第二章 北の国の章:前編6

 昼間は暑くても、夕暮れになると寒かった。グロリアはショールをかき寄せる。もう季節は秋になっていて、この東トゥルンザーベルクはハザラントより寒くなるのが早い。晴れた日の夕方は遠くの山がくっきりとした影を作り、ベンチに座って見ていると、収穫の季節を迎えた畑で、人々が暗くなるまで働く姿が、それぞれ長い影を引いていた。マーセントリウスは立って腕を組んだまま、グロリアを見下ろす。

「……そういうわけだ」

 マーセントリウスは言う。別に、本人には何の含みも無かったのだが、彼女からしてみれば勝ち誇ったような顔をしているように見えた。

「これで決心がついたか。あいつは他の女と結婚するんだからな」

 グロリアは彼の方を見ない。窓の外の景色を見つめたまま、唇をかみ締めている。

「おまえが過去に許嫁だったことがある、という理由だ。あいつがおまえに執着したのは。責任感だ。今度は新しい婚約者を、おまえの変わりに大事にするんだろう。馬鹿正直で、無茶はしない。振り向かない女に執着せず、堅実に生きていくだろう。それが賢明なんだろうがな」

 わかっている。わかっているったら!

 グロリアはいらいらと足踏みをする。

 遠い外国から届いた知らせによると、サナフィーニ、西の城で知り合ったあのきれいな子がテルーの妻になるのだという。彼女はテルーと幼馴染で、とても気が合うようだったし、親戚でもあるから、これ以上の良縁は無いだろう。彼女はずっと彼のことが好きで、彼も彼女ならその気持ちに応えてもいいと思っていたと言っていた。グロリアよりもずっとふさわしい相手ではないか。これでいいではないか。

 グロリアは彼を愛していたわけではないし、彼がグロリアを忘れることを望んだし、何の問題も無いはずだった。

 それなのに。

 マーセントリウスがグロリアを手に入れようと、いろいろな工作をしているらしいのはわかっていた。もちろんテルーの結婚はマーセントリウスの手の及ぶところではなかったが、それさえも彼のせいのような気がしてしまう。実際はそんなことはありえなくて、東の王が決めたことなのだろう。皆に愛されるサナフィーニがテルーのお妃となるのに問題など有るはずがない。グロリアと違って……。

 グロリアは自分の精神の幼さを自覚しながら、すべてが受け入れられないでいる。マーセントリウスがこれにつけこんでこようとするのが悔しくて仕方なかった。だがグロリアが打撃を受けているのは事実で、どうなってしまうか自信がなかったし、どうなったっていいような気もしてきた。


 グロリアは立ち上がって、行くあてもなく走っていく。

 遠くへ行くな、と声をかけられたが無視した。走っていくうち、空はだんだん暗くなる。日が沈み、西の空には濃い青紫の空が太陽の方向へ引きずられていく。更に走ると、空は紺色の肌を現す。そして星がひとつふたつ輝く。

 グロリアはひとり取り残されてしまった気がした。過ぎてゆく日々の中、彼女だけがこの狭い館と敷地内に取り残され、そして終焉へと向かって落ちて行くしかないように感じた。テルーとサナ。彼らのような明るい未来も無く、夢も無い。世の中ではとっくに死んだと思われている王女。下手に動くと政権の中央にいる人々が困るから、一生閉じこめられたり、殺されたりする。幸せに暮らすなどという選択肢はもう残されていないのだ。いや、初めから無かったような気もするけれど……。

 幸せになれない。……いや、幸せなど初めから望んでいなかったのだが。テルーがほんのちょっと優しくしてくれたから、もしかしたらという儚い期待を抱いたことも有ったのかも知れないけれど。そんなこともう忘れた! 忘れてしまった。希望なんてはじめからどこにも無い。グロリアはグロリアで行かなければならない道が有るのだから。

 それは一体どんな? 考えてみるとわからない。初めから、テルーに頼ろうとしてしまったのが間違いだったのだ。テルーについて行けないと結論を出したのは自分だし、仮にまたテルーが戻ってきたとしても、グロリアはついていく意志などないのだ。それを忘れてはいけない!

