第二章 北の国の章:前編3

 それからグロリアは一層マーセントリウスを避けるようになった。彼がそういうことをする人間だということは理解できたが、自分のような子供にまで手を出して来ようとは思わなかった。いや、あれは大して意味のないことだったのかもしれないと、あれこれうち消してもみるのだが、グロリアには耐え難かった。何を考えているのだろう? グロリアのことなどどうとも思っていないくせに。思えば少しの間抱きしめられていただけなのだが、思い出したくない程彼女は傷ついてしまった。


 そしてふいに、カルレイラのことを思い出した。もうずっと忘れていた名前だ。彼はどうだったのだろうか。男は誠実な気持ちとは別の所で女に欲望を持ったりするというような意味のことをアローゼルフィルダは言ったのだ。マーセントリウス自身は言わないが、その仲間たちが話すのを聞いている限り彼が何人もの女性と付き合っていて、娼婦を買っているのは確かだと思う。その現実がぞっとするほど嫌だった。


 そして、いつの間にか女である自分。気が付くともう十五だ。世間では結婚することもできる年齢だった。慣習法で、子供に暴行した大人は逮捕、場合によって処刑にされる。でも彼女はもう法律でも守られない。


 マーセントリウスはと言えば、彼のグロリアに向ける視線は以前と違った。そして焦ってもいた。単純な恋心とか、愛欲と何か違う、かといって精神的な愛かといえば、そう言えるほど彼自身が崇高な精神を持つ人間ではなかったため、彼女を純潔のまま彼の至上の恋人としておくことなど到底できそうになかった。彼から見れば、彼女は若すぎて、本来の彼の相手にするような対象ではない。そんな相手に惹かれてしまう理由が自分でもわからないし、感情を意のままにできないことに苛立った。当面の解決法として、成長するのを待って、それから自分のものにする、それまではこれまで通り当座の相手を見つけて遊んでいればいい、そのような打算が働いた。

 一方で、待っているうちに他の者に奪われては元も子もない。なにしろ絶世の美女だ。彼もいろんな女を見てきたが、美貌の点で彼女に勝ると言える者に会ったことがなかった。


 更に複雑なことに、彼の中には彼女を許しがたい心もあった。それは、彼女が女だからだ。彼は女を求める一方どこかで常に女という存在を憎んでもいて、それを自覚もしている。過去に心底惚れていた恋人に裏切られたことから、どこか心の機能が狂ってしまったように感じる。しかも、グロリアはその恋人を奪った相手の許嫁である。東の王子がこの女を大事にしていると思った時の自分の中に生まれる残酷な衝動は、グロリアに対する純粋な気持ちを簡単にうち砕きさえした。めちゃくちゃにしてやりたい思いと、大事にしたい思いと、どちらが勝つかと言えば、彼自身にも判断がつかない。いつか自分はこの女を殺してしまうかもしれないと思った。


***

「いいざまだな」

 外出先で父公爵の手の者達に捕まって、マーセントリウスは公爵の部屋にかつぎ込まれた。酷く抵抗したので縄でぐるぐる巻きにされて公爵の前に放られる。呼び出しを散々無視し、使いを追い払い、公爵に会わずにいたら、こうなった。噛みつかんばかりの勢いで文句を言い、父親に暴言を吐いてわめいたが、父はいつものことなので気にしていない。馬鹿息子が、と渋い顔で見下ろしている。

