リターンリバース
@zen_nez
リターンリバース
「死にたい」
単純な思いだった。今の生活に疲れたのだ。毎日社会にもみくちゃにされ、ただ生きているだけの自分。なんのために産み落とされたのかを考え迷走してしまう。生きてる意味すら見出せず、生きてる価値が分からない。
もうこんなのが嫌になったのだ。死んだら全てが楽になる。生きる必要などないのだから。
いざ、包丁に手をかけると、死ぬのが怖いと感じた。それでも、何とか首元にまで持ってこれた。だが、怖かった。
きっと、人間として、生物としての本能がまだ自分に残っているのだろう。
「方法を変えよう。」
今度はロープを取りだした。首を吊って死ぬという代表的な自殺法。今度は覚悟を決めた。前のように「未遂」では終わらせない。
と、首をかけようとすると、宅配便が来て、自殺の邪魔をされた。3ヶ月前に予約していた靴だった。まさか3ヶ月前の自分に自殺を防がれるとは思わなかった。
他にも、いろいろな方法を試みた。川に飛び込もうとしたら知らないおじさんに話しかけられるし、飛び降りようとしたら正義感の強い男に止められた。他人に迷惑をかけたくなかったので、線路には飛び込まなかった。
しかし、どうもこの社会では自殺すら難しい。なぜ自殺者が増えているのだろうか。
そこで考えた。そうだ。未来に行こう。未来に行って、明日の自分を殺そう。そしたら死ぬのを待つだけになる。
そこから、未来に行くのを試みた。ネットで「未来に行くキット・マニュアル」を購入した。
最初は数分、数時間後にしか行けなかったが、慣れたらどんな未来でも行けるようになった。これを応用すれば過去にも行けるらしいが、また別のマニュアルを買わなければならずやめておいた。
せっかく未来に行けるようになったので、50年後の未来に行こうと思った。僕の世代ならもう周りはみんな老人だ。自分がいなくなった世界のみんなは一体どうなんだろうか。
50年後に来た。まずは実家に行ってみた。
両親は死んでおり、妹だけがそこに残っていた。両親と僕は同じ仏壇に並んでいて、自分だけ若い写真だった。
妹も歳をとっていていたが、それでも僕のことを僕と認識すると涙を流した。
「お父さんもお母さんもねえ、あんたが居なくなってからずっと、ああしとけば良かったなぁこうしとけば良かったなぁって言ってたんだからねぇ」
どうやら両親は、僕の死因に自分たちは関係ない、と思い込んでいたらしい。それが親というものなのであろう。しかし、その思いは偽りかと言うとそうではなく、確かにそう思っていたのだろう。どこかで何かが違えば、僕は幸せに生き続けたのかもしれない。
元々恋人の関係にあった、後輩の所に訪ねた。
彼女は部活の後輩であり、何故か知らないが告白してきた。僕も何故か知らないが承諾し、普通に仲良くなり、恋人としてかなり十分な時間を過ごした。
ただ、僕の都合で生活する場所が離れてから、なかなか会える機会もなく、自分が病んでからは、連絡すらままならないという状況が続いた。更にその申し訳なさが自分に積み重なりどんどん病んでいくという悪循環。申し訳なさが彼女には溢れかえっていた。
彼女は別の人と結婚していて、幸せな家族を営んでいた。
しかし、やはり僕だと分かると、泣いた。それなりの歳になっていて、若さは見えなかったのだがそれでもあの時の面影は残っていた。
「私ね、あの時君に何もしてあげられなくて、ずっと悔やんでいたの。ずっと引きづってて、ずっと何してあげられたか考えてて、本当に、あの時、何もしてあげられなくてごめんね。でも、叶うなら、まだ生きてて欲しかったな」
驚いた。泣きながら言った彼女の言葉は、僕への謝罪だった。謝るべきは僕なのに、またここで申し訳なさを感じてしまった。
駅で、仕事仲間に出会った。彼は学生時代からの友人だった。僕を見た彼は、驚き、笑い、泣いた。やはり、僕を見ると泣くのだ。
「お前、仕事辛かったなら言ってくれればよかったのに。一緒に、何か寄り添ってあげれたってのに」
出世した彼は、僕を苦しめた上司よりもえらい立場になっていて、歳をとっても相変わらず元気そうで、まだ僕の時の面影がかなり残っていた。
「おまえなぁ、ほんとに、お前なぁ!」
今日1番の声量で、何か言っていて、周りから見られると恥ずかしいから出来ればやめて欲しいなと思った。
他にも、様々な人と出会った。誰も、僕を怒らず、みんな自分に涙していた。意外な人からも意外な声が聞こえ、思わず笑ってしまった。
未来に来てわかったことは、みんな自分のことを好きだったんだということ。
なにか間違っていても、やはり根本にあるのはそれだった。僕への信頼が、泣くという表現を通して伝わってきた。過去がどうであろうと、僕のために、僕なんかのために泣いてくれる人はたくさんいた。僕を必要とする人は、たくさんいた。
僕の生きてた僕自身の意味は無かったにしろ、他人からは意味を見出されていた。出来れば、それを伝えてくれたらな、と思った。
さて、現代に戻った自分は、自分を殺すはずもなかった。未来に行くことにより、良くなかった精神状態を克服した。
とにかく生きようと思った。みんな自分を必要としているのだから、それに応えようと。伝えられないことを伝えようと。
次の日、実家に帰ろうとした。未来に行った順通りに行って、未来を思い出して、今に活かしていこうと。
信号を待っていた。あと少しすれば、実家に着く。
どんどん自動車がとおりすぎていく。
黄色になった。大きなトラックが、焦っているのか、かなりの速度で右折しようとしていた。
大丈夫なのだろうか、そう考えているうちにあることを思い出した。
まさか、と思った。だが、ここから自分はどうすればいいか分からなかった。これじゃないかもしれない、これじゃなかったならなんなのだ?
ああ、運命、未来というのは残酷だ。知らなければよかったのかもしれない。
右折するな、と考えていた時にはもう遅かった。自分の方に突っ込んで行き、死んで、50年後の、あの仏壇へと繋がって行くのだった。
リターンリバース @zen_nez
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます