第7話:Escape
「ほう機401・ジェミニより各移動! 〝ロードランナー〟は国道18号線を逸れ、国道46号線方面へ逃走中! 各検問において十分注意されたし!」
街灯の明りもまばらな、田んぼが一面拡がる田舎道を〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟が乗ったGTRと、警官の服の上に黒いとんがり帽子とマントを羽織った、魔女とおぼしき人物がまたがった真っ白な箒が土煙をあげて、カッ飛んで行く。
魔女のまたがった箒には長時間の運用に対応してサドルが乗せられ、サドルの後部には魔法力で回転する赤色灯とサイレン、箒の柄の前部には同じく魔法力で作動するライトとウィンカー(方向指示器)、後部にはブレーキランプと同じく方向指示器が取り付けてある。
背中には〝ロードランナー〟たちにはヤケ酒のタネでしかない違反切符の入ったケースを背負っていた。赤色灯は魔女の怒りをあらわすかのように激しく回転し、ほとんど人気のない田舎道でも迷惑なくらいにサイレン音を辺りに響かせている。サドルの下にぶら下がったスピーカーから、魔法力で拡大された音声が響き渡った。
「前方の車、停車しなさい! 停まりなさい!」
◇
「〝ドライバー〟、今日はゆっくりするんじゃなかったんですか!?」
〝ソーサラー〟の怒気をはらんだ叫び声を聞きながら、赤色灯をバックミラーで確認した〝ドライバー〟はため息をつく。
「ハア……ほう機隊まで出てくるなんて、ツイてないよなぁ」
「〝白ほうき機動隊〟ってヤツですか、なんで魔女が警官に?」
「この世界じゃ、魔法力の低い魔女たちは箒に乗っても〝マギテラ〟に居た頃みたいに高い空は飛べない。だけど、そこそこ魔法力が有れば自動車に匹敵するスピードを出すことは出来る。そういう魔女たちは警察官になって、オレたち〝ロードランナー〟を取り締まる側に居るのさ」
「どうします? また魔法で障害物でも作っちゃいます?」
「やめとけ、警察のアンチマジックは強力だからな。中途半端な魔法で障害物作っても解除されちまうし、お前が本気で魔法使うとケガさせちまう」
「じゃあ、どうするんですか?」
提案を拒否された〝ソーサラー〟は頬を膨らませ、むくれながら言う。
「フレをやれ」
「エエッ? イレじゃなくてフレですか?」
「そうだ。イレはとっておけ」
「はーい」
〝ソーサラー〟は助手席のウィンドウを下げて上半身を乗り出し、コンコンコンとGTRのボディを軽く叩く。
「スカハコ、フレをやるよ。準備して」
「ワカリマシタ、アネサン」
GTRのトランクの中から、ミミックの返事が聞こえる。
◇
『な、なんてドラテク!?』
ジェミニは追いすがりながらも、そのドライビングテクニックに感心せざるを得ない。
『街灯の無い夜道を、ほとんどスピードを落とさずに、なおかつこちらを撒こうと頻繁にコースを変える……こんなドライビングの旨い〝ロードランナー〟は初めてです! だが、こちらも職務がある以上、逃すわけにはいきません!』
決意を新たにしたほう機401の横合いからもう一本の箒が現れた。ショートヘアを白バイ警官用のヘルメットに押し込んだ、ボーイッシュな魔女が白バイ警官の制服を着ている。
「本部、こちらほう機403・ピアッツァ、401と合流しました! ジェミニ、応援に来たよ!」
「ありがと、ピアッツァ! わたしが何とか奴の前に出て停めるから、ピアッツァはヤツが後ろに逃げないように固めて!」
「了解!」
そう言って視線をGTRに戻したジェミニの耳に、〝ソーサラー〟の声が聞こえる。
「オープン!」
ジェミニとピアッツァの目の前でGTRのトランクが開き、ミミックの姿が露わになる。
「「え?」」
二人が怪訝に思う間もなく、ミミックのフタの形をした口が開く。
「ピアッツァ、物理攻撃来るよ! 気を付けて!」
「了解!」
「〝フレ〟!」
身構えるジェミニとピアッツァの耳に、再び〝ソーサラー〟の声が響く。同時にミミックの中から、色とりどり・大小さまざまの風船が飛び出してきた。ジェミニには、その様子がパチンコという遊戯機械の大当たりの様子に見えた。
