第26話 岩瀬~廻船問屋

 路面電車に乗って、まずは富山駅へ戻る。今度の車体はちょっと古そうだ。中学生くらいの子達がたくさん乗っていた。富山駅は終点だから、最後まで乗っていればいいと思って気を抜いていたら、

「富山駅~富山駅です。」

とアナウンスが流れた。外を見れば、富山駅がすぐそこに見える。でも、あの駅構内まで行くのかと思っていた。違うのだろうか。学生など、多くの人が降りるので、私も降りた。次にどっか違う所に行ってしまうと困るから。

 そして、最初に路面電車に乗ったあの場所、踏切のあるホーム(乗り場)まで歩いて行ったら、ちょうどさっきの路面電車が到着するところだった。やはり、あのまま乗っていれば良かったのだ。またやってしまった。無駄に歩いてしまった。

 岩瀬行きの電車をホームで待つ。富山駅と岩瀬浜駅を結ぶ列車を「ライトレール」と言うらしい。富山から岩瀬浜までは25分である。船を使って岩瀬まで行くことも出来るが、こちらは1時間かかり、運賃も1500円。ライトレールは200円なのだ。もちろん、フリー切符でも乗れる。船に乗るのも良いかと思ったが、帰りの新幹線の時間が決まっているので、あまり悠長な予定も立てられない。私はライトレールを選んだ。

 ホームには、けっこうな人の列が出来ている。並んでいると、あるお婆さんに、

「ずいぶん混んでるわねー。」

と声を掛けられた。この旅行中、年上の女性にはたくさん声を掛けてもらった。それ以外の出会いというのは、なかったなぁ。そりゃそうか。こちらから話しかけない限り、出会いなどあるはずもない。今、コロナもあってむやみに近づくと警戒されそうだし。一応、人口の多い所(つまりは感染者の多い所)から来ている身だし、なかなか。ただ、お店の人などとは会話をした。営業的な事がほとんどだが、それでも全く口を開かないわけではないので、それほど「誰かとしゃべりたいのに!」という欲求不満はない。

 電車に乗ると、高校生がたくさんいた。8月は夏休みだと思うが、部活とか補修授業とか、色々あるのだろうか。富山駅を出ると、最初は先ほど乗った路面電車と変わらない感じだったのだが、途中からは線路もまっすぐで、信号で止まることもなくなった。ライトレールという名前が付いているだけあって、路面電車とは違うようだ。

 観光案内所のおじさんが教えてくれた通り、終点の岩瀬浜駅ではなく、一つ手前の東岩瀬駅で降りた。おじさんは「岩瀬まち歩きまっぷ」を開いて私に見せながら、

「東岩瀬駅から、ここを通って岩瀬浜まで歩くと、色々観光できますよ。」

と、教えてくれたのだ。親切に、指で地図を指し示しながら。

 というわけで、実際に東岩瀬駅に着いたので、早速もらった「岩瀬まち歩きまっぷ」を取り出す。縦長の薄茶色の紙が四つに折ってあって、開くと手書きの地図が描いてある。木や家のイラストに、マンガの吹き出しみたいな感じで小さい字がたくさん書いてある。それぞれの観光施設の説明がびっしりだ。だが……地図には行くべき道しか描いていない。その他の道は描かれていないのだ。それで、実際にどっちの道へ進めばいいのだ?私が方向音痴だから分からないのか?いや、やっぱりスマートフォンの地図アプリの方が良さそうだ。GPSに頼るべし。

 誰もいない道を歩き、古い町並みを目指した。そして、地図上では目指していた所に来たと思われる。しかし、辺りは普通の住宅街に見える。ここが大町新川町通りのはずなのだが。

 すると、昭和レトロな雰囲気の銀行があった。写真を撮ろうかと思ったが、ちょうど向かいの家からおばさんが出て来て躊躇した。銀行の写真なんかを撮っていたら変に思われるかなと思って、写真は諦めた。

 もう少し歩いて行くと、今度は「写真を撮ってください」と言わんばかりの信用金庫が出て来た。外側は江戸時代の商家そのもの。瓦、のれん、よしず。景観を損ねない為なのだろうが、これはちょっと張り切りすぎではないか?

 と思ったら、更にその先にもまた江戸時代のような見た目の銀行が。看板がレトロだし、のぼり旗のようなものもあって、すごい。だが、前を通り過ぎて中をちらりと覗くと、よしずの中には自動ドアがあって、普通の銀行のようだった。いずれにしても、この二つは写真に収めさせてもらった。

 人の気配はまばらだが、やっと観光地らしい所に出て来た。目指していたのは北前船廻船問屋「森家」だ。入館料は100円で、家の中には船の模型などもあり、説明をしてくれる人がいた。観光客がちょこちょこいて、何人かずつに一人のガイドさんがついて話してくれる。私は最初、一人で説明を受けていたが、次に来た同世代の女性が一人加わって、二人で説明を聞いた。

 説明をしてくれた女性は、話し方が面白くて、話の内容も興味深かった。方言なのか、やさしいけれど可笑しい感じのしゃべり方。たとえば、

「はい、この畳の縁を見てください。変わった形をしているでしょ?これはね、川を表しているんです。」

ダメか、文字だとやんわりとしつつも可笑しいしゃべり方が伝わらないか。他にも、

「ここが入り口ですけどね、あっち側にも入り口があるでしょ。あの入り口はね、昔は海に繋がっていたんです。船が着くと、直接荷物を入れたってわけなんです。」

なんていう風に話をしてくれた。

 また、この家は築140年だそうで、手入れをちゃんとすれば、木造の家も長く住めるのだと知った。あと、廻船問屋がどんなものかも知る事が出来た。それから、験担ぎがあちこちにあるとか。そして、

「廻船問屋が相当儲かっていたというのが分かりますよね。でも、隣の馬場家なんかはもっとお金持ちでした。是非ね、この後行ってみてください。」

と、最後に言われた。

 少し自由にこの森家を一人で、いや、一緒に説明を受けた女性と何となく一緒に見て回ってから、隣の馬場家に向かった。

 馬場家の入館料も100円。森家との共通券だと180円なのだ。森家に入る時に180円払ったので、こちらへはチケットを買わずに入れる。

 森家は一軒の家という感じだったが、馬場家の方は入り口から反対側へ抜ける広い通路がどーんとあって、その両脇にたくさんの部屋があった。廻船問屋は相当儲かったのだと先ほど説明を受けたが、確かにみな立派な家である。そして、より儲かっていたというこの馬場家は、先ほどの森家よりも確かに広い。遙かに広い。

 こちらにはガイドさんはおらず、1枚の紙をもらっただけだった。「みどころガイド」と書いてあるこの紙には、家の見取り図に説明がたくさん書き込まれていた。

 部屋の方に入る時には靴を脱いで入った。若い男女のグループがいた。5~6人のグループだろうか。ここは写真撮影OKだったので、先ほど森家でも見た川の形の畳や、梁がたくさんある天井などの写真を撮った。昔の電話機とか。一つのちゃぶ台にアンケート用紙が置いてあったので、座って書いた。書くのを口実に、座って休みたかったのだ。

 再び廊下へ出る。廊下の突き当たりには扉があって、その向こうはお庭になっていた。昔はこの庭がなく、海だったというわけだ。今も海は近いが、この庭と、その向こうに道路と港がある。今、船が着く場所は埋め立て地なのだな。

 男の子3~4人のグループも見学していた。もしかして、先ほどの男女と皆同じグループなのだろうか。道には誰もいなかったのに、観光施設の中には人がけっこういたりするのが不思議だ。

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