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――その後、ゲルマ王立ち合いのもとに。


デュランフォード国とゲルマ国の調印式が、改めておこなわれた。


これにて両国の戦争は完全に終結し、和平協定が結ばれることになった。


長年続いた因縁いんねんも終わり、これから共にカンディビア南部地域を平定させるため、デュランフォード国とゲルマ国は手を取り合っていくことになる。


ゲルマ王の病の原因となる魔法をかけたビレ·ハインデルは、彼につき従った大臣らと共に牢へと入れられ、ラースの計らいもあり、処分は後日ということになった。


調印式の後――。


ささやかながらうたげが開かれた。


ラースについていた護衛ごえいたちもゲルマの者らと酒を飲み交わし、互いに笑みを向け合っている。


ツイード·ゲルマ王も当然とばかりに宴に参加し、恐ろしい勢いで料理と酒を口へ放り込んでいた。


分厚い肉やゲルマ国自慢の新鮮な魚、野菜なども皿の上からあっという間に消えていき、酒を注がれるのも面倒だとたるごと口につけている。


その様子は、ラース以外のデュランフォードの人間を圧倒させ、シグリーズとアルヴもまた開いた口がふさがらなくなるほどの勢いだ。


「ねえ、シグ。あの王さま、ついこないだまで死にかけてたんだよね? それであれって……まったくどうなってるんだよぉ……」


豪快ごうかいというかなんというか……。ラースやオーレさんもおかしいところがあるけど、これは南部地域に住む人の見方が変わりそうだね……」


そんな二人の前では、ゲルマ王とラースが並んで椅子いすに腰かけていた。


どうやら彼らは古い付き合いだったようで、ゲルマ王は成人男性ほどもある大きな魚を、その頭から食いながら声をかけている。


内容はラースがまだ幼かった頃の話だ。


ゲルマ王は魚を骨ごとバリバリ食べながら、ラースの成長に驚いているようだった。


「あの鼻持ちならない悪童あくどうが、随分ずいぶんと立派になったものだな。デュランフォードの奴もあの世で鼻が高かろう」


「悪童っていつの話をしてんだよ、あんたは。俺はもう二十九だぜ」


「ふん、私からすればお前なんぞまだまだヒヨッコよ。しかし、今回は助けられた。王ではなくゲルマに住む一人として、礼をいうぞラース、いや、デュランフォード王よ」


「前みてぇにラースでいいよ、ったく……。それにしても、病み上がりでよくそこまで食えるな。あまり食い過ぎると違う病気になるぞ。もういい歳なんだからよ。あんまし無理すんな」


ラースとゲルマ王は、二人とも実に嬉しそうに酒を酌み交わしていた。


その様子は、まるで長い間会っていなかった親類と会話しているような、なごやかな雰囲気が流れている。


以前から敵同士だったとはいえ、ラースの父である先代デュランフォード王と、ツイード·ゲルマが互いに好敵手と認め合っていたというのもあったのだろう。


和平協定の後の二人の姿は、もう家族にしか見えない。


「シグリーズ·ウェーグナー! 妖精アルヴ! どこにいる!? そなたらともぜひ飲みたい! 今すぐ私の前へ来い!」


かなり酔っ払ってきたせいか。


ゲルマ王はなんの前触れもなく突然声を張り上げ、シグリーズたちを呼び出した。


椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にして周囲を見回す王の姿に、ゲルマの兵たちから笑い声が漏れている。


中には涙ぐみながら微笑む者もおり、今見えているこれが普段のゲルマ王なのだと思わせた。


王が国に戻ったと、ゲルマの人間なら感傷かんしょうひたらずにはいられないのだ。


「シ、シグ……。なんか呼ばれてるよぉ」


「あまり行きたくないけど、王さまに呼ばれたらしょうがないね……」


そんな宴の席で、シグリーズとアルヴはまるで身を隠すように端っこで食事をしていた。


二人はゲルマ王の飲みっぷりからすぐに酔いが回ると思い、からまれてはらないと静かにしていたのだ。


だがそんな努力もむなしく、シグリーズとアルヴは呼び出されてしまった。


シグリーズは、元々酔っ払いの相手が好きではない。


お酒もたしなむ程度である。


一方でアルヴは大酒飲みで酒の席ではむしろ人に絡むほうであるが、どうやら彼女はほぼ初対面であるはずのゲルマ王のことが苦手なようだ。


「じゃあ、シグだけ行ってね。どうせゲルマ王にあたしの姿は見えないし。あたしはあたしで、ひとりでお酒とお魚を楽しませてもらうから」


「あんたも王さまに呼ばれてんだよ。いいから来なさい」


「ひぇぇぇッ! ヤダッ離してシグ! ああいうタイプの王さまは、酔っ払った勢いで何を言い出すかわかったもんじゃないんだよ!」


アルヴはシグリーズの手でガシッと鷲掴みにされ、二人はゲルマ王とラースのいる席へと足を運んだ。


ゲルマ王は彼女の姿を見るやいなや、樽に入った酒を一気に飲み干し、肩の力を抜くように言う。


「シグリーズ、お前には感謝してもしきれん。こうやってラースと美味い酒が飲めるのも、すべてお前の解毒魔法のおかげだからな」


「私は自分にできることをしただけです。感謝ならばラース王に」


「固いな、お前は。もっと楽にしろ。普段通りで構わん。もはや両国の問題が片付いた今、ラースは私の息子のようなものなのだからな」


シグリーズには、ゲルマ王の言っている意味がわからなかった。


なぜラースが息子だと、王に対して普段通りに振る舞っていいのかが。


不可解そうにしているシグリーズとは違い、ゲルマ王の言葉の意味を察したアルヴは呆れた顔で王を見ている。


「なにしろこいつの親父とは幼き頃から殺し合っていたからな。付き合いの長さが違うのだ」


「あの、それってどういう意味なんでしょうか? ラース王が息子だと私も?」


「察しの悪い女だな。つまりはこうだ。ラースと夫婦になるのなら、私の娘も同然ということよ」


「え……? えぇぇぇッ!?」


驚愕して慌てふためくシグリーズ。


アルヴはそんな彼女の肩の上でため息をついていた。


そして、目の前にいるゲルマ王、ラースを見ては、この場にいないオーレのことも思い出す。


「他人のことお構いなしなのは、ここの土地柄なのかな……」


改めてアルヴは思った。


この南部地域にはおかしな人間しかいないのだなと。

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