第6話:HIGHWAY STAR

「この〝ウスウストノス・カンエツエクスプレス〟は走り易いですね!」


 7月のある金曜日の夕方、GTRはかつて高速道路と呼ばれていた道を、ひたすら西北西に向かって走っている。いつもと違い、運転しているのは〝ドライバー〟ではなく〝ソーサラー〟だった。


 〝ソーサラー〟はいつものゴスロリ風ワンピースを着ているものの、靴だけはパンプスではなくドライビングシューズに履き替えていた。テンガロンハットを被った〝ドライバー〟は洒落たウェスタンシャツにインディアンアクセサリーの付いたロープタイを締め、ジーンズにショートブーツと少しリラックスした様子で助手席に納まっていた。


 運転免許を取得してから、アウターリングのはずれで何度か練習してはいたものの本格的な道路デビューは今回が初めてとあって、にこやかながらも〝ソーサラー〟の顔はかなりの緊張もあって幾分固まっている。


「……〝関越自動車道路〟って呼ばれてたんだけどな……」

「なんですか? 〝カンエツ〟って?」


 何度も行き来している道路だが、いざ自分が走ると興味が増すらしい。〝ソーサラー〟が車の事で聞き返してくるなど珍しいことだ。


「昔は東京……エスサァリイ・トウキョウを中心に、周囲六県を含めて〝関東〟って呼ばれていたんだ。でもってさらに昔、ナイラグル・ニイガタ州は〝越後〟って呼ばれていたのさ。それで……」

「ああ、それで頭の文字を取って〝カンエツ〟ですか」

「そうさ」

「でも本当に走り易いです! フラットだし、真っすぐだし」

「その分退屈だ。景色は代わり映えしないし、目に入るのは殆ど空だけだしな」

「だって、〝サンソス・センテラルエクスプレス〟みたいに、くねくねした山道を走るのってメンドクサイじゃないですか!」

「〝中央高速〟か」

「そりゃ、〝ドライバー〟ぐらい運転が上手ければ楽しいでしょうけれど……」

「違いない、悪かった」


 ふくれっ面を見せる〝ソーサラー〟に、〝ドライバー〟は優しく微笑む。


「ところで〝ドライバー〟、自動車って始動させるのはみんな難しいんですか?」

「?」

「ほら、アクセルを四分の一開けて、同時にキーを回さなきゃいけないとか面倒くさくありません? まるで魔法の儀式ですよ」

「……ああ……マギテラと合体する前の地球にあった車は、電子制御で始動させていたからそんな必要はなかったけれど、この車が出来たころには電子制御なんてものはなかったから、人間が機械に合わせなきゃならなかったんだ」

「そうだったんですか、大変ですねぇ」

「何言ってるんだよ、魔法だって世界の理(ことわり)に同調し、介入して発動させるだろ? それと何も変わらないさ」

「……私は、本当の魔法使いじゃないですけどね……」


 そうつぶやく〝ソーサラー〟の顔にはいつもの明るさは無く、陰りを帯びた少し恐ろしい顔をしていた。


「……そうだな……」


 〝ドライバー〟はそう言って外の景色を見るかのように、〝ソーサラー〟から視線を外す。


「……〝ドライバー〟、少しトバしていいですか?」

「……ああ、いいよ……」


 〝ソーサラー〟がグーッとアクセルを踏み込むと、


『ブボボボボボ!』


 重低音の利いた排気音をとどろかせ、GTRはスピードを上げた。


 ◇


 太陽が山なみに隠れ、周囲が夕闇に包まれていく中、GTRはナイラグル・ニイガタ州=旧名・新潟県の、ある豪邸にエンジン音を絞って闇に紛れるように入って行く。その豪邸の中にある蔵で〝ソーサラー〟と〝ドライバー〟は事前にディーゼル機関車で現地入りしていた〝コーディネーター〟と合流した。倉庫と言ってもいいくらいの、蔵というには大きすぎるその建物の中に50トンの米がどっさりと積み上がっている。


「どうでしたか、〝ソーサラー〟? 自分で運転してくる気分は?」

「サイコーですよ〝コーディネーター〟! 今度一緒にドライブしませんか!?」

「絶対、遠慮します!」


 〝コーディネーター〟はさも恐ろしい、といった表情で拒否する。


「まったく、よくこれだけ隠しておいたモンだ。これが売りにでも出たら、相場にも影響が出るだろうに」


 50トンの未精米のコメが入った麻袋の山を目の前にして〝ドライバー〟はつぶやく。


「本当ですよ! 私に預けて頂ければ、倍の値段にして差し上げるというのに……」


 そう呟いた瞬間、後ろから誰かが〝コーディネーター〟の頭を叩いた。


「いたっ!」

「カネ勘定ばっかりしてるんじゃないよ、〝コーディネーター〟」

「よお、お市ばあさん。元気かい?」


 〝コーディネーター〟の後ろには、もうとうに六十歳を超えただろう小柄な老婆が立っていた。腰は曲がっておらずしゃんとしている。着ている農作業用であろうつなぎには、泥や土がついたままで、誰もがこの薄汚れた老婆がこの豪邸の持ち主とは思わないだろう。しかし纏め上げられた髪で露わになった眼差しは、年齢を感じさせない鋭さを持っている。


「おかげさまでね。あんたも達者そうでなによりだ、〝ドライバー〟」

「いつも済まないな、こんな貴重なものを横流ししてくれて……」

「お天道様のおかげで、去年は豊作だったからね。種もみ用の分を引いてもまだ残ったから、取っておいたのさ。毎度、こんなにうまくはいかないよ」


 お市と呼ばれた老婆は鋭いまなざしを少し緩めて、嬉しそうに米の山を見上げる。


「〝ソーサラー〟、代金を」


 〝コーディネーター〟が言うと、〝ソーサラー〟はトランクを開けて、ミミックを露わにする。


「オープン!」


 ミミックが口を開けると、〝ソーサラー〟は指輪のはまった左手を持ち上げる。


「数字の神よ! その力を示し、この場に三千の枚数を積み上げよ! パウモニ!」


 〝ソーサラー〟が呪文を唱えると、ミミックの中にバラバラに放り込まれていた使い古しの一マギテラ万円が次々と飛び出し、百枚ずつの三十個の山に積み重なっていく。


 山が積み重なると、お市の後ろに居たコボルトたちが一人ずつそれぞれの山に取り付くと枚数を数え、問題ないものから『おけー』『オケー』と声を発してお市に渡していく。


「確かに。〝ソーサラー〟、この二人と違って、あんたは真面目だね」

「有難う御座います、お市おばあちゃん」

「〝ドライバー〟、たまには〝ソーサラー〟をねぎらってやりな。今回は時間もあるだろ?」


 そう言われて、〝ドライバー〟も感じ入る処があったようで、少し何かを考えるような素振りを見せた。


「そうだね、少し寄り道でもさせてもらうよ」

「〝ドライバー〟、時間には気を付けてくださいよ!」


 〝コーディネーター〟が〝ドライバー〟を注意するが、お市婆さんが、持っていた杖で〝コーディネーター〟をビシビシ打つ。


「イタタタタタタタ!」

「ヤボちんが! 多少の遅れは大丈夫だろ、少しは〝ソーサラー〟をいたわってやんな! 金の亡者めが!」

「心配するな、〝コーディネーター〟。お市婆さん、今回はゆっくりさせてもらうさ」

「「?」」


 〝ドライバー〟の言葉に、お市婆さんと〝コーディネーター〟は怪訝そうな顔を向けた。

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