12.仕方がないのでお手紙書いた
開発陣まで巻き込んでの会議は、結局進展のないまま終わった。
聞けば、俺のデータ自体がロックされていてプロデューサーの権限を使っても解除できないようだった。つまり、ログアウト出来ないってコト。
「そんなワケで、ログアウト出来なくなった」
「マジッスかー…」
拠点に戻るとカゲがログインしていた。どうやら、中々現れない俺を心配して待っていたらしい。律儀なやつだ。
そして、現在の状況を伝えた。中身の俺を知ってるのは彼だけだしね。会社や実家との連絡もしてもらわなくちゃいけないかもしれないし。
「まぁ、本体の方が無事ならきっと何とかなるッス。時々様子を見に行くから安心して欲しいッス」
「そうだな。念の為の合鍵がこんな事で役立つとは思わなかったよ…」
あれは数年前の事だ。仲の良かった同僚が突然亡くなった。原因は脳卒中。無断欠勤で連絡も取れないのを不審に思った俺が、彼の自宅へ行って発見した。彼は一人暮らしで、合鍵を持つ人も居ない。管理会社に連絡して大家に連絡してようやく扉を開けてもらった時には手遅れだった。あと少し、後数時間早ければ…と激しく後悔した。
そこで、俺は「独身一人暮らしの者は、信頼できる人もしくは会社に合鍵を預けるようにして欲しい。彼のように手遅れにならないように」と後輩に話すようにしていた。
あの時の後悔を、他の人間に味わって欲しくはなかったから。幸い俺の思いに賛同してくれる人は多く、俺もまたカゲという信頼できる後輩に出会えて鍵を預けることにしたのだ。
会社側も似たような事例が有ることを鑑みて、社員寮の計画を進めており間もなく完成するところだ。そして、社員の健康管理にも力を入れてくれている。理解のある会社で本当に良かったと思う。
そんな実績があるから、会社の事はカゲに任せても大丈夫だと思えた。問題は…実家だ。
俺は三兄弟の長男で、実家は古くから豆腐屋を営んでいる。親父はすでに隠居の身で、店は次男が継いでいる。最近はカフェを併設して豆腐や大豆を使った低カロリースイーツを提供する店と評判らしい。
ちなみに、三男は地元の大学で教授をしている。彼は勉強が好きだったし、本の虫だったからな。生徒からの評判もよく、まさに天職だと本人は話していた。幼い頃から料理が好きだった次男は中学の頃には家を継ぐ気満々で、おかげで俺は自由に仕事をさせてもらっている。
そんな家族に、余計な心配はかけたくはなかった。しかし、この状態がいつまで続くかわからない以上ちゃんと連絡を取らねばとも思う。とりあえず、「もしも」の為に手紙を書くことにした。何も遺さず旅立てば、残された者たちは深く悲しむだろう。そして、その悲しみを経験しているのだ。その悲しみが少しでも和らぐように。そう願って手紙を書いた。
手紙はそのまま拠点の引出しにしまっておいた。今すぐ人の手に渡すには少々恥ずかしかったからだ。一応、カゲには存在だけ知らせておいた。彼なら盗み読む事はないだろうし手紙を渡してくれる筈だ。
とはいえ、緊急の連絡が無いとも限らない。なので、カゲに頼んで弟達だけに現況を伝えてもらった。両親へはまだ伏せておくようにとも。
会社への報告もカゲに任せてしまう。申し訳ないとは思うが、今の段階で頼れるのは彼だけだ。改めて礼を言うと「問題ないッスよ〜」と、いつもの調子で言った。
ログアウト出来たら、何か美味いモノでも奢ろうか。二人旅も楽しそうだな。前にそんな話もしていたが、世界的な疫病の流行で計画が頓挫していたのを思い出した。
思えば、本当に周りの人間に恵まれていると思う。…女性関係以外はな!
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