第10話:アイリーン
「……新しい彼女?」
アイリーンは寂しそうな表情で〝ドライバー〟に話しかける。
「困ったことに、親代わりさ」
〝ドライバー〟は肩をすくめて少しガッカリした様に答えた。
「親代わり? どういうこと?」
「バウンティハンターになったのか……アイリーン、誰に雇われている?」
〝ドライバー〟は質問に質問で返す。
「ナイラグル・ニイガタ州の知事よ。『闇米の流通を阻止しろ』って依頼されているの」
「見逃す気はないか?」
「逃げ出さないのには感心するわ……あの青っちょろい州知事の依頼なんて、ついでよ」
そう言った瞬間、アイリーンの周りの空気が帯電する。周囲に稲妻が走り、シャンデリアの電球が吹き飛んだ。
「あたしの目的は……」
イカヅチタイガーの犬歯をむき出しにした、凶暴な表情をしたアイリーンが吠える。
「あなたを〝人生の墓場〟に連れて行くことよ!」
「ア、アイリーン! そ、それマジで言っているのか?」
その姿に惚れ惚れしながらも、〝ドライバー〟はアイリーンのセリフに驚いていた。しかも明らかに動揺しているのが見て取れる。
「マジもマジ、大マジよ! 黙ってついてくるなら、痛い目には合わないわよ!」
「いま、〝人生の墓場〟に入るわけにはいかない……ここは行かせてもらうぞ」
〝ドライバー〟はそう言って、ルガーのグリップをむき出しにする。
「やめてください!」
思わず〝ソーサラー〟が声を上げて、二人の間に割って入る。
「確かに、〝ドライバー〟はカッコつけで皮肉屋で、人の裏をかいて、女の子を泣かすヒドイ人です。でも〝墓場〟に連れて行くほどヒドイ人ではないと思います!」
「おいおい〝ソーサラー〟、それはないだろう!」
「あらあら、青臭いお嬢ちゃん……アンタがこの人の何を知っているって言うの?」
「聞いています……〝ドライバー〟が昔、半人半獣の神〝ケンタウロス〟だったって……それも戦争の神……第一次ヌルドジーレイド・ホッカイドー独立戦争やサンソス・ニッポン海(日本海)海戦で縦横無尽に暴れまわって、多くの地球の人やマギテラの人たちを傷つけてきた……」
そこまで言って、〝ソーサラー〟は思わず言葉を濁したが、周囲の客たちが息を呑んで思わず後ずさる気配が感じ取れる。だが、アイリーンは勝ち誇ったように、高らかに笑い出した。
「キャハハハハハハ!」
「何がおかしいんですか! オバサン!」
「オ、オバサン? オバサンですってぇ!」
「あ、ごめんなさい」
「小娘がつまらないこと言っているわねぇ。そんな事、この人を知っている連中だったら誰だって知っているわよ」
「え? それじゃあ?」
「あたしが言っているのは、もっと個人的なことよ。いい? こいつはあたしと付き合っている時だって、他の女とデートするわ、寝室に別の女が殴り込みに来るわの最低野郎よ。それでも『愛してる』って言ってくれるなら、あたしは良かった。でもこいつは突然あたしの前から姿を消した……何の理由もなく、一言もなく、あたしを捨てたのよ。しばらくは泣いて過ごしたわ……そして決めたの、こいつはあたしが絶対捕まえてやるって!」
空中の稲妻が意志を持ったように形を変え、球電が形成される。アイリーンがそれを投げるような手ぶりをすると、球電は真っすぐ〝ドライバー〟に向かって飛んで行く。
〝ドライバー〟はルガーを引き抜くと、球電に向けて発砲した。弾丸に込められた破魔の力で、球電は霧散する。
「おとなしく〝人生の墓場〟に入れ!」
アイリーンが叫ぶと、空中に再び放電が走り五つの球電が形成された。そして再び〝ドライバー〟に向かって飛来するが、今度はまるで生きているかのようにカーブやシュート回転をしながら向かって行く。
アイリーンは勝利を確信した様に『ニヤリ』と笑う。だがその笑みは、すぐに凍てついたような驚愕の表情に変わった。
〝ドライバー〟は飛んでくる五つの球電をアクロバットな体術で躱し、ルガーから発射される弾丸で、すべて撃ち落とした。マガジンキャッチ(弾倉を保持するパーツ)を押して残弾の少ない弾倉を抜き出し、フルに装弾された弾倉に交換すると、挑むように再びアイリーンを見上げる。
アイリーンは初めポカーンとした顔で〝ドライバー〟の絶技に感心していたが、すぐに我を取り戻す。
「さ、流石ね。あなたがその気なら、私も本気を出さざるを得ないわ」
アイリーンは『フーッ』とケダモノのように唸り、毛を逆立てて挑みかかる様に両手を持ち上げる。その瞬間、空中に再び五つの球電が浮かんだと思いきや、その横にさらに五つの球電が浮かぶ。いま、アイリーンの上には十個の球電が浮かんでいた。
「まいったね、こりゃ……」
ルガーの弾倉には8発の弾が入る。銃身の後ろ、薬室という発射準備に入った弾を含めても9発だ。つまり、全ての球電に対して一発しか使わなかったとしても、一つの球電は消し去ることが出来ない。〝ドライバー〟は苦笑いを浮かべた。
「どう? 諦めてあたしについてくるなら、これ以上は止めておいてあげるわ」
「アイリーン」
〝ドライバー〟は戸惑った様な表情をアイリーンに向ける。
「なによ?」
「相変わらずきれいなボディラインだな」
突然の言葉に一瞬アイリーンはひるむが、すぐに我に戻った。
「褒め殺しにでもするつもり?」
〝ドライバー〟は戸惑った表情を浮かべ、少しためらったように、おずおずと切り出す。
「君がその体のラインがハッキリ見えるようなスーツを着ている、ってことは……」
「な、なによ!」
〝ドライバー〟の切り出し方に不安を覚え、アイリーンはたじろぐ。
「下着も体のラインを崩さないものを付けているんだろうな」
「当ったり前じゃない!」
それを聞いて、〝ドライバー〟はニヤリと笑った。
「いつものヒモパンかい?」
「?!」
その言葉を聞いて、アイリーンはたじろいだ。
「? 〝ヒモパン〟てなんですか? ズズーッ」
「〝ソーサラー〟、まだ食べてたのかよ? ヒモパンっていうのはな、ああいうボディコンスーツを着る時に欠かせない下着の事だ。腰に引っかかる部分が極細の紐になっていてなぁ、下着のラインが見えないようになっているのだ!」
「……エロおやぢ」
蔑むような〝ソーサラー〟の呟きにもめげず、〝ドライバー〟は続ける。
「そして、下着のラインが出ないように肌に触れる部分すらも、最小になっている……その意味が解るかな、〝ソーサラー〟?」
「エロおやぢの考える事なんか、解りたくありません」
「そのビジュアルたるや、かなりきわどいものだ、ということだ……そしてそれが今、あの高みに存在している!」
〝ドライバー〟が指差した瞬間、店の中のすべての人物の視線が、アイリーンのある一点に集中する。
アイリーンはその視線の持つ意味を感じ、「きゃあ!」と可愛らしい悲鳴を上げて、思わずスカートの前と後ろを押さえた。だが、それがいけなかった。アイリーンのしぐさにつられて、十個の球電すべてがアイリーンの足元の床に殺到する。
バリバリバリバリバリバリ!