「うちの敷地内に一歩でも潜入した奴は殺しますよ。俺は本気です」

 マーセントリウスの言葉に、わかったわかった、と一見ものわかりのいいような素振りを見せるが、内心は何を考えているかわからない。

「また街の娼館に入り浸っていたそうじゃないか」

「何か問題でも?」

「いい加減にしろ。公爵の馬鹿息子が街で遊び歩いてると言われてるぞ。わしの評判が悪くなる」

 ハッと笑って、「今更」と返す。

「いい加減に女を返せ」

「王との話し合いは終わったんですか?」

「条件が折り合わないままだ。それに王は離宮に籠もって出てこない」

「なら、王女はしばらく好きにしていいってことでいいのでは」

「馬鹿な。いいからわしのところに戻せ」

「嫌です」

「女ならいくらでもいるだろう。まだ足りないのか」

「高貴な美しい女というのはそうそういませんよ」

 メルセグランデはあっけにとられたような顔をし、ゼドルズ公爵は不機嫌そうに天井を仰ぐ。

「メルセグランデにも高貴な者はおります」

「あの程度で。とてもじゃないが将来有望な俺の結婚相手にはできない」

「なんですって」

 メルセグランデは飛び上がった。ゼドルズ公爵は怒りを露わにする。

「まさか、おまえは王女と結婚したいと言うのか」

「まあもし誰かと結婚しろと言われるなら王女くらいですかね」

「許さん」

「別にお許しは必要ありません。そもそも結婚が嫌だと言ってるんです」

「勝手は許さん」

「結婚したらその女だけで我慢しろって言うんでしょう。だから結婚なんぞ御免だと言ってるんです」

「馬鹿め。おまえはわしの跡取りだろうが。女にうつつを抜かすとは」

 ため息を付いて、縄をほどいてやれと命令する。

「くだらない連中と遊んでばかりいるから頭がそんな軟弱なんだ。もっとしっかりしろ。王の動静とか、関心がないのか。少しは協力しろ」

 そう言われて、ふん、と今度は鼻で笑う。マーセントリウス様、とメルセグランデも作り笑いを浮かべていさめてくる。人質をあんまり手荒に扱って死なせてはいけないし、王女はまだ若過ぎて、妊娠でもさせたらそれこそ体がもたずに死んでしまうかもしれない、少し謹んでください、と。下衆が、ふざけたことをと内心マーセントリウスは憤る。

「とにかくまだ返しませんよ。王が都に戻ってくるまで話せないでしょう。当分うちに住ませます。最近傭兵を多数配備したので、いつもの使いの者以外うちの敷地には絶対入れさせないでください。問答無用で全員殺せと命令してあります」

 怒鳴られながら、マーセントリウスはいつものように逃れて来た。


 グロリアが草原で一人遊んでいると、アローゼルフィルダがやってきた。神出鬼没だなあと思っていると、彼女は黙って籠を差し出す。見ると、中にお菓子のようなものが入っていた。どうしたの、と聞くと、彼女が作ったんだと言う。

 意外に器用でまめなこともするのだなあと思っていると、彼女は「誕生日おめでとう」と言って笑う。

 えっ、と聞き返す。

 彼女は自分の誕生日を知らなかったのだ。バール家に来た時彼女が憶えていたのは自分の年齢だけだったので、誕生日はアリシアと一緒に祝って貰っていた。アリシアは冬生まれだったので、感覚としてまさか自分が夏に生まれたとは思っていなかった。

「今日? どうして? 私しらない……」

 グロリアがどぎまぎしていると、アローゼルフィルダは澄まして何も言わない。どうして彼女がグロリアの誕生日を知っているのだろう? 調べればわかることなのだろうか。

 アローゼルフィルダは自慢げに手作りのケーキらしきものを取り出す。

「何、これ、まだ籠に入ってるのはロウソク?」

「今流行ってるのよ。古代アルテミス神殿の儀式でやってたみたいに、ケーキの上にロウソクを立てるの」

「ふうん。本当、こうすると本に載ってた絵の、オリュンピエイオンの柱みたいね」

「学があるわねえ」

 味はちょっと酷かった。だが二人とも何も言わず食べきった。お腹が一杯になってから、顔を見合わせて、二人して笑った。

 気が付くと気持ちが明るくなっている。アローゼルフィルダは何も言わずごろんと寝っ転がり、空を見ている。長いまつげだ。グロリアの元気が無かったから励ましてくれたのだろうか? 彼女はそんなことは何も言わなかったが、そういう風に感じられた。