 足をとられて、グロリアは転倒した。そのまま草の上に突っ伏し、動かなかった。多分頭上は今ごろ次々と星が光り出しているだろう。ちっぽけなグロリアの存在などそれらの目には映らない。暗い暗い地表で、グロリアには何もできやしない。何の力も無い。さて、このまま死んでしまおうか。ただ息の根を止める道具さえあれば。ここにあれば。


 いつまでそうしていただろう。気がつくとそこにマーセントリウスがいる。しばらく眠っていたのか、不思議なことに、夢の中で父親のことを思い出していた気がする。顔も憶えておらず、何の思い出も有るはずはなかったのに。

 それから雪の夜を思い出した。召使いに手を引かれて、王宮から出て行った。召使いは泣いていた。その時は彼女が何故泣いているのかわからなかったけれど。彼女はどうなったんだろう。何もかも忘れていた。いろんなことを忘れていた。でも、自分は間違いなくこの国の王女だったのだ。

 マーセントリウスがグロリアを抱きしめている。

「馬鹿だな、おまえも、私もだ」

 彼はそう言って、軽々と彼女を抱き上げた。彼女の細く小さな体に、王冠はあまりに重い。マーセントリウスを選んで、全部任せてしまえばいいのに、助けてと言わない。彼女は彼には愛を求めない。彼女は確かにマーセントリウスを選んだわけではないと、彼にもわかっている。

 グロリアの手足は氷のように冷たくなっていた。グロリアはじっとマーセントリウスを見る。彼女は彼の名を呼んだ。しかし返事は無い。もう一度呼ぶと、「話し掛けるな」と言われた。彼女は目を閉じた。



***

 グロリアはしばらく熱を出して寝込んでしまった。熱が引いても外に出る元気は無くなり、何をするでもなくぼんやりと過ごしている。

 するとまたトルタートが見舞いに来た。彼は、グロリアの体が弱りやすいのはいつも気持ちの問題なのではないかと言う。そうは言っても、彼女はどうしていいかわからない。気が弱っているのは確かだった。だからこう言われた時動揺した。

「あなたの抱えているものはあなたにとってあまりに重荷なのではないですか」

 それを聞いてグロリアはしばらく考えていた。

「私を選ぶことはあなたの選択肢にありませんか」

「どういうこと?」

「結婚して欲しい」

 唐突だった。驚いて、言葉が出ない。

「あなたがどこの誰か、私がわからないとでも思っていますか。それを知った上で言っているのです」

 彼は誠実そうな目をしていた。心が揺れた。知っているだと。彼女が王女で、メルセグランデの敵だとしても?

 だが、確かに彼女がトルタートと結婚してしまえば全てのごたごたが終わるような気もした。ゼドルズ公は許すだろうか。許すわけがない。グロリアの夫となる人物に王位継承権が発生するのだ。

 グロリアの扱いを巡って上で揉めている、とマーセントリウスが言っていた。王はこのことを知っているのだろうか。グロリアの父親は。王女の紋章付ペンダントをマーセントリウスに渡して、王女は死んだことにすればもういいのではないか? どうしてそう簡単にいかないのだろう。


「私はメルセグランデを捨てようと思う。あなたも身分を捨てて、一緒に外国へ行きませんか。無茶を言っていると思うかもしれないけれど。私は本気です。父も私を見限って勘当しようとしている。家督は妹に譲られるでしょう。文無しになるけれど。頼るあてはあります」

 何を言っているのか、とは言えなかった。彼が何か具体的に計画しているのはわかった。ただ、

「本当にあなたは家を捨てられるの?」

 そう聞かずにはいられない。彼の希望がそうなのだとしても、実際にそうする強い意志や行動力があるのか。いや、その前に彼の人生は……メルセグランデから逃れたいというただそれだけの動機で全て形作られているのではないか? 本当は、本当の本当には、メルセグランデにふさわしい人間でありたいのではないのか? それができないから苦しんでいるのではないか?

