第3話 洞窟を探索しよう

 気を取り戻したオレは、滑らないよう壁に手をつきながら、氷の道を進んでいく。肩にはクロウが乗り、分かれ道になると、ひと鳴きしてどっちへ行けばいいか教えてくれる。そして後ろからは、シルドラがついてきていた。


「なぁ、シルドラは探すのが面倒くさいんだろ? さっきの広間で待っていてもよかったんだぜ?」

「お前さんといると面白いからな。見ているだけだ」


 首だけ回して振り返ると、シルドラはオレを見つめながら目を細めている。


「それに、お前さんになにかあった時は、後始末しないといけないだろう?」

「後始末? よくわかんないけど、よろしく頼むぜ」

「あぁ。死んだ肉は嫌いだから、生きているうちにガブリといかせてもらうよ」


 肩に乗るクロウが「キューン……」と体を震わせて、オレの頬を突いてくる。

 しばらく進むと、また分かれ道にたどり着いた。オレは立ち止まり、どっちへ行くかクロウに訊こうとした時、なにかの声が耳に入る。


「なぁ、なにか聞こえないか?」


 耳を澄ませて聞いてみる。右側の道の先から、すすり泣く声が聞こえる。


「だれかが泣いているみたいだぜ?」

「あぁ、その声なら住処に入った時から聞こえていたよ。お前さん、耳が遠いなぁ」

「えっ? そうだったのか!?」


 話しながら、右の道を進んでみる。するとすぐに突き当たりになった。

 突き当たりの隅に、一人の女の子が膝を抱えてうずくまっていた。短い黒髪をしていて、年はオレと同じくらいみたいだけど、手足はほっそりしている。服はボロ切れでできていて、ところどころ破れている。

 その子の身体は半分透けていて、向こう側が見えていた。


「キューンッ!?」


 クロウが怖がるように、オレのフードの中へと身を隠した。


「なんだ、死霊か。これならお前さんでも、たやすく追い出せるだろう?」


 シルドラが言うとおり、目の前にいるのは、死霊――幽霊だ。


「ちょっと待ってくれ。泣いているみたいだから、話を聞いてみてもいいか?」


 すすり泣く声は、女の子から聞こえてくる。

 オレは前へ歩み出し、その子のそばへ近づいた。片膝をつき、視線を合わせて、話し掛ける。


「なぁ、どうしたんだ? なんで泣いてるんだ?」


 女の子が顔をあげる。涙で濡れた黒い瞳にオレを映し、戸惑うように目をまばたかせる。


「あたしが……見えるの……」

「あぁ、見えるぜ。声も聞こえる。どうしたんだ、こんなところで?」


 女の子はびっくりしているようで、数秒ポカンと固まっていた。それから、思い出したように、ぽつぽつと話し始める。


「あたし……きれいなものを……見たいの……」

「きれいなもの?」


 女の子が、こくりと首を振る。


「あたし……ずっと……暗くて狭い場所にいた。ずっと……怖い思いを……してた。だから……、一度だけ……一度だけでいいから……きれいなものが……見たい」


 そう言ってうつむくと、頬にまた一筋、涙が流れる。


「ずっと……さまよってた。それで……ここにたどり着いて……。迷って……出られなくなって……」

「そうだったのか……」


 オレは呟いて、無意識に片手を女の子の頭に置いた。触っている感触はない。けれどもそっと、女の子の黒髪を撫でてあげる。

 女の子は、また視線をあげ、きょとんと首を傾げる。

 オレは笑みを浮かべ、立ち上がって、振り返った。


「なぁ、シルドラ!」

「なんだい? 俺がその死霊を喰えばいいのかい?」

「そうじゃなくて。この子の夢を叶えてやりたいんだ。シルドラなら、できるだろ?」


 シルドラは目を細めて、オレを見つめている。楽しそうにあごに指を添えて、考える仕草をする。


「そうだなぁ。お前さんの片腕をくれたら、やってもいいが。どうだい?」

「う~ん、あとで紅茶をごちそうするから、それでもいいか?」


 シルドラは細めた瞳でオレを見つめながら、長い尾をくるりと回した。


「クッキーもつけるぜ?」

「…………」

「アイスケーキもつける!」

「……何味だい?」

「メロンクリームソーダ味!」

「パチパチするのも入れてくれよ?」


 そう言って、シルドラは首を縦に振り、嬉しそうに尾をくねらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る