第16話 室生犀星記念館

 店を出て、次は「室生犀星記念館」に向かう。茶屋街を反対側へ通り抜けると、寺町通りという大通りに出た。何だか、御神輿があったような気もする。さっきの浴衣のおじさん、やっぱりお祭りに参加していたのだろうか。

 地図を見ながら大通りを歩いて行き、住宅街のような閑散としたエリアに入った。そして見つけた。室生犀星記念館だ。ここには、かつて室生犀星が生まれた家があったそうだ。けれども、今ある建物は近代的で四角い感じ。自治体のコミュニティーセンターとか、出張所のような雰囲気で、看板に大きく「室生犀星記念館」と活字で書いてある。その隣には、古い石碑のような物が立っていた。入り口の外の柱には、特別展の宣伝の旗がくくりつけてあった。特別展は、室生犀星と萩原朔太郎の「無二の出会いと共鳴の詩」というもの。「詩の双生児」がテーマなのか?テーマがどれだか分かりにくく書いてある。とにかく、7月16日から11月16日までというのは分かる。

 室生犀星とはご縁がある。なので、この記念館はとても楽しみにしていた場所である。ここも観光客は少なくて、女性客が2~3人いるだけだった。

 例によってバスのフリー乗車券のお陰で割引になり、260円で入場した。ガラス張りの中にパネルによる説明と、犀星の作品が載った本が、開いた状態で展示してあった。それが、年代順に並んでいるようだ。

 そのガラス展示に近づいて行ったところ、壁に大きなパネルが掛けてあった。見ると、手書き風の文字で詩が書いてあった。その詩を読んで、私の心は鷲づかみにされた。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの 

そして悲しくうたふもの

よしや

うらぶれて異土の乞食(かたひ)となるとても

帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに

ふるさとおもひ涙ぐむ

そのこころもて

遠きみやこにかへらばや

遠きみやこにかへらばや」

これ、知っている!この詩の冒頭部分はよーく知っている。だが、これが室生犀星の詩だとは知らなかった。「抒情小曲集」という名前は覚えているが、中身をほとんど知らなかったのだ。お恥ずかしい。そして勿体なかった。縁のある室生犀星に、こんなに身近で素晴らしい著作があったとは。

 また、その文字が可愛らしいのだ。丸文字なのに、整っている。まるで、うちの長男が一生懸命に丁寧に書いた文字のよう。ただ単に、可愛いフォントにして飾ってあるわけではなかろう。これはきっと、犀星の文字なのだ。ああ、この文字でこの詩が書かれた絵はがきがあったなら、絶対に欲しい。売っていたら絶対に買う。そう思った。

 さてさて、展示だが、けっこうゆっくり読んで回った。犀星の事を知っているようでよく知らなかった私は、犀星の住んだ場所、家族、交友関係、作品などの説明をじっくりと読んでいった。けっこう時間をかけた。

 しかし、他に二人連れの女性がいたが、彼女達は更に、展示してある手書きの本を全て読んでいるようで、私よりも遙かに時間をかけて見ていた。すごいな。好きなんだろうな、犀星が。ファンだな、絶対。

 一階には犀星個人の事が展示してあったが、二階には特別展の、萩原朔太郎と犀星との、二人の関係を示したものが展示してあった。二人は仲が良くも、喧嘩もしたとか。犀星はここ金沢で生まれ、朔太郎は前橋で生まれた。ほぼ同時期に上京して共に過ごしたり、お互いの故郷を訪れたりしたそうだ。東京では本郷、田端、馬込など、あちこちに移り住んでいる二人。そんなに引っ越したのかと感心してしまった。しかし、二人のエピソードは面白い。

 また、犀星はたくさんの学校の校歌の歌詞を作っている。まさにご縁があるのはその関係でもあるのだが、書棚にそれら校歌の楽譜があって、こんなにたくさん!と驚いてしまった。多くの学校が、室生犀星に親近感を持っている事だろう。

 全て見終わって、出入口付近に戻ってきた。ちょっとした絵はがきなどの土産ものが売っていた。これは!あの詩の絵はがきがあるのでは。期待しながら見に行った。

そして、見つけた。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(小景異情)が書かれた絵はがきを。だが、残念ながら活字だった。まあ、それも買うとして、他に何かないか、と物色する。すると、何と犀星の手書き原稿を発見。もちろんレプリカというかコピーだけれども。それでも、古ぼけた色の原稿用紙に、犀星の手書き文字で詩が書かれており、赤や黒や青の線で修正されている。つまりこれは、修正原稿だ。その中には小景異情の詩もあった。これは買うしかない。何か使い道があるわけではないが、どうしても欲しかった。

 というわけで、はがきと修正原稿の両方をお買い上げ。ものすごく良い物を買ったような気がして(多分気のせいだが)、ルンルン気分で建物を出た。

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