十個分のエネルギーが店の床にほとばしり、店を揺らした。
「うあっちっちっち!」
抜け目のない〝ドライバー〟は、球電が床に着弾した瞬間、大きくジャンプし電撃を回避していたが、多くの客は迸る電流に感電し痺れていた。一方〝ソーサラー〟はといえば迸る電撃の中でも一向にひるむ気配すらなく、「おおー」と間抜けな声を上げて、平気でソバをズルズルと啜っている。店の揺れはもちろん、シャンデリアの揺れにつながった。
「あ」
バランスを崩したアイリーンは、真っ逆さまに自分が床に開けた大穴に落ちてゆく。
「きゃあああああ!」
〝ドライバー〟はアイリーンの隙を見逃さない。
「〝ソーサラー〟、今のうちだ! ずらかるぞ!」
「わかりました! すいません、器はあとで洗って返しに来ます!」
店のほとんどの客が感電している中、〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟は出口に向かって走り出す。
「ポ、ポイズン!」
落ちた大穴の底でもがくアイリーンの呼びかけに応え、アイリーンと同じコートを着た小柄な人物が入り口の前に立ちふさがる。
『仲間が居たか……』
〝ドライバー〟は顔を曇らせると、ルガーを握り直す。
立ちふさがった人物はコートを脱ぎ捨てた。体の後ろ半分に長い触角とトゲを生やした、半虫半人の少女の姿が現れる。
「ごめんなさい!」
少女は、突然大声で謝りながら両手を前に突き出し、手の甲に付いたトゲの根元から粘性の強い糸を射出する。〝ドライバー〟は素早く、飛んでくる糸を避けた。糸を浴びた客が糸に包まれ、身動きが取れなくなるのが見える。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
少女は息つく間もなく謝り続けながら、次々と糸を射出し続ける。〝ドライバー〟は不規則に飛んでくる糸を、イスやテーブルを利用したアクロバティックな動きで見事に避けていく。
『す、すっごーい! ……あれ?』
〝ドライバー〟の動きに感動していた少女だったが、視線を〝ソーサラー〟に向けた瞬間、そこで起こっている出来事に衝撃を受けた。
糸が消えていく……〝ソーサラー〟に向けて放たれた糸は、〝ソーサラー〟に当たるか当たらないかのタイミングで突然消えてしまう。〝ソーサラー〟はただ、ソバを食べながら小走りに走っているに過ぎないというのに。あり得ない現象を目撃して、少女はパニックに陥った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
絶叫を上げて謝りながら、糸を〝ソーサラー〟に向けて射出する。しかし、やはり糸は〝ソーサラー〟に届くことなく消え失せて、〝ソーサラー〟は何事もないように小走りに近付いてくる。
『なに、これ? やだ、怖い!』
本能的な恐怖に駆られた少女の前に、〝ソーサラー〟が立った。
「ズズーッ」
湯気の立つそばつゆを啜りながら見下ろす〝ソーサラー〟を、怯えた目で見つめた少女は最後の手段に出た。
「ごめんなさい! お通りください!」
恐怖に負けた少女は、〝ソーサラー〟に素直に道を譲る。そのあまりに潔い負けっ
ぷりに、〝ドライバー〟もアイリーンもズッコケるしかない。
「ありがとねー」
素朴な返事を返し、〝ソーサラー〟は少女の横を通ると、後ろを振り返る。
「〝ドライバー〟、早く早く!」
その声にハッと我を取り戻した少女だったが、その時はすでに遅く、〝ドライバー〟は大きなストライドで少女の頭上を越えていた。
「あああああ!」
「悪いね、お嬢ちゃん」
〝ドライバー〟の子供のようなイタズラっぽい笑顔に、少女は刹那、心奪われる。
その時、ようやくアイリーンは自分が掘った墓穴から這い出てきた。
「ポイズン! 何やってるの? 早く追いかけなさい!」
「……あ、はい!」
少女は急いで二人を追った。
〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟は外に停めてあったGTRに飛び乗る。素早くアクセルを四分の一踏み込みキーを回すと、エンジンに火の入ったGTRは『ガロロロロン!』と咆哮を上げる。カチッと回転式のスイッチを回し、ヘッドライトを点けたGTRの前に、見上げるような大岩が照らし出される。
「なんだ、これは?」
〝ドライバー〟が驚くのと同時に、岩が動いた。
「行かさへんで」
岩はゆっくりとした動きで両腕を上げ、GTRのフロントをガッシリ掴んだ。岩に見えたのは岩のような肌を持った大きな女だったのだ。
「マジか!」
〝ドライバー〟は噴かそうとしたアクセルから、足を離す。
「? 〝ドライバー〟?」
「女の子を傷つけるわけにはいかないさ」
そう言って〝ドライバー〟は運転席を降りる。〝ソーサラー〟もそれに続いた。
「相変わらず、女の子に甘いわね」
店の中からポイズンを従えて、アイリーンが出てきた。
「え? ホンマに? ウチが女の子?」
GTRを押さえていた岩のような人物は頬を赤らめる。
「そうよ、この人は女の子にはホント甘いの……でも騙されちゃダメ、誰にでも甘いんだからね!」
「〝ドライバー〟、本当に女ったらしなんですね」
〝ソーサラー〟が蔑むような顔をしてなじるが、〝ドライバー〟は苦笑いで返す。
「おいおい、そこは褒めるとこだろう?」
「でも、それイイことだと思います!」
ポイズンが声高に言う。
「あたしが攻撃しても、この人はあたしに銃を向けませんでした……こんな人、初めてです!」
「〝人〟じゃなくて、〝神〟なんだけどね」
そう言ってアイリーンはドライバーに近付いた。
「トランクを開けてちょうだい、ブツを拝ませてもらうわ」
「ああ、どうぞ。ご自由に」
〝ドライバー〟は素直にシート横のラッチを引いて、トランクを開けた。
「? 素直ね?」
トランクの中には手提げトランクの形をしたミミックが収まっている。
「なるほど……ミミックを使って、魔術で物理保護を掛けているのね。開けてちょうだい」
「……〝ソーサラー〟」
「はいはい、開けゴマー」
〝ソーサラー〟がやる気のない調子で呪文を唱えると、トランクのバンドが自分勝手にするすると解かれ、フタが開かれた。
中を覗き込んだアイリーンはしばらくは唖然とした顔をしていたが、やがてワナワナと震えたあと、怒りに任せてトランクを『バタン!』と閉じる。
「おいおい、大事なオレの〝半身〟だぜ。もうちょっと丁寧に……」
「これは一体どういうコト!」
怒り心頭のアイリーンは、〝ドライバー〟の言葉を遮って声を張り上げた。
「どういう事って言われても……なあ?」
「そうですよねぇ、困っちゃいますよねぇ?」
「ふざけないでよ! 50トンの米はどこにあるの!?」
「ふざけてなんかいないさ、アイリーン。そんなもの、俺は知らないよ」
「あたしだって知りません」
〝ソーサラー〟が威張って胸を張る。
「俺たちはドライブがてら、ソバ喰いに来ただけさ」
「や、やってくれたわね……」
「え、え? それどういうことですか? アイリーンさん?」
ポイズンが不安げな顔でアイリーンに尋ねた。
「この男、自分を囮にしたのよ。いかにも運んでるふりをして裏道使って走りまくって、のんびりソバ喰ってあたしたちの注意を引いておいて、米は誰か別の〝ロードランナー〟に運ばせたのよ!」
〝ドライバー〟は自慢げな笑いを浮かべて、怒り心頭のアイリーンを見ている。
「もういまごろ、米はエスサァリイ・トウキョウに着いているはず……まんまとやってくれたわね、〝バロンズ〟!」
「なにを言われているのか、サッパリ解らないよ……その名前で呼ばれたのは、久しぶりだな、アイリーン」
アイリーンは怒りにワナワナと震えたまま、立ち尽くしている。
「じゃあ、もう行っていいかな? ソバも堪能したことだし、遅いから帰らないと……」
〝ドライバー〟はそう言ってアイリーンに背を向けるが、その〝ドライバー〟の襟首を大きなストライドで近寄ったアイリーンがガシッと掴んだ。
「待ちなさい」
「アイリーン、しつこい女は嫌われるぞ」
「うわ、なに! その上から目線!」
