97.それはまるで稲妻のような
買い物を済ませた俺達は、約束通りの時間にエリュニエルの家の隣人宅へ向かっていた。彼女の名はファスニエルといって、エリュニエルの叔母にあたるそうだ。叔母とはいえ、年は一つしか違わないので叔母ではなく姉のようなモノなのだとか。
「まぁ、"フォスレア"のお茶とお菓子ね。これ大好きなの!」
"お茶とお菓子の店フォスレア"で買ったお土産は大変喜ばれた。お土産用のお茶とお菓子は色々あったんだが一番良いものを買っておいて良かったようだ。
席について、お茶とお菓子が運ばれてくる。ファスニエルが席につくと、早速話題を切り出した。
「実は、世界樹の庭師について調べているんです。エリュニエル、さんが最後の庭師と聞いて訪ねたんですが…」
「あぁ、なるほどねぇ」
お茶をコクリと飲んだファスニエルが、遠い目をした。
「あの子は…とにかく怠惰な子でね。"怠惰の天使"なんて呼ばれていたほどよ」
「怠惰の天使…」
「えぇ。とにかく日がな一日寝ているような子だったのだけど、ある日突然「庭師になる!」って言い出したの」
ファスニエルが言うには、それまで怠惰を貫いていたエリュニエルが何故か庭師の仕事に興味を持ち、やがて庭師見習いとして世界樹の庭師のもとで働くようになったそうだ。
「それからしばらくして、エリュニエルが世界樹の庭師として正式に働くことになったのだけど―」
その頃から、少しずつ様子がおかしくなっていった。初めは怠惰な性格がまた出だしたのかと思っていたが本を抱えては思い詰めたような顔をするようになったのだ。
「思い当たるフシは何かあるのですか?」
「そうね…」
ファスニエルはおもむろに立ち上がると、数歩下がって両手を広げた。すると―
「なっ…」
背中から現れたのは、美しい天使の羽根…ではなく、何かに毟られたかのような痛々しい翼だった。
「
「こよくびょう?」
「天族だけが罹る病で、羽根が枯れてこのようになるのです」
「治療は…」
そう聞くと、二人とも目を伏せて首を横に振った。
oh…重い話は苦手なんだよなぁ。
「ごめんなさいね、こんな話をしてしまって」
「いや…すいません、気の利いたこと言えなくて」
「優しい子だね、気にしないで。さ、お茶が冷めないうちに飲んでおくれ!」
翼をサッと仕舞ったファスニエルが明るい声でお茶をカップに注ぐ。甘い花の香が部屋に広がって重苦しかった空気を和らげてくれた。
「私の羽根が抜け落ちるようになったのはエリュニエルが庭師を目指すようになる少し前の事だったわ。たまたま彼の前で羽根が抜け落ちた事があってね…あの時の慌てようは…ふふっ、今でも思い出せるくらいよ」
ファスニエルはその時の事を思い出したのか、楽しそうに笑う。
「あの子が世界樹の庭師になったと聞いた時は皆が喜んだわ。怠惰なあの子が!ってね。でも、それも長くは続かなかったわ。その頃には私の翼は半分が枯れ落ちていて飛ぶことも出来なかったのだけど…」
天空の島に雲がかかる日はそう多くない。天空に浮かぶ島だからね、大抵の雲は島の下だ。そんな天空の島に雷雲がかかった事があった。激しい雷雨だったから、住民は家に籠もっていた。
雷雲が近いから外に出たら雷に打たれる可能性も高いのだが、何故かエリュニエルがやってきた。何時もなら霧すら厭う彼が珍しいものだと思ったが、酷く思い詰めた顔をした彼はファスニエルに木箱を渡してすぐに帰ってしまった。追いかけようとしたが、轟く雷鳴に足を止めてしまい、彼の背中を見送ることしかできなかった。
「その日のうちにエリュニエルは姿を消したわ」
それ以来、エリュニエルの消息はわからない。もらった木箱は特別な封印がされているらしく、誰も開けることが出来なかった。微かにハイエルフの魔力を感じる…と島一番の魔道士が言っていたので、もしかしたらハイエルフ由来の品なのかもしれない。
「ネステルの手記…」
ナサニエルがそっと呟いた。奇遇だな、俺もその名前を思い出していたところだ。
「もしかしたら、あなた達が探しているものがコレなのかもしれないわね…お渡ししても良いのだけど、その代わりに、私の願いを一つ叶えてくれないかしら?」
そう言って、ファスニエルはニッコリと微笑んだのだった。
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