第15話 にし茶屋街
バスに乗って犀川を越え、バス停「広小路」で降りる。他に誰も降りる人はいない。
今日の観光地は基本的に空いている。昨日とは大違いだ。昨日は天気が悪くても、たくさん観光客がいた。つまり、昨日と今日の間に、お盆休みがぼちぼち終了したという事なのだろう。8月18日は休み明けなのか。
バス停に降り立つ。見たところ、特に昔風の建物などはない。またスマートフォンの地図を頼りに「にし茶屋街」を探す。通りから一本中に入ると、あった。それらしい建物が。今度はすぐに見つかった。
比較的広い道路を挟んで左右に、木造2階建ての家屋が6~7軒ずつ並ぶ。ざっと100メートルといったところか。明らかに今の住宅ではない雰囲気。建物の色は焦げ茶か黒で、地面の中央には石畳がタイルのような感じではめ込まれている。その石の色が、水色やピンクベージュと言った感じ。この時は晴れ間が覗いた事もあり、明るい雰囲気だ。人はまばら。時刻はちょうど正午。まだお昼か。今日は午前中にずいぶん回ったな。
ここの建物は、ほぼ飲食店のようだった。唯一、一番手前にあるお店が、飲食するだけでなく、無料で中に入れるみたいだったので、入ってみた。2階へ、と書いてあるので、階段を上って行った。すると、昔のお茶屋さんが再現された部屋があった。部屋の中には入れず、展示を眺める感じだ。
部屋は深紅の壁に囲まれ、太鼓や三味線も置いてあった。ここで、芸妓が三味線を弾いたりしたのだろう。床の間には掛け軸、部屋にはちゃぶ台、ぼんぼり。壁の色の赤が素敵だった。だが、それだけ。一瞬見ただけで階段を降りた。
あー、それにしても頭が痛い。バッグがいけないのか服装がいけないのか、肩が凝る。今日の服装は、少し厚手のピンクベージュのチュニックに、銀色の七分丈レギンス。クシュっとしているやつ。厚手のチュニックが暑いのか、重たいのか。それともやっぱり昨夜の枕?とにかくお昼だし、何か少しでも食べて頭痛薬を飲もう。
にし茶屋街に並んでいるのは、古い家のようでいて、売っているのはキラキラした和風パフェだったりするカフェ。もしくは、そばやうどんの店。さほど多くはないが、いくつか飲食店が建ち並ぶ。うーん、どうしよう。どこに入ろうか。
と、そこへ目に飛び込んで来たのが「わらび餅パフェ」のポスター。いや、看板か?その店は「ハントンライス」も売っていた。ハントンライスとは、金沢発祥の洋食メニューだ。ケチャップライスに卵を乗せ、更に魚や海老のフライ、タルタルソースを乗せたガッツリメニューだそうだ。お腹がバッチリ空いていれば食べたいメニューだが、頭痛もあってあまり食欲はない。やはりスイーツくらいが丁度良い。このわらび餅パフェにしよう。
半分は薬を飲むため、その店に入った。観光地だと、普通のカフェよりも入りやすいのは何故だろう。店の中は綺麗な新しい喫茶店だった。そう、古い町並みだが、古いのは外側だけなのだ。他の店は知らないが。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
私と同い年くらいの女性が出て来て、案内してくれた。ちょっと変わった作りの店で、始めに見えて来たのはカウンター席で、左へ折れて奥へ行くと、テーブル席がいくつかあった。案内されたのは二人掛けのテーブル席。隣の二人掛けにはご夫婦と思われる中年の男女が座っていた。けれども、その二人に会話はなし。ただ黙って座っている。不気味だ。
一方、カウンター席には一人の男性客がいたのだが、その人と店員の若い女性との会話がずーっと耳に入ってきていた。男性は浴衣を着ていて、この辺でお祭りでもあったのかな、と思った。何故って、浴衣の雰囲気もそうだが、昼からだいぶ酔っ払っている様子だったから。
「うちの孫がさあ。」
「それでね、その孫の名前がね!」
ずーっとしゃべっている。おじさんの個人情報ダダ漏れである。
それは放っておいて、私は「わらび餅パフェ」と「梅昆布茶」を注文した。本当はお茶とかコーヒーがいいのだが、カフェインを摂りたくないので仕方ない。普段は塩分をちょっと気にするが、お昼なのに甘い物しか食べないから、少し塩分を摂った方がいいだろう。汗もかいたことだし。汗はかいたが、東京の道路沿いを歩いている時などと比べたら、全然暑くはない。特に今日は、雲が多くて日差しがほとんど差して来ないから、それほど暑くないのかもしれない。
待っている間に、スマートフォンで新聞を読んだ。今朝、ホテルの部屋の無料Wi-Fiの元で、新聞のデータを読み込んでおいたのだ。新聞アプリはやっぱり便利だ。昔はよく旅館の部屋には新聞が置いてあったものだが、最近はどうなのか。ホテルにはロビーにさえ新聞を見かける事がなくなった。だが、こうして家から離れていても、問題なく家で取っている新聞が読めるのだ。ちょっと頭痛でしんどいけれど、ざっと目を通すくらいなら問題ない。
「お待たせしました。わらび餅パフェです。ごゆっくりどうぞ。」
先ほど案内してくれた女性が、わらび餅パフェを運んできてくれた。黒くて持ち手の付いた器に、きな粉がまぶしてあるわらび餅と白いソフトクリーム、小豆少々が盛られていた。ソフトクリームの上には金箔が乗っかっている。これ、金沢っぽい。金沢と言ったら黒塗りに金箔だ。イメージとして。
まずは写真を撮る。映える。これはブログの表紙ものだ。昨日の海鮮丼とこれと、表紙にぴったりだ。さて、それではいただこうか。
わらび餅は柔らかくて美味しい。ソフトクリームも甘くて美味しい。だが、残念な事に今、歯を治療中で冷たい物が浸みる。治療中の右側と、治療したばかりの左側と、両方冷たい物が浸みる。わらび餅だけならば冷たくないし、ソフトクリームは噛まずに食べれば問題ないのだが、両方いっぺんにすくって口に入れたら、餅を噛んだ時に冷たくて、思いっきり浸みた。残念至極。二口目からは、わらび餅とソフトクリームは別々に食べた。
「梅昆布茶です。熱いのでお気を付けください。」
そして梅昆布茶が来た。この程よい塩加減と梅の香りがけっこう好きだ。コーヒーやお茶もいいが、たまには梅昆布茶もいい。そして、パフェを食べ終わったら頭痛薬を取り出す。もちろん、常備薬として常に持ち歩いているのだ。頭痛薬や胃薬や絆創膏を。
水も出されていたので、その水で薬を飲んだ。そうしたら、びっくり。この水が美味い。レモンかな、ハーブかな、と曖昧なくらい微妙なのだが、爽やかな香りがする。水だと言えば水だが、とても美味しい水だった。残したらいけない物のように思えたが、全部飲むには多かったので、残念ながら残した。お腹がチャポチャポになってしまうと困るから。
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