 思い違いなのだろうか。彼は黙ったままグロリアを見ている。暗い顔つきで、彼女を見ている。

「あなたに憧れていました。初めて見た時から。あなたは輝いていて、あなたの周りは明るかった。あなた自身が明るいから、夜道のカンテラのように、本人だけは、周りが真っ暗に見えるみたい。多分、暗い心を胸に秘めた人々は、あなたに癒されたいと思うのです。多分マーセントリウス様も」

「明るい? 私が?」

「ええ。明るいんです」

 彼は寂しそうに笑う。

「私があなたを愛しているのは本当です。そして、あなたの寂しさを知っている。あなたが優しく私を照らしてくれたから、私があなたを救ってさしあげたい。もう苦しまないでください。もういいんです。苦しまないで。私の妻になってください。グロリア様。……お泣きになってもいいんですよ」

 彼の腕が優しく彼女を包むので、グロリアはぽろぽろと涙を流した。だが首を横に振って拒絶する。そうしながら、グロリアはずっとそう言ってもらいたかったのだ。もう苦しまなくてもいいのだと。泣いてもいいのだと。ただそれだけを言ってもらいたかったのだ。実際にそれで彼女の苦しみが消えるはずがないとしても。

「それがあなたの答えだとしても、離しません。いつか私の方を向いてくれるまで待ちます。だからせめてもう少し、このままでいさせてください。……あと少しだけ」

 それから彼は出て行ったが、グロリアは新たに溢れる涙をぬぐうこともせず、じっと彼の出て行った扉を見ていた。


***

 グラゼリアが珍しくグロリアを尋ねて来て、兄からだと手紙を持ってくる。もう持ってこないでくれと頼んだが、彼女は次々と届けに来た。

「兄とどういう関係なのか知らないけど、駆け落ちするなら見逃してあげます。今のうちよ」

 意外に話のわかる女性なのか。グラゼリアは不機嫌そうではあるが、律儀に手紙を届けに来た。

 しかしグロリアはマーセントリウスに呼び出され、トルタートとの関係を問い質された。

「最近しょっちゅうおまえに会いに来たりして、行動が怪しいとわかっているんだ」

 彼は不機嫌だった。しかしグロリアもそんなことを言われるのはあまり嬉しくなかった。

「何を企んでいるんだ」

「別に」

「私から逃げられると思うな。これ以上逆らうなら考えがある」

「どうしようっていうのよ。どうせ暴力を使って脅すくらいしかできないんでしょう」

 グロリアがそう言うと、なんだと、と言って彼はテーブルを叩き怒り狂った。

「あなたは私のことなんて何とも思ってないんじゃない」

「そんなことは言ってない!」

「好きなの?」

「好きだ」

 意外な返事が返ってきて驚いた。

「……私がなかなか思い通りにならないから執着してるだけなのよ。手に入ったらすぐにどうでもよくなるわ」

 急に彼は沈黙した。怒鳴られると思ったので、不審に思って視線を向けると、彼はずいぶん長い時間黙っていたが、ようやく口を開いて、

「私はおまえにとって一体何なんだ」

 そう言われるとグロリアも何も言えなくなった。

 彼はグロリアを力ずくで手に入れたりはしなかった。そうできたはずなのに。嫌な人だと思っていたが、これで誠実でいようとしていたのかもしれない。だが自分が彼を愛する可能性など考えられなかったし、彼がグロリアを生涯大事にしてくれると考えたことはなかった。でも、それはグロリアの思い違いなのだとしたら? いや、まさかそんなことが。彼は大人だし、なんならテルーよりも年上だし、グロリアのことなんて子供だと思っているはずだ。恋愛対象の筈がない。

