第5話 ひがし茶屋街(主計町茶屋街)

 スマートフォンの地図を見ながら歩く。川沿いをこっちへ曲がるのかな、と思って左へ曲がる。雨がけっこう降っている。おぉ、古い町並みが見えた!きっとここがひがし茶屋街だ!どこからか三味線の音が聞こえてくる。思いっきり風情があるではないか。

 川沿いの道は車も通れる幅だが、一本中に入ると車の通れない狭い路地で、赤や茶の壁の木造の家が所狭しと並ぶ。時々石の階段なども出てきて、これ、確かガイドブックで見かけたな、とほくそ笑む。静かだ。まるで江戸時代か明治時代にでもタイムスリップしたような、もしくは、映画の中に入り込んだような雰囲気。夏目漱石や川端康成の小説が思い浮かぶ。

 それにしても静か過ぎる。いくら雨だからと言っても、こんなに観光客が少ないというのは変だ。それに、ひがし茶屋街にはカフェとか土産物屋がたくさんあるはずなのに、どこまで行ってもそういった物がない。

 おかしいぞ。間違えているのか?

 地図をじーっと見る。傘を差しながら。すると、何やら分かってきた。そうか、多分ここではない。ここはひがし茶屋街ではない。あっちだ!って、全然違う方向を指さす自分。危ない所だった。このまま次の場所へ行ってしまうところだった。もう少しで「仁和寺のある法師」になるところだった。「徒然草」に出てくる、間抜けな法師ね。いや、間抜けだなどと、人のことは言えない。ただ、私は気づいたからセーフ。

 ということで、ひがし茶屋街へ向かう。近づくにつれ、若い観光客が大勢いて、浴衣を着たカップルなんかも多い。通りも広い。けれども、古い家が建ち並び、赤や茶の壁が並ぶのは先ほどの古い町並みと同様だ。

 それにしても、家族連れやカップルの多い事。ここで一人のおばちゃんが歩いているのは場違いだろうか。いやいや、そんな事は気にする必要はない。少なくとも、誰も私に注目してはいない。

 一人で歩いていると、「ふ」という文字を発見した。ポスターが店先に貼ってあり、麩のお菓子の写真がとても美味しそうだ。これは買いだな。

 狭い店内に入る。女性客が2~3人いる。種類はそう多くないが、麩のお菓子やら麩で具を包んであるお吸い物などが売っている。鞠(まり)や花をかたどった色とりどりの麩も。

 麩は石川県の名産物だ。麩のお菓子は、コロコロと小さい麩がカラメルがけになっているもの。外がカリっとして中がふわふわだとか。これはもちろん買うとして、あとはお吸い物などに入れる紫色の花の麩も購入した。お吸い物だけでなく、サラダにも、と書いてあった。こういうのがサラダに入っていたら、絶対に可愛い。というか、麩は水で戻せば加熱せずに食べられるのか、と改めて発見。あまりそういう食べ方はした事がなかった。それから、ハート型のお吸い物も購入する事にした。ハローキティの顔の形の物もあったが、そちらはお値段が少々高い。お吸い物は両親へのプレゼントにしようと思い、両親はハローキティを特に喜ばないのでハート型で十分だ。二人にあげるので二つ。それから、妹の家には女の子がいるから、鞠の麩をあげようと思って一袋購入した。

 購入した商品は、新たにエコバッグを出して入れてもらった。お菓子は箱入りだったからいいのだが、特にハート型のお吸い物は紙袋に入っているだけなので潰れそうだ。これは十分に気を付けないといけない。買ってから気づいてしまった。慎重に運ばねば。

 早速荷物を増やしてしまったが、エコバッグ二つをまとめて右肩に掛け、ぐるりと茶屋街を巡る。映えるパフェなどの看板が見え隠れするが、まだ何かを食べる気にはなれないので、素通りする。それでも、何かを買えた直後というのは気分が良い。足取りも軽く、バス停へ向かった。

 因みに、最初にひがし茶屋街だと思ってしまったところは、「主計町(かずえまち)茶屋街」というところだった。後で金沢出身の人が教えてくれた。なるほど、確かにガイドブックにも載っている。私が行くつもりがなかっただけで、ちゃんと観光地なのだ。ただ、観光客用のお店がないので、それほど人がいなかったのだろう。人があまりいない為に、より風情を感じられる。穴場である。

 そういえば、前に行った飛騨高山の「古い町並み」もそうだし、今回のひがし茶屋街もそうなのだが、現代人がゾロゾロ歩いているのでどうも風情がない。せっかく昔の雰囲気満載な場所なのに、その実感が沸かない。人がいない方が、観光のしがいがある。が、私自身も観光客であり、ゾロゾロのうちの一人なのだ。つまり、贅沢は言っていられない。それでも、多くの人が土産物屋や飲食店を目指すのであれば、自分はそれ以外の場所にも行ってみようとするのも、いいだろう。

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