少しでも知らないと

「痛い」


 結愛さんが私のことを抱きしめてきてるから、そう言った。

 本当に痛い訳では無い。ただ、結愛さんは私が好き……少なくとも今は、まだ私を諦めてなくて、私が好きなんだから、こう言えば、話してくれると思って。


 すると、結愛さんは一瞬ビクッ、として、私を抱きしめる力を弱めた。

 その瞬間、少し申し訳ない気分が湧いてきたけど、結愛さんは犯罪者なんだから、と頭を振って、結愛さんを押し退けた。

 もし、結愛さんが、こんな時間を戻すような力を持っていなかったら、私はとっくの昔に警察に追放してると思うから。


「あっ……美月、嘘、ついた?」


 結愛さんは傷ついたような顔をしながら、私の背筋が凍るような声でそう言ってきた。

 

「つ、ついてない」


 ほんとは嘘をついたけど、私は咄嗟に、そう言ってしまった。

 結愛さんの様子が怖くて。……正直、今にも逃げ出したいけど、こんな至近距離だし、玄関は結愛さんの後ろ。……リビングの窓から逃げられないこともないかもだけど、リビングには靴がないから、裸足で逃げることになっちゃうし、それは無理だから。


「ふーん。嘘、ついたんだ」

「ッ、な、なんで」


 自慢じゃないけど、私の表情筋は硬い方だと思う。

 だから、絶対にバレないと思った。

 なのに、なんで分かったの?


「なんで分かっ――」

「学校休んで、デート行こっか」


 なんで分かったの。そう聞こうとした私の言葉を遮って、結愛さんはそう言ってきた。

 ……正直、嫌だ。……でも、結愛さんの事を少しでも知らないと、付き合う以外の方法で時間を進めてもらうヒントを見つけられない。

 ……私が知ってる結愛さんのことと言ったら、時間を巻き戻せて、私の事が好きってことだけだから。

 だから、私は結愛さんの言葉に頷いた。結愛さんのことを少しでも知って、時間を元通り進めてもらう交渉のヒントを得るために。


「やったっ」


 すると、結愛さんはさっきまでの背筋が凍るような表情とは打って変わって、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 ……これで、私なんかのことを好きになった理由も知れたらいいな。

 そう思いながら、笑顔の結愛さんに引っ張られて、私は家を出されそうになったけど、服を着替えさせて欲しいと言って、着替える時間を貰った。


「…………なんで、ついてくるの」

「美月は照れ屋だから、逃げないようにだよ?」


 あっ、確かに。着替えるって言っても、一人になれば、逃げられるのか。

 ……でも、少なくとも今日は、結愛さんのことを知ろうと決めたから、逃げる気は無い。


「逃げないから、出ていって。着替えるから」

「うん。ここにいるから、早く着替えて?」

「……いや、着替えるから、出ていって欲しいんだけど」


 結愛さんじゃない、他の女の人だったら、別に着替えを見られるくらいどうってことないんだけど、結愛さん相手だと、なんだか怖いから、そう言って、早く出て行って欲しいと結愛さんを急かした。


「美月からしたら、ただの女の子同士なんだから、大丈夫でしょ? 美月、そういうの気にしないじゃん」


 ……なんで、そんなこと結愛さんが知ってるのって話は、もう今更かな。

 

「無理だから、出てって」

「ふーん。そうなんだ」


 普通に結愛さんに見られるのは嫌だから、そう言ったんだけど、何故か結愛さんは嬉しそうにしながら、部屋を出てくれた。

 ……よく分からないけど、私のことを信用してくれたって事、かな。

 そう思いながら、私はさっさと服を脱いで、適当な服に着替えた。

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