第12話 金沢城公園

 朝、なんと予報に反して雨が降っていたのだった。今日はどこへ行こうかと迷う。しかし食事を終え、出かける支度を終えて窓の外を見ると、雨が止んでいて、ちょっと日が差していた。なので、最初の予定通り金沢城公園から行こうと決めた。

 午前9時頃にホテルを出て、金沢駅へ歩いて行った。駅前のバスロータリーの窓口で、またバスの一日フリー乗車券を購入。もう間違わずに並ぶ事が出来る。来たバスに乗り込み、昨日バッジを無くしたあのバス停へと向かった。観光地の中心部と言ってもいいだろう。21世紀美術館の前である。

 バスが到着し、下車する。雲は多いが日も差すので、日傘を差した。と言っても、昨日雨の中で差していた、あの傘と同一である。晴雨兼用の折りたたみ傘だ。さて、スマートフォンの地図を頼りに金沢城を目指す。すぐ近くのはずだが、木がこんもりしているばかりでどこだかよく分からない。少なくとも城らしい物は見えない。スマートフォンに従ってちょっと進み、こっちだと思って入ろうとしたら、入れない。どうやら入り口ではない。見るとそこに看板が出ていて、金沢城公園へ行くには、ぐるりと回れと書いてある。んー?何だ?

 私と同じように、ここへ来て引き返す人が二人くらいいた。私は地図と実際の地形とを何度も見比べた。二次元の地図だと分からないのが高低差。立体交差の問題なのだ。そして、どうやら私はその辺が苦手なようだ。2次元はいいけれど、3次元が苦手。立体が苦手。確かに、数学の問題でもそのような傾向があったような。

 目の前にある看板の地図には、頭上にある橋を渡れと書いてあるようだ。何度も見比べた結果、やっと分かった。一度信号を渡って道の向こう側へ行き、坂を上って一階分くらい上に行くと、橋へ行ける。この橋で、今渡った道路の上を行くと、そこが金沢城公園の入り口なのである。つまり、さっき入れなかった看板のある場所の、ちょうど真上が入り口だったのだ。

 橋の上から写真をパチリ。この橋は石川橋というらしく、これから通るのは石川門だ。門は白っぽい灰色の瓦屋根で、かっこいい。

 門の周りには木が多い。木でほぼ隠れているが、黒っぽい門の壁には白い格子模様があって、江戸時代らしい雰囲気がある。ふと気になって180度振り返ると、そっちにも木がたくさんあって、しかもかっこいい。高い木も低い木もバランス良く植えてあって、そして丸く刈り込まれている植木が並んでいる。まるで緑の雪が積もったかのように、まろやかな形の植木がいくつも並んでいるのだ。こちらは、昨日訪れた兼六園である。そうか、ここが正面の入り口だったのだな。

 そしてまた180度回転して石川門の方を向く。それにしても、どんより雲がまたかっこよさを引き立てている気がする。

 門をくぐると、立派な石垣が目に入った。ゴツゴツしている部分と、すべすべしている部分とがある。石の色は灰色、砂色、赤っぽいベージュ色と、色とりどりだ。そして、もう一つ門をくぐり、くぐった先は広々とした公園だった。コンクリートの地面には、水たまりが多くある。その向こうには青々とした芝生があった。だだっ広い。写真を撮るも、何だか写真では伝わらないこの広さ。芝生の縁(へり)に沿って歩いて行くと、その向こうにお堀があった。お堀の水と城の建物、水に映った雲が美しい。こちらでも写真をパチリ。雲間から覗く青空が、水にも映っている。色んな色が混ざっている風景なのに、一番目立っているのは青空のスカイブルーだ。面積の問題ではなく、一番色鮮やかだからだろうか。

 その横に、石垣のサンプルが展示してあった。石垣はこうして出来ている、という説明書きと共に。ここでも写真を撮る。

 さて、これからどこへ行こうか。スマートフォンでガイドブックの地図を見る。そういえば、ガイドブックは「まっぷる」の「北陸金沢」という本を持って来ているが、それはスーツケースに入れてある。今はホテルの部屋の中である。まっぷるは、購入するとスマートフォンのアプリに無料で、その本のデータをダウンロードする事が出来る。よって、今はその、スマートフォンにダウンロードした、まっぷるの地図を見ているのである。

 地図を見て、今どこにいて、次はどこへ向かえばいいのかと考えていると、私よりも少し年上と思われる女性が近づいて来た。

「何かお困りですか?」

ボランティアガイドの方だった。そう書いてあるバッジをしている。別に困っているわけでもなかったが、せっかく聞いてくれたので、

「次にどこへ行こうかと思って。」

と言ってみる。そうしたら、

「今公開中の重要文化財がね……。」

と、色々教えてくれた。そして、

「どちらからいらしたんですか?」

と聞かれた。

「東京です。」

と答えると、

「あら、先ほどの方も東京でしたよ!あと、千葉の方もいましたね。関東からのお客さんが多いわね!」

と言う。

「今、近くなりましたからね。北陸新幹線が出来たから。」

と私が言うと、

「ああ、そうですねえ。」

とおっしゃっていた。まあ、関東は人口が多いので、日本全国どこでも、関東からの観光客が多いのは当たり前のような気もするが……いや、近場からの客が多いのが普通なのか?

