突然

 翔は気持ちを切り換えて、電車から降りると、その少女が突然話かけてきた。昔付き合っていた彼女と全く同じ言葉で。


「ねいねい。お兄さん」


「ん? なに?」


「お兄さん、お金貸してくれない?」


(「おい! いきなり金貸せって! 初対面の人間に?」と30年前、俺が言うと彼女はニコッと笑って「ごめん。いいよ。」と言い他の人に借りようとしたな。)と思い出した。


「『ねいねい』じゃなく『ねえねえ』じゃないのかい。」

「私はお兄さんじゃないけど、いくら必要なんだい。」


 しゃがれ声の翔の返事は、30年前と違っていて優しかった。


「1000円」

「お昼のパンと帰りの電車代」


 翔は、驚いた!

 貸した金額と理由が偶然にも一緒だった。。。30年前と


「ありがと、明日必ず返すから」

「お兄さん、明日の何時だったらまた会える?」


 何という事だ・・・

 あの時と同じだ・・・


「まず、お兄さんじゃなくおじさんだろ~。」

「明日は、休みだから何時でも良いけど。」

「1000円のために出てこなくてもいいよ。また、どこかで会ったら返してくれればいいよ。」

 と、翔は手を振って背を向けた。


「待って!」


 翔の上げた手は下げる途中で彼女に拉致され、振り向かされた。


「それじゃ、わたしの気が済まないの!」

 と、強い口調で彼女が言い放った。


 彼女は、突然

「わたし、純(じゅん)」

「じゃ、明日10:00。この場所で待ってるわ」

「お兄さん」

 と、言って走って違うホームへ向かった。


 なんということだ。

 顔も似ていると思ったが、名前まで同じだった。


     ・・・・・


 次の日

 翔は、ここへ来てしまった。

 待ち合わせ場所には大きな柱が何本も立っている。


 (昨夜は気になって寝られなかったな。)

 翔の目は充血し腫れていた。

 驚いたのは、髭もきれいに剃られていて、身だしなみも整っていた。

 違ったのは、それだけではない。

 夢遊病者から普通のおじさんになっていた。


「確か、30年前もここだったな~。」

と、翔は大きな柱を見て言った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る