俯いたアイリーンは、〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟のやり取りなど聞いていないようで、そのままの姿勢で怒りに震えている。
アイリーンの震えは、魔力に反応して『ゴゴゴゴゴゴゴ』と地鳴りと化していた。
「ア、 アイリーン?」
「……あなたが今回の件に一枚噛んでいるのは間違いないはずよね……」
「だから闇米なんて知らないって!」
「……言ったはずよ、州知事の依頼なんてついでだって……」
「ああ、そう言っていたケド……え? え?」
「今は、あたしの目的を優先させてもらうわ。あんたを〝人生の墓場〟に連れて行くのが先よ」
「ええーっ!」
「あんたの仲間に、あんたを人質にしたことを伝えて、あんたの仲間に米を返してもらえば依頼は完了だわ」
「俺を開放しなかったら、米は戻らないじゃないか!?」
「あんたの仲間を皆殺しにして、米を取り戻せばいいだけの話よ」
「ア、 アイリーン……」
後ろを振り返ったドライバーが見たものは、妄執に捉われ、常軌を逸した表情で〝ドライバー〟に愛用のベイビー・ルガーを突きつけているアイリーンだった。
「ヒイッ!」
〝ドライバー〟は思わず悲鳴を漏らす。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。〝ドライバー〟が居なかったら、あたし困るんですケド?」
アイリーンは〝ソーサラー〟の方に顔を向ける。
「安心なさい、この人が居なくても困らないようにしてあげるから!」
そう言ってアイリーンは〝ソーサラー〟に銃口を向けると、ためらいもなく発砲した。
「〝ソーサラー〟! アイリーン、なんてことをするんだ!」
声を張り上げた〝ドライバー〟の方を見やって、アイリーンはこともなげに言う。
「なによ? あんな小娘のことが心配なら、連れて歩かなきゃ良いじゃない?」
「違う! 心配なのはアイリーン、お前たちの方だ!」
あまりに真剣な〝ドライバー〟の反応を見て、アイリーンは再び〝ソーサラー〟の方を向いた。アイリーンの弾丸を受けて、ソバの器は粉々になっている……しかし、〝ソーサラー〟には何のダメージも無いようである。
『エ?』アイリーンが不思議に思っていると、〝ソーサラー〟がつぶやいた。
「あたしのタベモノ……」
アイリーン達やドライブインに居た客たちが見守る中、〝ソーサラー〟の体から黒いガス状のモノがたち昇ると、徐々に〝ソーサラー〟の体を包んでゆく。
「岩子! そいつを倒して!」
「やめろ! 今の芽里に近付くんじゃない!」
「芽里?」
アイリーンの疑問の言葉が終わらないうちに、岩子の腕が〝ソーサラー〟を捉えようとする。しかしその手が〝ソーサラー〟に届く前に、逆に〝ソーサラー〟の右手が岩子の腕を捉えた。
「ぎゃああああああ!」
岩子は掴まれた瞬間、めったなことで傷付くはずもない鎧のような皮膚が食い破られる痛みを感じ、悲鳴を上げる。
そんな岩子を、〝ソーサラー〟はそのまま頭上に持ち上げる。
「な、なんや、これ?」
「こ、小娘がぁぁぁ!」
悲鳴を上げて、アイリーンは〝ソーサラー〟に向けてルガーを連射する。しかし弾丸は体に届く前に消え失せてしまう。
「なにこれ? どういうこと?」
〝ソーサラー〟は狼狽するアイリーンに向けて、ピンポン玉を投げるような軽さで岩子を投げつけた。しかもそのスピードはプロ野球選手の剛速球以上のスピードに達している。
「きゃあああああ!」
超重量級の岩子の体重を時速300キロで投げつけられ、アイリーンと岩子はドライブインの正面の壁を破壊して、反対側の壁に叩きつけられた。
「アイリーン!」
〝ドライバー〟は声を張り上げてアイリーンの心配をするが、異様な雰囲気を感
じ、再び〝ソーサラー〟の方を見る。〝ソーサラー〟は黒いガスを身に纏いながら、ポイズンに近付いていた。
「あ、あ、あ、あ、あ」
〝ソーサラー〟の異様な雰囲気におびえたポイズンは思わず後ろを向いて走り出そうとするが何かに足を取られて転んでしまう。怪訝に思って足元を見ると、なんと自分が発射する糸と全く同じようなものが足に絡みついているではないか!
