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大臣たちは辺りを見回すが、声はしても姿が見えず混乱していた。


そんな中で、ビレだけはその声の人物の姿が見えていた。


高い天井の近くに浮く、銀色の髪に赤い目をした羽のある小人の少女――。


妖精アルヴが、大広間にいるすべての人間を見下ろしながら叫んでいる。


「やっぱ見えてるな、この細目男! お前のたくらみもここまでだよ!」


アルヴは声を張り上げながら宙を飛び回っていた。


特に意味はなさそうだが、おそらくあふれる感情をおそえられないといったところだろう。


しかしそんな妖精の姿も、この場ではビレとラース以外に見える者はいない。


大臣たちは未だに声がするほうへ視線を向けては、おろおろと狼狽うろたえており、一方でラースの護衛ごえいらは押さえつけられながら、ただ不可解そうにしているだけだ。


「たかが虫羽根ばねの生えた小人に何ができるというんですか? まさかその非力な体で僕が止められるとでも?」


「お前を止めるのはあたしじゃない、“あたしたち”だ! さあ、見て腰を抜かすといいよ! 細目男が一番会いたくなかった人に会わせてあげる!」


アルヴはそうビレに言い返しながら、大広間の出入り口へと飛んでいった。


ハッタリか?


それとも時間稼ぎか?


会わせたくない人というのは気になるが、たとえその人間が現れようとも現状を変えられるはずがない。


そう思ったビレが再びラースへと手をかざそうとすると、アルヴが飛んでいった扉が開いていく。


思わず手を止めて視線を動かしたビレの目には、あり得ない人物が映っていた。


「ビレよ。受けた恩を忘れ、好き勝手に国を動かした貴様の罪……たとえ神でも計り知れんぞ……」


そこには分厚い刃を持った剣を片手に、ガウン姿の中年の男が自前のひげを触りながら立っていた。


顔や体はやつれているが今にも斬りかかってきそうな殺気をみなぎらせ、ビレのことをにらみつけている。


その中年の男の隣には、黒髪のショートカットの女――シグリーズがいた。


シグリーズは、今にも飛びかからんばかり勢いの中年の男よりも前へと出て、大広間にいる全員に向って大声をあげる。


「ゲルマ国の王、ツイード·ゲルマ王の御前だぞ! 今すぐ武器を捨て、王にひざまずけ!」


彼女の言葉を聞き、ラースたちを囲んでいたゲルマ兵らは一斉に武器を捨て、その場にひざまずいた。


それは大臣たちも同じで、彼らは突然のゲルマ王の登場に戸惑いを隠せないどころか、今にも泣き出しそうになっている。


そんな大臣たちよりも動揺どうようしていたのはビレだ。


彼はひざまずくことすらせずにその場で立ち尽くしたまま、ぶつぶつと何か言葉を漏らしていた。


特徴であったその細い目も、別人のように見開いてしまっている。


その姿を見たゲルマ王は、持っていた剣を床に思いっきり突き刺すと、ビレに向って声をかけた。


「何をしている? 早く術を解け」


「い、いや陛下! こいつらはデュランフォードの者で――」


「聞こえんのか? 私が解けといったら解け」


正気に戻ったビレは慌てて反論しようとした。


だがゲルマ王の威圧感に押され、すぐにラースたちにかけていた魔法を解き、その場にひざまずく。


彼らの後ろでは、二人のやり取りを眺めていたシグリーズの肩に、アルヴがスタンと着地していた。


「あの王さま、あんな怖い人だったんだね。さっきとは別人みたいだよ。ありゃオーガにしか見えない。このまま細目男が食われちゃいそう」


「人は思ってもみなかったことがあると、余計に動揺しちゃうもんだしね。あの男からしたら、家にいたらいきなりオーガが現れたって感じじゃない」


「そりゃ怖い」


ミイラのような形相も相まってか。


ゲルマ王の姿を見て、激しく怯えるビレ。


それも仕方ないことだった。


なぜならば王がやまいにかかったのは、彼の魔法によるものだったからだ。


ビレはゲルマ王に魔法をかけ、何もできない状態にした。


それは国を乗っ取り、自分の思い通りに動かそうとしていたからだった。


ゲルマ王にかけられた魔法は、普通の魔導士ではとても解くことができないものだったが。


女神ノルンの加護――妖精アルヴからを受けたシグリーズの魔力は、それを解くことができるほど強力だった。


これは捕虜となったアレキサンダー·ドルフがシグリーズに頼んだことであり、ラースはそのために彼女をゲルマ国に同行させたのだ。


ラースは、シグリーズならばゲルマ王の病を治せると思い、ビレをはじめとした大臣たちにはそのことを伏せていた。


このことはラースとオーレ·シュマイケルなど一部の者しか知らされておらず、シグリーズもゲルマ国に到着後、アレクサンダーからの手紙を見て知る。


表ではラースが調印式を進めている間、彼はアレクサンダーから受け取った手紙から、ビレの手が回っていないゲルマ国の者を探し、シグリーズに王を治療させた。


そして調印式の日まで養生ようじょうさせ、城内が騒がしくなったら出てくるように指示をしていた。


「おう、お前ら。大成功だな。おかげで助かったぜ」


重力魔法から解かれたラースがシグリーズとアルヴをねぎらうと、二人は呆れながら言葉を返した。


自身をおとりにしてゲルマ国の闇を暴こうなど、相変わらず無茶をする男だ。


もしシグリーズの魔法でゲルマ王を治せなかったら、ビレの策略で殺されてしまうところだったと。


そんな二人に向かってラースはニカッと白い歯を見せる。


「危ない橋を渡ったつもりはなかった。お前らなら必ずなんとかしてくれるって信じてたからな」


「ホント変わったよね……。そこまで他人を信用するなんて……」


ラースの笑みを見たシグリーズは、何も言わず微笑みを返した。


一方でアルヴは呆れた顔のままだったが、少しだけ嬉しそうにしていた。

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