすでに出ている答えじゃないか?」
おい、安藤。珍しく発言したと思ったらそのダメ出しはないぞ。
「いや、確か掛布さんはこう言った筈だ。」
一般項はすでに出されたものと異なるアイデアで構成すること!!
「砺波は隣接三項間漸化式を見つけて解いたんだろう?」
頷く砺波。
「俺は偶奇に着目して導いたから、砺波とは異なるアイデアだ。」
「……抜け目ないですね。」
「ちなみに、この一般項が掛布さんの想定外なら、掛布さんの想定していた答えは何なんだ?」
掛布さんはヘアピンに手を触れて――困った時に触る癖なのか?――答える。
「ええと……これです。」
Im exp(i(2n-1)π/2)
Im exp(inπ/2)
Im exp(i(2n-1)π/3)•2/√3
もう、笑うしかない。
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