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近づいてきたラースは、シグリーズの横に腰を下ろした。


シグリーズが呆れた様子でラースの分のスープをよそうと、アルヴは彼に向かって口を開く。


「王さまが一人でこんなとこまで追いかけてきていいの? みんな心配してるんじゃない?」


「ちゃんと事情は話してんよ」


ラースは黙って出ていったシグリーズたちに声を荒げることなく、静かにスープを食べ始めた。


口にこそ出していなかったが、その表情から彼がシグリーズの作ったスープの味を気に入っているのがわかる。


アルヴの問いにラースが答えた後、沈黙が続く。


夜の森から鳥の鳴く声や、狼の遠吠えが辺りにこだましていた。


先ほどは気にもしなかった、川を流れる水の音まで耳に入るようなほどの静けさだ。


そんな空気の中で、気まずそうにしていたシグリーズがラースに訊ねる。


「怒ってないの? 勝手に出て行っちゃったこと」


ラースは黙ったままスープを飲み干すと、空になった容器をシグリーズに差し出した。


もう一杯くれということか?


シグリーズは何も答えないラースの態度を不満に思いながらも、スープをついで彼に渡した。


それからラースはまたスープを食べると、ここでようやく口を開く。


「美味いな、こりゃ。前にどっかで食った格式ばった料理よりずっと美味い。俺は好きだぜ、この味」


「そう。ありがと……」


短く言葉を交わした後、再び静寂せいじゃくおとずれる。


静かで穏やか夜だが、二人の間には妙な緊張感がただよっていた。


特に勝手に出ていって後ろめたいシグリーズからは、ラースに声をかけづらそうだ。


しかし、そんな緊張感の中で、誰よりも堪えられない者がいた。


それはもちろんというか、アルヴだった。


妖精はこんな空気ではせっかくの料理が楽しめないと、突然声を張り上げる。


「あぁぁぁッ! なんか言いたいことあるならハッキリ言いなよ! ここまで来たんだからあるんでしょ!? シグに伝えたいこと!」


まずラースに噛みついたアルヴは、次にシグリーズにも声を荒げる。


「シグもだよ! 結婚が嫌なら逃げるんじゃなくて断ればいいじゃん! 剣でも振り回して言えば、誰も強引に結婚させようとなんてしないよ!」


「ちょっとアルヴ!? あんたはいつもいきなりなんだから! 急に変こと言い出さないでよ!」


「だってこんなんじゃスープが不味くなるでしょ! だからさっさと終わらせてよ、こんな空気!」


ラースは、言い争い始めたシグリーズとアルヴを見て笑うと、その口を開いた。


彼がまず口にしたのは、ゲルマ国のアレキサンダー·ドルフとビレ·ハインデルについてだった。


デュランフォード国で捕虜となっていたアレクサンダーは、一度ゲルマ国へと戻り、今後は両国のためにその力を振るうように王から命が与えられたらしい。


一方ビレのほうはというと、現在は大臣たちと共におりから出され、再び国のために働いているようだ。


二人のその後を聞き、アルヴが言う。


「雷撃は今後もラースたちと長い付き合いになりそうだね。でもさ。処刑とは言わないけど、あの細目がおとがめなしってのは、なんだかに落ちないなぁ」


「ゲルマ王は殺す気満々だったけどな。そこをなんとか説得してよ。身分の剥奪はくだつと監視をつけるということで済ませた」


どうやらビレたちのことをラースがかなりかばったようだ。


その理由について、彼はこう説明した。


一度の間違いでやり直せないのは慈悲じひがなさ過ぎる。


誰にだって魔が差すこともあり、やり直せる場は与えるべきだと。


ラースの話を聞いたシグリーズは思う。


彼はきっと昔の自分がそうだったから、そうしたのだと。


「まあ、二度目はねぇがな。次になんか企みやがったら俺が直々にぶっ殺す」


「そりゃ怖い……。あなたに狙われたらどれだけ恐ろしいかは、私が一番知っているもの」


「ハハ、ちげねぇや」


シグリーズの笑顔を見ると、ラースは立ち上がった。


そして彼女たちに背を向けて、その場からゆっくりと去っていく。


「帰るの? せめて朝になるまでいたらどう?」


「いや、話したかったことは伝えたしな。またなんかあれば、ドルテの酒場にでも手紙を出すさ」


「そう……。元気でね、ラース」


「お前もな」


暗い森へと消えていくラース。


シグリーズは見えなくなっても、彼の姿をしばらく眺め続けていた。


この別れから彼女がまたラース・デュランフォードと会うのは、彼が南部地域すべての国と和平協定を結んだ後になる。


南部地域の全域の和平の立役者として、ラース・デュランフォードの名は、四強と呼ばれる以上に統率者として世界中に広がっていく。


魔王軍と人間の戦争時にカンディビア中に悪意を撒き散らしていた青年は、ある女性との出会いから、王のうつわとなる男へと変貌へんぼうげたのである。


だが、そのきっかけになった女性本人は、まさか自分の影響で男が変わったとは思ってもいない。


「行っちゃったね。勝手に出てきたことに、文句の一つでも言うかと思ったけど」


「そんな小さな男じゃないって、きっとラースは、態度で伝えたかったんじゃないかな」


不思議そうに小首を傾げるアルヴに、シグリーズはそう答えた。


――次の朝。


野宿の片づけをし、シグリーズとアルヴはドルテの酒場があるユラへ向かう。


アルヴはまだ眠たそうにシグリーズの肩に座ってあくびを掻き、木々から顔を出している動物たちがそれを見て笑うように鳴いていた。


「そういえば、今回の仕事って報酬はいっぱいもらったんだよね」


「うん、これで少しはドルテにお返しできる。今までの宿代に食事代とかね。それらを払ったらほとんどなくなっちゃうけど」


「えぇッ!? そんなにツケがたまってたの!? あぁ、今回の稼ぎでしばらくは贅沢できると思ってたのにぃ……」


「あんたが毎日のようにドルテと晩酌ばんしゃくしなきゃ、それも可能だったかもね」


「イジワルなこと言うなぁ……。むぅ、こうなったら仕事だよ、シグ! 帰ったら仕事をしまくるんだよ! とにかく稼ぎまくって、二人で豪華な暮らしをするんだ!」


「ラースのとこで贅沢を覚えたな……。まあ、仕事はいつも通り頑張りまーす」


意気盛んなアルヴとは違い、シグリーズは力の抜けた声で返事をした。


それから木々や石や岩が転がっている道なき道を進み続ける。


南部地域らしい強い陽射しが照りつける中、急ぐでもなくゆっくりでもなく、自分らしいあゆみで。


〈了〉

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女神に選ばれた私なのに、魔王を他の者に倒され、その後傭兵に コラム @oto_no_oto

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