「私にはもうおまえしかいない。手放すわけにいかない」

「じゃあ、他に誰かいたらいいのね?」

 グラゼリアや、アローゼルフィルダがいるではないか。そう言い掛けて彼の目つきに口をつぐむ。

「駄目だ。おまえでなければ駄目だ」

 彼はそう言ってじっと見つめてきた。彼は燃えるような目をしていた。そしてグロリアの方へ歩み寄る。彼女は思わず後ずさったが、マーセントリウスは彼女の二の腕を掴んだ。動くな、と彼は言った。そして静かに彼女のくちに唇を押し付ける。すぐに顔をそむけてなにをするのと言ったが、その唇もまたふさがれた。彼女の体には彼の腕が絡みついてくる。動けなかった。逃れることもできず、何も考える余裕は無かった。彼はグロリアを抱きしめ、深くくちづけてきた。

 グロリアはやっとのことで彼を押しのけ、逃げようとしたが、すぐにまた腕を掴まれた。彼女は向こうを向き、顔を彼に見せないようにし、同時に彼の顔を見ないようにした。

 不思議なことに、以前のような嫌悪感を感じない。しかし、彼の感情の激しさを生で感じ、耐え切れないものがあった。彼女の心臓は激しく鼓動し、喉はからからに渇いていた。

「ローデルライン以外の男に触れられるのは嫌か」

 彼の声にはまたいつものような嘲笑が戻っていた。はっとして彼の方を見る。彼の目を見ると急に恐ろしくなった。

「私も、他の男におまえに触れさせるのは嫌だ」

 そのまま何がどうなったのか、寝台の上に組み伏されてしまい、胸元に手をかけるので、彼女は血の気が引く思いがした。彼は本気だと思った。 恐ろしくなって、彼女は思わずテルーの名を呼んだ。

 そのことに、彼女は自分でも驚いていた。マーセントリウスはぎくりとしたように手を止め、グロリアを見下ろしている。

 しばらく呆然と彼女を見ていたが、彼はようやく立ち上がり、熱が冷めたように、冷たい目でグロリアを見た。

「あの男は国へ帰ったじゃないか。他の女と婚約しただろう」

 グロリアが青くなるのを見て、彼は彼女を嘲笑った。

「勝手だな。女は。自分で振ったくせに、心変わりされるのが嫌なのか。おまえがトルタートを愛していないのに近づけるのも、同じなんだろう。おまえが愛していない男でも、自分を愛させなきゃ気が済まないんだ。そうやって男を弄んで、嘲笑ってるんだ。馬鹿にしやがって!」

 最後には怒鳴りつけるようにし、彼は強く床を踏み鳴らした。彼女は身がすくむ。

「俺はおまえを大事にしたし、十分すぎるほど待った。でも結局おまえがそういう女だとわかっただけだ。……すぐに出て行け! トルタートのところでも、どこへでも行ってしまえ! せいぜいその美しさでも振りかざして泣いて頼めば、誰だって受け入れてくれるだろう。早く出て行け!」

 グロリアは恐怖で凍りついた。しかしマーセントリウスの怒りが収まらないのはわかっていたので、後ずさって、部屋から逃げ出した。


 マーセントリウスはしばらく興奮して動けなかったが、のろのろと扉の方に寄り、しばらくしてから寝台に戻ってきた。自分が情けなかった。あんな若い女に手を出そうとした。以前のようにぶん殴られていたら冷静になれていたと思うのに。自分は馬鹿なままだが彼女は以前より賢くなっていた。マーセントリウスなど相手にせず一目散に逃げた。それが賢い。その時、彼女の髪留めを見つけた。