 お礼を言って、そのガイドの方と別れた。そして私は思った。今、指輪を外している。今までの所、結婚指輪をしていると人から話しかけられる事がなく、していないと話しかけられるという現象が起きている。偶然だろうか。もしや、指輪をしていない方が話しかけやすいとか?そんな事があるだろうか。男性がナンパ目的で話しかけるのであれば、結婚指輪の存在は大きな違いを生むだろうが、恋愛要素ゼロの場合、関係があるだろうか。一人で寂しそうならば話しかけてあげるが、連れがいる人には話しかけない方がいい、などというバイアスが、働いたりするのだろうか。

 私はコロナ禍になってから、結婚指輪をほとんどしなくなった。アルコールで手の消毒をする事が多いから。プラチナはアルコールを付けても変わらないのだろうが、何だか指輪と指との隙間にバイ菌が入り込み、そこはよく消毒されずに残っているのではないか、などと考えてしまって。でも、一応一人で旅行するにあたり、結婚指輪はしていた方がいいかなぁと思って、今回はしてきた。だが、今日は頭痛もあって指輪は外してきたのだ。その事と、人から声を掛けられる事と、何か関係があるのか。謎である。

 さてさて、教えてもらった重要文化財を目指そう。ガイドさんの話によると、先ほどくぐった石川門も重要文化財で、ただ今公開中だとか。うーん、くぐっただけではダメだったのか?そういえば、ここまで来る途中に「石川門→」という看板を見たけれど、もしかして、普段は見られない何かが公開されていたのだろうか。そんな事に、今になって気づいたものの、とにかくそれはスルーする。だって、また戻るのは何だか……かったるい。よって、教えてもらった「鶴丸倉庫」へと歩みを進める。

 お子様連れもちらほら。基本的に観光客はまばらである。今日は18日木曜日だ。そろそろお盆休みの人も減ってきたという事だろうか。

 鶴丸倉庫に到着し、靴を脱いで中に入る。湿気が多いからか、開けっ放しの建物内では扇風機が作動していた。倉庫なので基本何もない。だだっ広い空間だ。とにかく中を見て、出る。

 次に、やはり重要文化財だと教えてもらった「三十三間長屋」へ向かう。その途中、古いトンネルのような物が木々の向こうに見えた。先ほど橋を渡った時に、2階くらいの高さだった事からも分かるように、ここはちょっとした山なのだ。山を切り開いた形で城が存在していて、その周りは山。その山の中にひっそりとトンネルがあって、手前に小さい看板が立っていた。ここは戦時中に軍の施設として使われていたそうで、その時のトンネルが残っているそうだ。

 三十三間長屋は、三十三間の長さの建物だ。やはり靴を脱いで上がり、端から端まで歩いてみた。2階建てなので、中の階段も上ってみた。薄暗かった。やはり子供が何人かいた。中に面白い物があるわけでもなく、外から見るだけでもいいような気も、しなくもない。

 三十三間長屋を出て、次は一番大きい建物へ。ここだけは入場料がかかる。「菱櫓(ひしやぐら)・五十間長屋・橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)・橋爪門」と書いてある入場券を買って中へ。入場料は320円だった。横に長い建物で、つまりは五十間の長さがあり、その両端に櫓があるわけで、ひたすら長く歩いた。櫓部分には階段があり、2階に上れたが、そこの窓からの景色がとても綺麗だった。例の芝生が目の前に広がり、遠くには山の稜線が青く見え、今日の天気のせいで積雲がもくもくと連なり、雄大さを添えている。反対側の窓からは、工事中の様子が見え、一面に白い幕が掛けられている。何か新しい物が出来るのだろうか。窓から入り込んだ風がよく通り、心地よかった。見晴らしが良いというのは風通しも良いという事だな。

 建物を出て、チケット売り場の横のベンチに腰を下ろした。ちょっと疲れた。たまに雨がざっと降り、時々日が差す。まさに晴雨兼用傘が大活躍の日である。風も強い。さて、どこを通って次へ行こうか。

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