時間を戻される訳にはいかないから

 適当な服に着替えた後、私は部屋を出た。


「美月、似合ってるよ」


 すると、部屋の目の前で結愛さんは待っていたみたいで、私が部屋から出た瞬間、そう言ってきた。

 ……いや、似合ってるって言われてもな。……ほんとに適当な服だから、全然嬉しくない。……仮に、持ってないけど、普通にオシャレな服を着てたとしても、結愛さん相手に言われても嬉しくないと思うけど。


「どこ、行くの」


 私は結愛さんの言葉を完全に無視して、そう聞いた。

 朝ごはんはまだ食べてないけど、その辺で買って適当に食べればいいでしょと思って。

 

「んー、美月、まだ朝ごはん食べてないでしょ? だったら、取り敢えず、ファミレスにでも行って、朝ごはん食べよ? 私も食べてないし」


 ……朝早く来たから、そう予想して言っただけ、だよね? ……うん。そうに決まってる。

 だって、私が朝ごはんを食べたか食べてないかなんて、分かるはずないし。


「結愛さんがそれでいいなら、いいんじゃない」


 これで、普通に頷いたら、結愛さんに変な希望を持たせるんじゃないかと思って、私は冷たく、そう言った。


「やった。じゃあ、早く行こ?」


 なのに、結愛さんは嬉しそうに、私を急かしてきた。

 絶対、おかしいと思う。……でも、私は頷いて、家を出た。……結愛さんから適切な距離を取りながら。

 当然……かは知らないけど、結愛さんはその距離を縮めて来ようとしてくる。でも、私はその度に、結愛さんから離れていく。

 

「……美月、なんでそんなに離れるの?」

「これくらいの距離感が普通だから」

「じゃあ、私たちはいずれ結婚する仲だから、もっと近づいても大丈夫だね」


 そんな仲じゃないから。

 なんなら、友達ですらないし、知り合い……もちょっと違う。……強いて言うなら、ストーカー、とか? うん。犯罪者と被害者の仲だと思う。……仲と言うかそういう関係。


「大丈夫じゃない」

「美月? 一応言っておくんだけどね、私は何日でも時間を巻き戻せるんだよね。だから、私としては別に、昨日に戻してもいいんだよ?」


 結愛さんにそう言われた瞬間、私の体はビクッ、と震えた。

 ノーカウント、ノーカウントではあるんだけど、初めてのキスまで捧げてまで進めてもらった時間を戻されるなんて、考えたくもなかったから。

 そして、そんな私の様子を見た結愛さんは、笑顔で私の腕を取って、胸を押し当てるように、腕に抱きついてきた。


「じゃあ、このまま行こっか」

「……う、ん」


 ……嫌だった。嫌だったけど、時間を戻される訳にはいかなかったから、私は頷いた。

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