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――調印式から数日後。


シグリーズとアルヴは、デュランフォード国へと戻っていた。


ラースやオーレに黙って侍女たちから報酬ほうしゅうを受け取り、あてがわれた部屋の片付けと、自分の荷物を整理している。


別に急いで我が家となっているドルテの店に戻る必要もなかったのだが。


ここにいたらいつ両国から結婚させられると思い、戻った途端とたんに帰り支度を始めたのだった。


恩人というのもあってか。


ゲルマ王はシグリーズのことを気に入り、デュランフォードとゲルマ合同で盛大な結婚式を挙げようと提案してきた。


当然ラースは乗る気満々で、そのときにうたげの席にいた者らも全員、新たな王妃の誕生に拍手喝采はくしゅかっさい


こないだまで戦っていたゲルマ兵からも立場関係なく祝われ、シグリーズは身の置き場をなくすのだった。


一応、酒の席ということもあり。


その場では、なんとか逃げ切れたシグリーズだったが。


ゲルマ国にいたときは、ずっと結婚の話題ばかりで、それはシグリーズを辟易へきえきとさせていた。


デュランフォード国に戻ったとはいっても、いつまた早く結婚するように言われるかわからない。


置き手紙だけを残し、さっさとここから出て行こう。


シグリーズは、そう思いながら片付けと荷物の整理を終える。


「えー、もう帰るの?」


彼女の傍では、ここ数日の間に食っては寝てを繰り返して、完全に自堕落な妖精となったアルヴがゲルマ土産みやげの酒を飲んでいた。


つまみにはこれまたゲルマ国でもらった魚をつまんでおり、人間が使うサイズのコップで酒をぐびぐび飲んでは、大量にある魚のグリルを平らげ続けている。


「もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃない? あたし、今はちょっと動きたくないし」


「あんた、なんか太ってない?」


飲み過ぎ食べ過ぎで、明らかに体型が変わった相棒を見たシグリーズは、そのあまりのだらしなさに、このままではただでさえなまけ者のアルヴがもっと駄目になると思った。


彼女はヒックと気持ち良さそうに寝転んでいるアルヴの体を掴むと、そのまま荷物袋の中に放り込んだ。


酒のせいで意識がぼやけているのか。


アルヴからは何の反応もなく、シグリーズはこいつの酒が抜ける前に、今のうちにデュランフォードから出ねばと、部屋のまどから飛び降りた。


彼女のいた部屋は城の二階にあり、通常通り外へ出ようとすれば人目につく。


そのため、シグリーズはデュランフォード国へ戻る前から窓からの脱出を考えていた。


側にあった木にぶら下がり、そのまま器用に降りていく。


地面へとつき、あとは誰にも見られないように城下町へと出て、城壁にある門を抜ければデュランフォード国から出られる。


幸いなことに城の庭に人気ひとけはなく悠々ゆうゆうと出ることができ、そのまま城下町を走った。


そして城門へとたどり着くと、そこにいた門番に止められたが(ラースの結婚相手だと覚えられていた)、適当な嘘をついてデュランフォード国を出ることに成功。


移動手段が徒歩になってしまったのは少々困ったが、シグリーズが仕事がないときに寝泊まりしている商業都市ユラは、数日かかっても歩いていけない距離ではない。


強引に結婚させられるよりはいいと、彼女は歩を進める。


デュランフォード本国から出てしまえばもう安心だ。


まさか追っ手を出すこともないだろうと、シグリーズはホッと胸を撫で下ろしながらドルテの店へと向かう。


「今どの辺?」


陽が沈み始め、夕日が辺りをオレンジ色に変えていく頃。


ようやく酒が抜けたアルヴが、背負っていた荷物袋から顔を出した。


飲みすぎなのかなんなのか、妖精はとても気分が悪そうにシグリーズに訊ねてくる。


「デュランフォードの本国は出たよ。でもまだ領地内だから、ユラまでは数日かかるかな」


「そっか……。ねえ、シグ」


荷物袋の隙間すきまから、だらしない顔でアルヴは話を始めた。


今回の仕事はいつもよりも規模きぼが大きく、名の知れた者や国に渦巻く策謀さくぼうなど本当に大変なものだった。


何度か危ない場面もあったが、それでも見事にやり遂げた。


アルヴはそんなシグリーズは自分の自慢だと、青白い顔をゆるませて言った。


「どうしたの急に? まだ酔っ払ってんの、あんた?」


「そうかも……。でも、なんか上手く言えないけど……嬉しいんだ、あたし」


シグリーズはそんな妖精に向かって微笑むと、しっかり休むように言った。


変なことを言うよりも、気分が良くなるまではしゃべらないようにと。


それから陽が完全に落ちる前。


シグリーズとアルヴは野宿をするため、川の側に荷物を下ろした。


落ちていた石と木々を集めてかまどを作り、夕食の準備に入る。


慣れた手つきで火を付け、簡単なスープを作り、干し肉とパンを用意する。


冒険者のときから野宿など毎度のことであるシグリーズにとっては、これも日常と変わらない。


「いい匂い。シグのスープ、久しぶりだねぇ」


スープが完成し、アルヴがのそのそと荷物袋から姿を現した。


言われた通りに眠ったんだろう。


すっきりした顔で羽を動かし、スープを容器に入れるシグリーズの肩に降りてくる。


彼女はそんなアルヴを見てやれやれとため息をつくと、相棒に容器に入れたスープを渡した。


「俺ももらっていいか?」


そのとき暗闇から声が聞こえ、シグリーズとアルヴが声のするほうへ視線を動かす。


シグリーズは側に置いてあった剣を手に取り、アルヴのほうは慌てて彼女の陰にかくれた。


だが、二人はすぐに警戒を解いた。


なぜならばそこにいたのは、今回の仕事の依頼主――ラース·デュランフォードだったからだ。

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