「な、なに? これぇ!」
足に絡みついた糸を必死にはがそうとするが、〝ソーサラー〟の周りを包む黒い霧からさらに糸が発射され、手も動かせなくなってしまう。
『このコは吸収したモノを、自分で使うことが出来るの?』
ポイズンは怯えた目で、近付いてくる〝ソーサラー〟を見つめた。
「マズイモノヲ、クワセルナ」
さっきまでの若々しい高音の〝ソーサラー〟の声とは違い、低音のただの音のような声が聞こえる。
「オマエハ、ウマイノカ?」
ポイズンを、〝ソーサラー〟の意志のない目が見つめている。ポイズンは恐怖のあまりその視線を見つめるしかなかった。
黒いガスを纏った〝ソーサラー〟の手がポイズンの顔に近付いてきた。あの手に触れられたら、自分が放った糸のように消える。いや、『喰われて』しまうに違いない。ポイズンは恐怖のあまり目を閉じた。
だが〝ソーサラー〟の手がポイズンに届く前に、〝ドライバー〟がポイズンを抱きかかえるようにして〝ソーサラー〟の手から逃れた。
「お。おじさん!?」
ポイズンの体は、毒を持った無数のトゲに覆われている。そんな自分を抱きしめてくれるなど、ポイズンには信じられなかった。〝ドライバー〟はポイズンから離れると、感情を無くした様な〝ソーサラー〟の前に立ちふさがった。〝ドライバー〟の体は、ポイズンの毒針で血まみれだ。
「ジャマスルナ……」
再び感情の無い声で〝ソーサラー〟が呟くが、〝ドライバー〟は遠慮もためらいもなく、平手で〝ソーサラー〟の頬を張った。皮一枚〝喰われた〟手の平にはさらに血がにじむ。
「……あ、あれ?〝ドライバー〟?」
その瞬間、〝ソーサラー〟は元の自分に戻ったようで、きょとんとした目で〝ドライバー〟を見ている。
『ガコン』
突然、GTRが動き出した。誰も運転していないのに勝手にクラッチが降り、ギアが1速に入ると、「ガロロロロン」とエンジン音を轟かせて、GTRは〝ソーサラー〟の後ろに停車する。
「え?」
〝ソーサラー〟が戸惑っていると、〝ドライバー〟は運転席のドアを開けて〝ソーサラー〟をGTRに押し込んだ。
「〝ドライバー〟?」
「芽里、お前先に帰っていろ」
キュキュキュキュキュ!
〝ドライバー〟がそう言うと、運転手もいないのに、GTRは〝ソーサラー〟を乗せて急発進した。
「ド、〝ドライバー〟……マスターああああああああ!」
小さくなっていくGTRを見送ってニヤリと笑った〝ドライバー〟は、ガクッと膝を付いて倒れる。ポイズンの毒が回ってしまったのだ。
「おじさん! おじさん!」
ポイズンは涙を流してドライバーにすがりつく。ドライブインの中からフラフラとようやく出てきたアイリーンが目にしたのは、遠ざかるGTRの丸いテールランプと、倒れた〝ドライバー〟にすがりつくポイズンだった。
「きゃあああああ!」
ポイズンの悲鳴にハッとして、倒れた〝ドライバー〟に駆け寄ったアイリーンは驚きのあまり顔をこわばらせた。
「これ……だれ?」
アイリーンが戸惑ったのも無理はない。そこに倒れていたのは見知った〝ドライバー〟ではなくもっと年配の人物だった。
ポイズンの前に倒れているのは、コーヒーショップ・ワインディングロードのマスターだったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます