第14話 片町のバス停で
ずっと独りでいると、ずっとしゃべっているのと同じように、頭の中で独り言を言っている。忙しい。というかうるさい。でも、考えなければならない事が多いので、私は無言で話す。こっちでいいよね、あれ、違うかな?ああどうしよう、と。
次は「にし茶屋街」へ行こうと思う。またバスに乗ろう。にし茶屋街へ行くには川を越える。犀川(さいがわ)だ。犀川を渡れるのは国道157号線だ。
香林坊(こうりんぼう)という交差点がある。この辺りは大きな商業施設や会社ビルが密集していて、繁華街の中心地のようだ。風情ある町並みから、この香林坊までは歩いてすぐだった。そして、私が目指しているのは右方向。香林坊のバス停は左へ少し歩いた所にあった。香林坊の次のバス停へ行くか、香林坊まで戻るか、迷った。
地図を見て、香林坊の次の「片町」というバス停が近い事を知った。どちらかと言えば進行方向へ行った方が良いではないか。それで、片町まで歩き始めた。
「片町」というバス停が目に入った。けれども、そのバス停は今までのバス停とは違うものだった。水色で、背丈の低い看板。これは、土日だけ運行している水色のバスのバス停だろうと思った。ガイドブックに載っていたのだ。私が滞在するのは土日ではないので、走っている姿を見ることはないだろう。
だが、そこへバスがやって来た。水色ではない、赤っぽいバスだ。一応立ち止まってみた。バスが停まるならば乗ればいいし、通過するならばそれでいいと思って。そうしたら、バスが停まった。信号が赤になったのだが、前の車とはだいぶ距離が空いているし、明らかにバス停で停まった。そうとしか思えない。だから、私は乗る意思を示すために、ちゃんとバス停に立った。だが、入り口は開かなかった。
あれ?運転手さんが気づいていないのかな?いや、後ろ乗りじゃなくて前乗りだった?などとアタフタしたら、バスの扉は閉まったまま、運転手さんがマイクで、
「ここはJRバスのバス停ですので、停まりません。」
と言った。
私は「ああ!」という感じで引き返した。前へ行けば良かったのだが、恥ずかしさがどっとこみ上げてきて、思わず引き返してしまった。そして、歩きながら後悔した。親切に教えてくれたのだから、ちゃんと運転手さんの方に向かってお辞儀をすれば良かったと。
だが、そうではない気がした。お礼の気持ちを示さなかった事の後悔くらいではない、この胸のモヤモヤ。何故だろう。
引き返したので、香林坊のバス停へ向かう事になった。既に片町方面へ歩いてきていたから、だいぶ遠かった。その長い距離を歩きながら、私はこのモヤモヤする気持ち、落ち着かない気持ちについて考えた。自分の心理を分析しようとした。
私は、元々「このバス停は違うだろう」と思っていた。バスが少しでも通り過ぎてくれれば、乗ろうとはしなかったのだ。それなのに、バスは停まった。前の車との間には、不自然なスペースが明らかにあった。だから、乗れるのかな?と思ってしまったのだ。結局乗れないわけで、それって、何だか意地悪されたような気がしてしまうではないか。わざと私が迷うように、そう仕向けられたように感じてしまったのだ。
まさか、そんな事はないと思いたいが、私の感情としてはそんな感じだった。だから、お礼をちゃんと出来なかった事は、仕方がない。そう、仕方がなかったのだ。いいのだ。
そうやって、自分の気持ちが分かり、お辞儀をすればよかったという後悔も消え、多少すっきりした頃、香林坊のバス停にたどり着いた。
このバス停の前には、たくさんの人が待っていた。学生さんもたくさんいた。バスが来たので私は乗ったが、乗る人はごくわずか。ほとんどの人が乗らないので、ちょっと不安になる。本当に、バスは難しい。
だが、このバスで間違えてはいなかった。良かった。一応行き先を見て、多分これでいいと思って乗ったので、完全なる当てずっぽうではない。だが、最初にこのバスが来てくれた事は、間違いなく幸運だった。もし違う方面へのバスが先に来ていたら、乗ってしまったかもしれないから。
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