 グロリアは意味もなく涙がでそうになって、アローゼルフィルダの横顔を盗み見た。

 二十歳くらいの、旅人風の男の人をこの近くで見なかった? と聞くと、彼女は振り向いて、じっとグロリアを見つめた。どうして、と彼女は聞くので、それ以上何も言えなくなった。どうしてだろう、どうして自分はそんなことを聞いてしまったんだろう。グロリアは焦って話題を逸らそうとしたが、何も言うことを思いつかない。

 自分の言ってしまったことに焦って、どうしていいかわからず、涙が出そうになった。するとアローゼルフィルダは、そういう人は見ないわねえ、と何にもこだわらない様子で言う。しかし、聞き流すのかと思ったら、

「待っているの?」

と言う。グロリアはどきりとして、首を横に振ろうとするが、できなかった。待っているのか? テルーのことを。彼が来るはずはないし、来てほしいとも思っていない。なぜなら、彼にとってここはとても危険だったから。それに、彼を巻き込みたくないと思ったから自ら西の国を出てきたのではなかったか。それなのに、何故こんなに……そう、待っているのか? 自分は。結局そういうことなのだ。グロリアはうなだれる。

「あの人は来ないわね」

 そう、とアローゼルフィルダは言う。特に何も言わないけれど。

「助けに来てくれなくてもいいの。何があっても私を愛していて欲しいなんて言ってないわ。でも」

 それ以上言葉が続けられなかった。何も言えなくなってしまった。涙で喉がつまり、頭が混乱する。

「お母様の顔も憶えてないわ。お父様は生きてるって聞いたけど、実感無いし。一人ぼっちがつらい。だって、誰にも頼れない」

 めそめそ泣いている。最近泣いてばかりだと、泣きながら思った。

 アローゼルフィルダはばかね、とつぶやくように言って、グロリアの頭を撫でた。

「私やマーセントリウス様がいるじゃない。頼ればいいじゃない」

 グロリアは首を横に振りながら泣き続けた。だって、マーセントリウスなんて、悪い人で、全然グロリアに気を遣ってくれないじゃないか。アローゼルフィルダだって他人じゃないか。そう言おうと思うのだが、喉が痙攣して、何も言えなかった。息が苦しかった。口の中に残っていた先ほどの苦いケーキのかけらを、ごくりと飲み込んだ。


***

 或る午後、一人で敷地内の池の傍に座っていると、水鏡に揺れて人影が映った。驚いて、急いで振り向くと、そこに男性がいた。知らない人だった。無視しようと思ったが、水面に映る男性はまだじっとグロリアを見ていた。気になって、再び振り返ると、目が合った。様子からすると、どこかの金持ちの道楽者か。ここにはそのような感じの男も大勢出入りしていたから、その男がここにいてもさして不思議には思わなかった。

 だがこんなにしつこく見られるのは初めてだった。男は、グロリアに話し掛けようとしているようだ。しかし彼女は振り向いてやらない。あまり彼がぐずぐずしているんで、だんだん彼女はいらいらしてきた。

 行ってしまおうと立ち上がると、男はようやく声をかけてきた。

「この館の方ですか」

 そうだと言うと、彼女が返事をしたことにほっとしたように、更に親しげに寄ってきた。返事をしなければよかったと思った。

「ずっと前からあなたのことを見ていました。あなたは気付かなかったかもしれませんが」

 ふうん。グロリアは向こうを向いたままだ。

「お名前を教えて頂けませんか。私はトルタートと言います」

「グロリア」

 一言で返事をすると、彼女はやっと彼の顔を見た。やはり知らない人だ。マーセントリウスよりも歳は行っていそうだけれど、おちついた感じの、優しそうな人だった。こんなに丁寧に接してくれることに戸惑いを覚えた。

 彼は笑いかけて、ありがとうと言った。

「少しお話しませんか。このようなところに美しい女性が来ているなんて、近頃では珍しいと思って」

 彼は優しげで純朴な感じではあるが、意外に積極的だった。

 グロリアは特に話すことなどなかったのだが、彼は話題が豊富で、あれこれとしゃべり出した。古代の神話、詩について、気が付くと聞き入ってしまっている。何故この様な時勢にこんな人がいるのかと思うほど、楽しそうにいろんなことを話してくれた。人が自分と一緒にいて楽しそうにしているのを見るのは悪い気がしない。男に対する抵抗感が無くなったのかと思う。そういう自分が嬉しかったから、我知らずその男に好感を持った。

「この国はいけません。自由がなさ過ぎる。他の国を見てごらんなさい。あるところでは、男女問わず自由な服装をして、自由に旅行して、自由に物事を愛好する。芸術はここから生まれる。様式美とは違います。ここは伝統を大切にする土地だけれど、その分因習にとらわれすぎている。人を人と思っていない」

 彼が言っている聞いたこともない思想に関してはさっぱり理解できなかったが、内容はなんとなくわかった。つまりグロリアを様式美だと言いたいのだ。

 残念ながらグロリアは彼の芸術的存在にはなれない。そう思ったが言わなかった。彼は夏の暑さも平然と受け流し、延々とグロリアに愛を語った。少し滑稽に思えたが、あくまで彼は真剣だった。そしてグロリアを得ようと試みていた。


***

「グラゼリアの変わり者の兄さんがここに来たでしょう?」

 アローゼルフィルダがグロリアを問いつめる。

「駄目じゃないの、メルセグランデに近づいたりしちゃあ。余計なことをしゃべらなかったでしょうね?」

 彼女の言うグラゼリアの変わり者の兄というのは、誰のことだか、一人しか思い当たらない。彼女はそう言うが、彼がメルセグランデの者だとはその時は知るよしも無かった。

「この国には自由が無いんだって」

「はあ? なにそれ」

 アローゼルフィルダは彼の言っている話には全く興味がないらしい。当然だろうなあと思った。

「何、あんたああいうのがタイプだったの? いいけどさあ。あんたの正体を知ったら彼、卒倒するわねえ。よりによって王女に声をかけるなんて」

 そう言いながら、彼女は紙切れを差し出した。

「こういうの握りつぶすの好きじゃないからさ、一応渡すけど、御招待だって。うちうちの夜会。トルタート氏の別邸にて。この手の変人がたくさん集まるわよ」<BR>

 夜会。アローゼルフィルダの言い様はさんざんだが、彼に興味が無いこともなかった。だが彼女は行っては駄目だと言う。あちらにとってグロリアは敵なので、万が一にも正体がばれたらただでは済まない。誘拐されて殺されるかもしれない。また、敷地外に出ればゼドルズ公爵の手の者に捕まる危険がある。グロリアはマーセントリウスの館の敷地内から出ては、命の保証がなかったのである。本当に、彼の言っていた通り、グロリアには自由が無かった。もっとも、自由という観念は、彼女の生まれた世界には無かったのだけれど。


 彼女自身行きたいとは思えなかったので、当日になってもほったらかしていたら、トルタートが迎えに来てしまった。断ったが理由を聞かれてしつこいので、馬鹿正直にマーセントリウスの所に行く。彼は話を聞いてかなり不機嫌になった。その時初めてトルタートもグロリアがマーセントリウスのものだということを知ったようだった。

 だがさすがグラゼリアの兄、それで身を引く男ではなかったようだ。マーセントリウスに脅されて帰ったと思ったら、また戻ってきた。ちょっと散歩しましょうとうまくグロリアをそそのかし、馬に乗せると、そのまま自分のところへ連れて帰ってしまった!

 さすがにグロリアも青くなって、ひょっとして自分が王女だということがばれているのではないか、このまま殺されるのではないかと心配した。連れて来られたのは彼が一人で使っている別邸で、なにやら密かに人が集まっていた。皆農民や町人に、あるいは明らかに俗人なのに修道士に扮した、何処の誰ともわからない男女、あるいは男なのか女なのかも表示しない人達で、名前もそれぞれアルファーだとか、オメガだとか、好き勝手に名乗っているようだった。彼らは何かを表しているらしい共通のアルファベットを持っていた。

 団結の誓など始めたので、秘密結社まがいの集会か何かに違いない、恐ろしいことが始まるのかと思ったら、意外に普通に飲食しながら話すパーティで、グロリアの存在も他の人々からは無関心に迎えられて、人は皆それぞれ好き勝手に数名ずつ固まって、文学など好き勝手なことを喋っている。なるほど、これが彼の言っていた自由なるものなのかな、と思った。

 わざと灯りを落として薄暗くした部屋の中で、グロリアは戸惑っていたが、トルタートがやってきて、隅に連れて行かれ、山羊の角のような凝った装飾のある二人がけの椅子に座った。

 初めてだから驚いたでしょう、でも割とおとなしい集まりですからと彼は笑った。いつも通り、とても優しい目をしていた。メルセグランデの子息なのに、こんな秘密結社を? と聞くと、秘密結社ではありませんが詩の会です、と彼は一層優しげに笑った。ここでは身分や立場、性別など関係ありません、あなたもここでは誰のものでもないのです、と彼は言う。マーセントリウスが怒るわと言っても、笑うばかりだった。何故彼がこんなことをしているのかグロリアには理解できなかった。金持ちの道楽にしか見えないが、こんな会を主催する行動力はあるらしい。

 それでも彼は何かに心揺れているようでもあった。内乱が起こりそうなこの現実を憂い、世をはかなんでいるようにも見えた。現実逃避をしたからと言ってグロリアは彼を批判したりするつもりもなかったが、何故このメルセグランデの跡継ぎがこんな事をしているのか、少々気味の悪さを感じたのであった。

 自分は欠陥のある人間だと言われています、と彼は言う。私は抗争には向いていないし、メルセグランデの跡継ぎとしては相応しくない、頭も良く野心家である妹のグラゼリアがこの家を継ぐべきである、と彼は言う。生まれた血筋や身分、性別によって人が運命づけられているというやり方は捨てた方が良い、と。そう言われてどきりとした。

「でも、それなら、グラゼリアの自由は……? 跡を継ぐのが嫌だったら?」

 思わず聞くと、今度は、どんなに自由な人間でも大抵いくつかある選択肢の中から一つ選ぶ程度にしか自由でない、と……。やはりグロリアには彼が何を言ってるのかまったくわからない。


 だが、もちろん彼はそういった議論をするためにグロリアを連れてきたのではなかった。グロリアがマーセントリウスのものだとしても、結婚しているわけでもないし、グロリアは自由に恋愛してもいいのだ、心は自由なのだとかき口説く。グロリアは戸惑った。じゃあ、自分が王女だとしても? メルセグランデの敵だとしても、彼はグロリアを愛するのか? それは聞けなかったが、聞いてみたかった。そう言って欲しかった。身分も立場も関係無く、グロリアだから愛するという言葉を一言でも聞けば、グロリアはこの会ったばかりの得体の知れない男の求愛を受けて承諾してしまったかもしれない。


 しかし、それは果たされなかった。いつの間に人が来たのか、横からむんずと腕を捕まれて、ひきずり起こされた。突然のことに驚いて、見ると、怒り狂った目をしたマーセントリウスがいた。有無を言わさずグロリアをひっぱって帰ろうとしたので、反発心が起こった。

「痛い。酷いことしないでよ」

「黙れ」

 マーセントリウスは怒りの余りそれしか言えないようだった。何度も黙れ黙れと言いながら、外まで引きずり出す。


 外は涼しかった。月明かりの下、馬を連れた従者が待っているのが見えた。誰にも見つからないように、マーセントリウスは用心してグロリアを馬に乗せ、すぐに家に向かった。彼は道々、ろくなもんじゃないとか、何やらぶつぶつ言っていたが、グロリアは聞いていない。コオロギの声や馬の駆ける蹄の音、風の音を聞きながら、彼に寄りかかっていると、何故か安心して、眠ってしまった。

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