第4話 泉鏡花記念館
海鮮丼を食べ終えると、ちょうど12時だった。こんなに早くお昼が終わるとは思わなかった。30分くらい並ぶ覚悟をしていたというのに。お一人様は時間がかからない、かもしれない。
さて、次は「泉鏡花記念館」へ行こう。これでも物書きの端くれなので、有名な小説家のゆかりの地となれば、行くしかあるまい。
私はどちらかと言うと方向音痴だが、地図は読めない方ではない。昔は家で地図を見て出かけ、現地では記憶の地図に従って目的地へ行くことが出来た。ところが、今はGPSの時代である。スマートフォンで自分の現在地を見ながら移動できるわけで、昔よりも断然楽になったはずなのだが、そこに方向音痴が災いするのである。どうしても反対方向へ行きがちなのだ。
近江町市場から泉鏡花記念館までは、地図で見ると歩いて行かれそうだった。だが、何せ雨だし、せっかくバスのフリー切符があるのだから、バスで行こうと思った。
バス停はいくつもあり、どこから乗ればいいのかが問題である。そこまでは事前には調べられなかった。バス停へ行って、路線図や行き先の表示を見るしかない。
アーケードの目の前、自分が降りたバス停に行ってみると、私が乗りたいバスの名前が、曲がりくねった矢印とともに「あちら」と書いてある。あちら?どちら?ウロウロして、やはり傘が必要のようで、傘を差して矢印の差す方へ行ってみる。すると、どうやら道路を渡った向こう側のようだ。
金沢は大きい街だ。車が行き交い、大きな建物も多い。道路の道幅もけっこう広いし、人もたくさん歩いている。東京の都心と比べるのではなく、一般的な都市と比べて、である。
バスが来たので乗り込む。私は今回、迷った挙げ句、傘は晴雨兼用傘一本に絞ってきた。今日は雨でも明日や明後日は晴れるかもしれない。両方持ってくると荷物になるから。しかし、晴雨兼用と言ってもやはり日傘。濡れてよれよれだ。で、バスに乗ったり建物内に入ったりする度に濡れた傘の扱いに困るだろうと想定し、ビニール製の巾着袋を持って来た。傘を適当に畳んだらそこにボサッと入れ、巾着ごとエコバッグに入れてしまえば邪魔ではない。このビニール製の巾着袋は、以前泊まったホテルで、タオルとアメニティが入っていた袋だ。こういう物をご丁寧に取っておく所が、昭和生まれ……なのかどうか知らないが、ちゃんと役に立っているのである。
バスは数分で目的のバス停に着いた。やはりすぐだったか。降りる人は他にいない。さて、どっちに行けばいいのやら。
ウロウロして、住宅街のような所でやっと見つけた「泉鏡花記念館」。開館しているのか不安になるほど静まりかえっている。スマートフォンの地図ではいつも、入り口が分からずにぐるりと建物の周りを回されてしまう。だいたい逆に歩いてしまうので、ほぼ一周してしまうのだ。これは方向音痴とは関係あるまい?勘が外れるというのか、運が悪いというのか。
入り口を見つけて入って行くと、中庭があった。昔の家、という雰囲気の木造2階建て。軒先には朝顔の蔓が下から伸びる。その離れに入り口があった。入って行くと受付があり、入館料は310円だと言う。支払おうとすると、
「他にもこういった場所へ行くならば、1デイパスポートや3デイパスポートなんかもありますよ。そうすると、すごくお得に回れますけど、どうしますか?」
と、受付の女性に言われた。こういった場所というのは、金沢に点在する、他の文筆家の記念館だ。受付の台にパンフレットのような物が広げてあり、文筆家の記念館の名前がいくつも書かれていた。受付の女性はそれを指し示して言ったのだ。私は、ここの他には室生犀星記念館に行くつもりだが、その他の所には行くつもりがなかった。
「あ、大丈夫です。」
と、断った。だが、
「そうですか。あと、バスのフリー乗車券があると、割引になりますよ。」
と言われて、
「あ、それはあります!」
と、必死に言ってフリー乗車券を取り出した。たった50円の割引だったが、嬉しくなってしまうのは、主婦の性(さが)か。それで、260円をペイペイで支払った。
さて、泉鏡花といえば「高野聖」が有名だが、読んだことは多分ない。そして、他の作品については全然知らない。ここが空いているのも無理は無い。おっと失礼。だが、作家の名前だけは有名だ。そして、この日にやっていた企画展は「鏡花と衛生」。泉鏡花は「潔癖症」と「偏食」で知られるそうだが、幼少期からそうだったと誤解されているらしい。しかし、彼が潔癖症になったのは赤痢に罹患してからで、三十歳前後からだとか。生ものを嫌い、煮沸や消毒に勤しんでいた泉鏡花。そんな様子が写真と共に時系列に展示してあった。なかなか面白い。今のコロナ禍とも比較されている。確かに、コロナに感染してから神経質になり、ちょくちょくアルコール消毒をするようになった、という人も多いのではないか。
展示室の隣にミニシアターがあって、座れるので入ってみた。狭い空間だが、そこに座っているのは私一人のみ。「化鳥」という短編のアニメーションが上映されていた。でも、台詞もナレーションもなく、ちょっと意味が分からず……。
さあ、全て見終わったので次は「ひがし茶屋街」へ行こうじゃないか。ここからはすぐのはずだ。
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