「な、何だ? これ?」
ピアッツァの声にわれを取り戻したジェミニは、必死のライディングテクニックで跳ね飛んでくるボールを避ける。
「うあああああ!」
ピアッツァが避けきれず、ボールにぶつかったのだ。ボールはぶつかって破裂すると、まるでゴムの様に体と箒に張り付き、ピアッツァの動きを止める。
「ひえええええ!」
動きを止めたピアッツァにさらにボールがぶつかって引っ付き、ピアッツァは大きなゴム毬のようになってボヨンボヨンと転がる。
「ピアッツァ!」
ジェミニは思わず振り返ったが、それがいけなかった。ひときわ大きいボールがジェミニの前をふさいだ。
「あ」
『グシャン』というゼリーが弾けるような音がして、ジェミニは盛大にボールに突っ込み、そのままボールに包み込まれるようにして地面に転がり落ちる。巨大なゴムボールとなって転がったジェミニとピアッツァを尻目に、GTRは夜の道を去っていく。
「お、覚えておきなさい! いつかきっと捕まえてやります!」
地面に転がったジェミニの叫びが、夜道に木霊した。
◇
ミミックがフタの形の口を閉じるとGTRは静かにトランクを閉じる。視線を前方に戻した〝ソーサラー〟は、驚いて声を上げた。
「検問です!」
約300メートル先に、オーガが指揮する検問が見える。
「ライデン、頼む!」
「オーケー」
「〝ソーサラー〟、コレだ!」
「了解です!」
前方では鎧竜をバリケード代わりに配置し、火竜と様々な銃器を構えた警官隊が待ち構えていた。警部補の階級章を付け水牛のような巨大な角を持つオーガ、アンドレ・ザ・ビッグホーンが、怒鳴り声をあげている。
「いいか、〝ドライバー〟はどうなってもいい! 〝ソーサラー〟ちゃんだけは無事に保護するんだ!」
「アンドレ隊長、そりゃあ無理ですよ」
「やかましい! いいかテメエら、ここでなんとしても食い止めろ!」
アンドレ隊長のテンションに付き合いきれない、部下のささやきが聞こえる。
「停めるのだって難しい、ってのに……」
「隊長、〝ソーサラー〟ちゃんの大ファンだもんな」
「聞こえてるぞ、お前ら」
「「ヒイイイイイ!」」
「無駄口たたいてないで、用意しろ! 発砲準備!」
警官たちと火竜がやれやれと準備する間に、GTRのフロントグリルからバッテリーケースを透過したライデンの小さな手が現れる。
「なんだ?」
疑問に思った瞬間、GTR前面のライデンの腕から、強力な雷撃が二本ほとばしった。
「「「「「あげげげげげ!」」 」」」
地面を走り、検問へと一直線に伸びて行った雷撃は、検問の警官隊と竜たち全てをシビれさせる。大の字に突っ伏した隊長の目に、猛スピードで近付くGTRの姿が見えた。
『まさか、体当たりで突破しようってのか?』
あのスピードでぶつかられれば、こちらもただでは済まない。負傷者が何人も出てしまう恐れがある。隊長は電撃で痺れた身を起こそうとするが、膝立ちするのがやっとだった。
「隊長!」
「隊長ぉぉぉぉぉ!」
両手を交差させ、盾になるべく身を投げ出した隊長に向かってGTRは低いエキゾーストを『ブオオオオオ』と響かせながら突っ込んでくる。衝突の衝撃を覚悟して、隊長は思わず顔を伏せた。だが、衝突音は響くことは無く、思わず顔を上げた隊長の目に入ったのは、甲高いメカノイズを響かせながら頭上を越える黒い影だった。
『あれは……何だ?』
黒い影は複雑に組み上がった部品の塊に見え、それがGTRのシャーシーと呼ばれる車体の底だと気が付いたのは、一瞬あとだった。『バウン』という音を立てて着地したGTRを、隊長は茫然と眺めていたが、あることに気が付いて前方に目を凝らす。
「どういう事だ? あの車は、何をジャンプ台にして俺たちを飛び越えて行ったんだ?」
◇
「なんだよ、余裕じゃないか」
ニコニコ顔の〝ソーサラー〟を、ニヤけた〝ドライバー〟が褒める。
「距離を稼がなくていいなら、楽勝ですよ」
二人を乗せたGTRの四つの赤いテールランプが、夜の闇に消えて行った。
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