第17話 犀川

 頭痛が治らない。薬が効かない。それでも、良い物を買えたという高揚感で良い気分だ。

 金沢観光の予定はほぼ終わった。いつもそうだが、旅行の行程は、予定よりも早く終わってしまう事が多い。まだ午後1時半を過ぎたばかりだ。

 実は、時間があれば、と思っていた予定が残っている。それは、犀川沿いにある石碑を拝みに行く事だ。(拝むと言っても実際に手を合わせるわけではない。)

 犀川の土手沿いの道へ出る。出口のところに、室生犀星が幼少期に住んだ寺だという「雨宝院」があった。そして、大正13年に完成したという鉄骨トラス橋「犀川大橋」が見えた。エメラルドグリーンに塗ってある鉄骨で、橋の名前が書いてある看板には金縁が。派手だ。そしてかなり不思議な出で立ちだ。歩道橋のようでありながら、歩道橋ではない。

 そこから川沿いの道に出た。これから犀川沿いを歩いて行く。この道を「犀星の道」と言うらしい。この道の途中に、芭蕉碑や犀星碑があるのだそうだ。それらを見ながら、向こうの大通りへ出ようという算段だ。

 まず、すぐに芭蕉碑があるはずだ。とことこ歩いて行き、スマートフォンで地図を確認した。スマートフォンの地図には「芭蕉句碑」という表示がある。が、とっくに通り過ぎていた。仕方ない、スマートフォンを見ながら来た道を戻る。

 あれ?また通り過ぎた。私は川沿いの道を歩いているが、もしかしたら土手の上なのかもしれない。ということで、土手の上へと階段で上がってみた。うろうろするが、やっぱり石碑のような物は見当たらない。仕方なく諦めた。

 風が吹き、灰色の雲が流れる。犀川の水は泥の色に濁り、水嵩もかなり増している様子。水はものすごい勢いで流れている。川沿いの道には所々鉄格子がはめてある穴があるが、そこから水が飛び出してくる。例によって、湿度で髪の毛がバリバリである。土手に生えている芝生は青々としていて綺麗だ。ちょっと自撮り。こんなところで?という感じだが、周りにはあまり人も居ないし、まあいいだろう。

 まだ2時。実は、今日の夕飯はここで、という店を決めていた。加賀野菜などで作ったピザが食べられる、創作料理の店だ。その店は、室生犀星記念館の、犀川を挟んで向かい側くらいの位置にある。つまり、この辺だ。私は今、どんどんその店から遠ざかろうとしている。

 でも、この店が開くのは午後6時。あと4時間もこの辺りで時間を費やすなど、全くもって無理。もっと繁華街ならば、少しは時間の費やしようもあるが、土手では無理だ。私はもう諦めた。ピザを食べたかったけれど。こうなったらホテルの近くのお店にするか、何か買ってホテルの部屋で食べようと決めた。

 川沿いを次の橋まで歩いた。また、けっこうな距離に見える。それでも10分足らずで着いた。一度階段を上って土手の上の道路へ出て、橋を渡って川の向こう側へ渡る。少し戻れば犀星碑を見られるはずだ。

 スマートフォンの地図を見ながら歩いた。また戻るなんて、歩き過ぎだ。けれども、時間が余っているから歩くしかない。一人だと、時間が長いというか、何というか。

 見つけた。石碑が並んでいる場所がいきなり現れた。私は土手の方から行ったけれど、道路側から見るとちょっと整備された庭というか、公園のようにも見える。これが犀星碑なのかどうか、定かではないが、とにかく石碑が4つくらいあって、どれも短歌のようなものが刻まれていた。でも、どうして作者名が書いていないのだろう。文字を読めば、誰の歌だか分かるはずだって?そんなバカな。いや、案外身内(地元民)にはあり得る発想かもしれない。

 さて、だいぶ足が疲れたので、とりあえずホテルの方へ帰ることにした。またスマートフォンの地図でバス停を探しながら歩く。

 石碑群からバス停までは観光地というわけでもないのに、女性の二人連れなんかをけっこう見かけた。皆さん犀星碑を見に来たのだろうか。私の前を若い女性の二人連れが歩いていた。彼女らの足下を見て驚いた。二人ともハイヒールではないか。一人はとてもかかとの高い靴を履いている。あんなので歩いたら、私はもう腰を伸ばしていられないだろう。いや待てよ。そういえば私も21歳の時、ヨーロッパへ旅行するのにハイヒールで行ったっけ。ローマの道は石畳がでこぼこしていて、ハイヒールだと歩きにくいし、足裏が痛かった。これは失敗だったと痛感したものだ。しかも、ストッキングだから汗をかくと匂いが……。それ以後、旅行にはスニーカーと決めている。それなのに、沖縄へ行った時には、夫にそそのかされてビーチサンダルで行ってしまい、借り物だったので足に合わなくて土踏まずが痛くなり、別のビーチサンダルをホテルで買った覚えがある。歩く時には履き物が大事だ。足に合う事が重要。足が痛いと、せっかくの旅行も楽しめないから。今履いているボランティアシューズはとても歩きやすい。いくら歩いても靴擦れなどにはならない。だからこそ、つい無理をして、たくさん歩いてしまうような気もするが。

 はて?バス停があるはずの所にない。もう少し先かと思って行くのだが、見当たらない。見当たらないまま、とうとうその次のバス停まで来てしまった。こんなに足が疲れているのに、バス停を一つと半分くらい歩いてしまった。そして、右足の親指の爪がすごく痛くなった。左は全然痛くないのに、何故か右だけが痛い。不思議だが、歩き方のせいなのだろう。疲れてくると益々歩き方の癖が酷く出てしまうのではないか。

 バスが来た。やっと座れた。昨日観光した場所を横目に見つつ、金沢駅へ向かう。このバスの運転手さんも女性だった。金沢には女性の運転手さんが多いようだ。しかも、この運転手さんは若い。乗客が降りる時に、

「ありがとうございました。」

なんて言うのを聞くと、バスの運転手さんも接客業なのだな、と改めて思う。そして、ぶっきらぼうに言われるよりも、明るく言われるといいな、と思った。

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