第4話:メフィストフェレスとのドライブ

 夜十一時五分前、〝ドライバー〟はアクアノス・コーホクにある教会に足を踏み入れた。


「来たか、〝ドライバー〟」


 十字架周りの燭台のロウソクが教会の中を照らす中、〝ドライバー〟が歩みを進めると、護衛の魔物を従えて十字架の前に傅いている人物が立ち上がる。


「マギテラで『魔王』と呼ばれる存在が、地球の神に祈るとはね」

「〝ドライバー〟、信仰は大事だ。『信じる者は救われる』のだから」


 昼間〝ワインディングロード〟に居た時のセーラー服姿のまま、ミストラルは笑顔でそう言い放つ。その口調は尊大で、有無を言わさぬ雰囲気がある。


「ご苦労である、〝ドライバー〟。〝コーディネーター〟から耳よりの情報が入った」


 〝ドライバー〟は一番前の席から〝コーディネーター〟が、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見つめているのに気付いた。


「古米か」

「そうだ。もみ殻の付いた古米が、五十トン放出される。それを〝コーディネーター〟が買い付けた」

「五十トン! 随分と太っ腹な奴がいたもんだ」

「例の御老人だ」

「お市婆さんか? あんたもいいパイプを持ったもんだ。ナイラグル・ニイガタ州の知事が知ったら、あの青っちょろい顔を真っ赤にして怒るだろうな」

「私腹を肥やすことしか考えていないような奴の顔色など、気にするものか。そんな奴に高い税金を払うのが嫌だと思う者が出てくるのは当然だ」

「…………」

「金曜日に出て、土曜日の朝にはこちらに持ってきてもらいたい」

「〝ミッドナイト・エクスプレス〟か」

「時間制限はない、楽な仕事であろう?」

「……新聞で見たぞ。エスサァリイ・エドエド川に浮かんだ死体は、前回の賭けの客だったな」

「〝遊び〟を勝ち負けだけでしか理解できず、検問を増やす愚か者など死んで当然だ」

「……簡単に人を殺すなよ。『汝の隣人を愛せよ』とイエス様は言っているぜ」

「『因果応報』と仏様は言っておる。人の行いに応じて天は報いるものだ」

「よくご存じで」

「話は終わりじゃ、ご苦労であった。〝ドライバー〟は残れ。少しやってもらいたいことがある」

「では、私はこれで」


 〝コーディネーター〟は丁寧にミストラルにお辞儀をすると、教会を出て行った。


 外には迎えの古いリムジンが待っており、〝コーディネーター〟は運転手が開けたドアから後部座席に乗り込んだ。運転手は運転席に戻ると、車を発車させる。


「段取りは上手くついたので? カネ……」

「この姿の時に、その名前で呼ぶな。誰が聞いているか判らないだろ?」

「……失礼しました。それでも、あのミストラル様を欺いていらっしゃるのでしょう?」

「バカ言うな、相手も承知の上かもしれないんだ。それなら、こっちもちゃんと合わせなきゃいけない……その辺を理解しろ」

「わかりました」


 〝コーディネーター〟を乗せたリムジンは、夜の闇に消えていった。


  ◇


「あ……イい……そこ、良いわ……」


 教会の中、ミストラルの色っぽい声が響く。

 手下の魔物たちは戦々恐々だ。何しろ自分たちが触れることなどけっして叶わないミストラルの体を、〝ドライバー〟が触れるどころか揉みしだいているのだ。


「そこ……もう少し強く……ああ……良いわ……もっと強く揉んで!」


 〝ドライバー〟は肩甲骨の下のくぼみに親指を強く当て、ツボをぐりぐりと揉みしだく。


「ああ……そこ、効く! 効くわぁ!」

「おいおい、こんなこと、手下にやらせればいいだろう?」

「あら? 聞きましてよ? 地球のおぢさんは、女の子の肩をもむのが好きだと?」

「いや、それ、そういう意味じゃないから……」

「これでも、この体を維持するのに気を使ってましてよ? 少し気を抜いてしまいますと、融合を果たしたこの世界の半分が血で血を洗う魔の世界になってしまいますから……」

「願い下げだ。ただでさえ民族解放や地域紛争、食料をめぐる紛争が絶えないからな」

「何でもかんでも、わたくしのせいにしないでくださいね。人々の〝業〟まで責任は負えませんわ」

「……それでも善行を積んでいこうという、あんたの行いには粋に通じるものがあるがね」

「あら、有難う御座います〝ドライバー〟。お釈迦様にイエス・キリスト様、弥勒菩薩様も元はただの人でしたが、行いによって神に近い座を得ました。ならばわたくしもいつかその域に達することが出来ると、確信しておりますから」

「かなり多くの人が、あんたの行いに感謝している。その反面あんたの謀のせいで、それ以上の人々が死んでいるからな。簡単にはいかないさ」


 ミストラルはセーラー服の襟を直しながら、頬を膨らます。


「〝ドライバー〟は他の人が言いにくいことを、遠慮なくズバッと言いますわね」


 そう言った瞬間、魔力が膨れ上がった。教会の半分がどす黒い魔力の炎に覆われる。手下の魔物たちが慌てひれ伏すが、〝ドライバー〟は一向に気にする様子もなく、平然と立っている。それを見て、ミストラルは気が削がれたのか魔力を収めた。


「今度、わたくしもドライブに連れて行ってくださいな。それで許して差し上げます」

「『メフィストフェレスとドライブ』かい? それもまた一興だな」


 出て行こうとする〝ドライバー〟の後姿に、ミストラルが声を掛ける。


「ほんと、どれだけ善行を積めば、過去の罪を超えられるのでしょうね」

「……それはオレも知りたいよ」


 〝ドライバー〟はそう言って教会を後にした。


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