 それを拾うと、急いで扉を開けたが、もう彼女はいない。

 グロリアは出て行ってしまった。


***

 冷たい風が吹き抜ける。行くな、とマーセントリウスは言った。嵐のような強風が枯れ葉を巻き上げ、太い木の枝をも揺らした。彼の声はその音にかき消されるようで、グロリアの所まで届いているのかどうかわからない。彼女はこっちを見ている。口をひき結んで、恐い顔で彼を見ている。戻って来い。彼は何度も彼女を呼んだ。グロリアが手に入るのならば、彼女が傷ついても構わないとさえ思っていた。だが結局彼は彼女を傷付けることもできず、彼女を手に入れることもできなかった。何故なのかわからない。力ずくで手に入れることもできたのに、どうしてそうしなかったのか。どうして逃がしてしまったのか。憎い男を殺すつもりだったのに、グロリアの打ちひしがれた姿を見て、殺せなくなった。

 アンナリーズンはマーセントリウスが初めて心から愛した女だった。それなのに、彼女は彼を捨て、他の男と子供を作った。だがそれでも彼は彼女を愛して、自分の所に戻ってきた彼女を許した。それなのに……。信じていたのに、彼女は彼を愛してなどいなかったのだ。彼女は、父ゼドルズと仲違いし、権力を捨てようとするマーセントリウスに愛想を尽かし、また彼を裏切ろうとした。だから殺した。そう、彼女を殺したのは自分だと、彼は思っていた。かっとなって彼女を突き飛ばし、それが原因で彼女は流産し、そのまま死んでしまった。殺すつもりなどなかったのに!

 マーセントリウスに財産と権力がなければ彼女は彼のものにはならなかったのだと、初めからわかっていた。だが、それでも失いたくなかったのだ。彼は報いを受けなければならない。愛する者を自らの手で殺し、何も残らなかった。もう何も彼の元へは帰って来ず、グロリアも、失ってしまうのか。


 夢を見ていたのか、グロリアの幻影はもうどこにも無かった。窓の外は嵐らしく、酷い音を立てて風が鳴っている。ぎしぎしと家がきしみ、隙間風が吹き込んでいた。

 いつの間にかそこにアローゼルフィルダがいて、困ったように笑っていた。

「グロリアは私の親族に預けています。トルタートの所へ行こうとしたのを止めました。それはご安心を」

 マーセントリウスは、人にすべて知ったような顔をされて不機嫌になった。あんな女はもう知らないと言っているのに。

「でも、この館を出るのは彼女にとって危険なことです。早く迎えに来てください。どうなっても知りませんよ」

 そう言うが、アローゼルフィルダの口調は母親のように優しい。こいつならグロリアやアンナリーズンのようでなく、彼に優しくしてくれるのだろうになあと思った。今は誰かのぬくもりが欲しいと思った。そして彼女の手を取る。彼女は拒否しない。


「おまえは最初、男かと思った」

「そうでしたか」

 彼女はくすくす笑う。

「男の格好をしていただろう。王宮のトーナメントの手伝いの時に、おまえが喧嘩を売ってきて。私が十五だったから……十二くらいか。おまえもまだ子供だったな。言うこときかない馬の馬蹄を調整しようと手を焼いていたら、おまえが、着飾って行進するお飾りの役のくせに、私に向かって、自分が下手くそなのを馬のせいにするなと。気の強い美少年だと思った」

「……光栄です。あの頃は楽しかったですね」

 まだマーセントリウスが母の実家のある南の国から来たばかりの頃、彼は王宮に住んでいた事がある。そこで仲間と武芸を磨いた。その頃はこの北の国も平和で、王宮では度々いろいろな催し物が開かれた。文化水準の高いこのトゥルンザーベルクの都には近辺で唯一の大学が有り、あちこちから学者や芸術家、建築家などが集まり、楽の音の絶えない当代最も華やかで美しい都と言われたものだ。マーセントリウスは王にかわいがられ、彼も理知的な王を尊敬していた。いつまでもこんな日々が続くと思っていたのに。父ゼドルズの城に呼び戻されるまで……。


「おまえはこれからどうするんだ。王には会えたのか」

「いいえ……」

 そうか、と彼は言い、それ以上聞くのをやめた。

 彼女が複雑な顔をしているので、彼は少し困ったが、彼女の頭を軽く撫でると、立ち上がる。そして、グロリアを迎えに行くから案内してくれと言った。

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