第2話 銀竜の困り事
どれくらい飛んでいただろうか。
だしぬけに、オレはペッと口の中から吐き出された。
「うわぁっ!?」
宙に飛ばされ、柔らかい地面に身体を打ち付ける。
「いてて。クロウ、大丈夫か?」
「キューン……」
オレは起き上がり、ずっとフードの中に入っていたクロウに声を掛けた。クロウは顔を出して、ぐったりとオレの肩にくちばしを預けて鳴く。
「……って」
そういえば、地面に落ちた時、あまり痛みを感じなかった。オレは今さら、周りの状況に目を向ける。立っているのは、白い雪の上。辺り一面、真っ白な雪に覆われていた。
「さ、さむーっ!?」
吹き付ける風が、冷たく身体を刺していく。サンタクロースのマントと帽子を身につけてはいるけど、上着は半袖だ。自分の身体を抱いて、身を縮こまらせる。
肩に乗ってきたクロウも、ブルブルと震えながらオレの顔に寄り添った。
「相変わらず旨そうな生肉をしているなぁ。もう少しで喉まで通すところだったよ」
声が聞こえ、そちらへ振り返る。そこにはオレよりも年上に見える、背の高い青年が一人立っていた。
「お前さんと話すのなら、この姿のほうがいいだろう」
腰に届く長い銀髪を、襟足でひとつに結んでいる。頭の上には二本の角、背にはコウモリのような翼が生え、長い尾が足の後ろからのぞく。まるで王子様のような白くきらびやかな衣服を身にまとい、寒さをものともせずに歩み寄ってくる。
「人でなしのくせに、この程度の寒さにも耐えられないのかい?」
人の姿となったシルドラは、オレの目の前に来て、アクアマリンの瞳を細める。
「シシシ、シルドラは、さ、寒くないのか? こ、ここはどこなんだ?」
オレは自分の身体をさすりながら声をあげた。
「ここは俺の住処がある雪山だ。こんなところで話すのもなんだから、まずは住処まで行こうか」
「そそそ、そうしてくれ。さ、寒くて、ここ、凍えそうだぜ……」
シルドラが振り返って歩き出し、オレも震えながらその後をついていく。
少し歩くと、雪山の中にぽっかりと空いた洞窟が見えてきた。オレたちはその中へと入る。暗い岩場の道を、シルドラはひょいひょいと跳び移りながら進み、オレは転ばないよう四つん這いになりながら、なんとかついていく。
しばらく進むと、光が差し込む場所が見えてきた。
「わぁ、すごいな……」
たどり着いたのは、氷の広間。
床も壁も、辺り一面、氷に覆われている。天井からは、無数のつららが生えていて、床まで届いて柱となっているものもある。洞窟の中だからか、外よりは寒さを感じない。それに、周囲の氷が光を帯びて反射しあって、外のように明るい。
「シルドラは、ここに住んでいるのか?」
「ここは部屋のひとつだ。住処には、まだたくさんの部屋がある」
辺りを見ると、確かにいくつかの道がまだある。
オレはひと通り見回したあと、シルドラに向き直り、本題を切り出した。
「それで、シルドラの困り事って、なんだ?」
尋ねると、シルドラは尾をくねらせ、困ったように銀色の髪を掻いた。
「実は、近頃この住処に、侵入者が住み着いているんだ」
「侵入者?」
前髪を掻いていた手を後ろへと持っていき、襟足をつかんで後ろ髪をさらりと払う。銀色の髪が流れるように揺れて、氷の粒子がキラキラと舞った。
シルドラは手を降ろし、改めてオレを見つめる。
「お前さん、その侵入者を見つけて、ここから追い出してくれないかい?」
「でも、それくらい、シルドラなら自分でできるだろ?」
「探すのが面倒くさい」
「そっか。なら仕方ないな」
なぜかオレの肩に乗るクロウが、「キュンッ!?」と声をあげて頬を突いてくる。
オレはさっそく、侵入者を探すべく、辺りに注意を向けた。ワザワイから感じられる禍々しい気は今のところ感じられない。
肩に乗るクロウに目を移し、その背中を撫でて訊く。
「クロウ、なにか感じるか?」
オレよりも、クロウのほうが、こういった類いのものは敏感だ。
クロウはなぜか不服そうに「キューン……」と鳴いていたが、辺りを見回して、ひとつの道にくちばしを向けてひと鳴きした。
「あっちが怪しいんだな。よし、行ってみようぜ!」
そう言って、走り出す。けれども途中で、ツルッと足が滑った。
「うわぁあああーーーっ!?」
床が氷なのをすっかり忘れていた。
オレはそのまま尻をしたたかに打ち付けて、勢いとまらず広間を滑っていき、柱に顔をぶつけた。
星を回しながら倒れるオレの視界の隅で、シルドラは腹を抱えて爆笑していた。
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