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ビレは動けずにいるラースに話を始めた。


ゲルマ王は魔王が倒された後にやまいにかかり、それ以降まともに受け答えもできない。


だからここ数ヶ月間、ずっと自分が国政をになってきた。


後ろ盾となってくれたのはここにいる大臣たち。


彼らは貴族ながらずっと国から冷遇れいぐうされていたようで、ビレは協力してくれるのならば確かな地位を約束すると言い、今にいたる。


もちろん新参者が国の政治を仕切ることが気に入らないという者も出てきたが、それらは残らず始末してきたと、ビレは言う。


その様子は実にほこらしげで、まるで自分をたたえる物語でも語るかのようだった。


「じゃあ、ゲルマ軍がうちに戦争を仕掛けてきたのはお前の指示なんだな」


「そうですよ。僕もこの戦乱の中で各国を統一できると思うほどバカではないですが。せめて周辺の国くらいは手に入れておきたいじゃないですか。王がバカなせいで、今のゲルマ国は他の国から支援が受けれない状態どころか、狙われてもいるのですから。安心が欲しいんです」


「なるほどな。その言い回しでわかったぜ」


「ふむ。一体何がわかったんですか? ぜひ教えていただきたい」


「ゲルマで病が流行り始めたのと、お前が国に来た時期がかぶってるって言ってんだよ」


ラースは先ほどよりも肩を落としながらも、毅然きぜんとした表情で言葉を続けた。


ゲルマ王とラースの父である先代デュランフォード王は、両国に古い遺恨ありながらも、長い間牽制し合いながらも互いに手を出すことはなかった。


それは十年以上もの間、魔王軍という共通の敵がいるということもあったが。


もしこのカンディビア南部地域をべる者がいるとすれば、デュランフォードかゲルマのどちらかだと互いに考えていたからだった。


敵でこそあれ同じく南部地域の生まれ、同じ時代を生きた者同士だったためか、ラースの父とゲルマ王は認め合ってるところがあった。


そのことから、相応しい舞台が整うまで両国が争うことはないと、ラースはずっと思っていたところ。


先代デュランフォード王――ラースの父が亡くなり、さらにはゲルマ王が病気になり、このまま両国の冷戦も終わるはずだった。


時期でいえばアムレット·エルシノアが魔王を倒し、魔王軍がカンディビア全土から姿を消したときだ。


だが、戦争は起こった。


魔王軍との戦争で名を上げた英雄――雷撃アレキサンダー·ドルフが率いるゲルマ自慢の騎馬隊を向かわせ、小競り合いが何度も続いた。


現在はすでに決着はついているが。


ラースはずっとなぜゲルマ国が攻撃をしてきたのかという違和感がぬぐえず、彼がわながあると思いながらも調印式に来たのは、その真相を知るためでもあった。


そして城内に入る前、大臣たちと現れたビレ·ハインデルと会い、今こうして話を聞いてラースは理解する。


ゲルマ王が病にかかり、両国が戦うようになった元凶は、すべてビレ·ハインデルだと。


「お前がゲルマ王に何かしたんだろ。俺にやってるこの重力魔法みたいな方法でよ」


「そこまでお気づきなら、もう冥途めいど土産みやげには満足でしょう。しかし、大したものですね。推測や相手の口ぶりで理解してしまうなんて。どうです? ここで僕に永遠の忠誠を誓うのならば、その命を助けてあげますが」


ビレはその細い手を差し出し、ラースに提案をした。


この場でしたがうなら生かしてやる。


ビレとしても、ラースほどの男はできることならば自分の陣営に加えたい。


だが、ラースは笑ってみせる。


目の前にいる細い目の男を見て、不敵に、ふてぶてしく口角を上げて言い返す。


「冗談だろ。デュランフォードは小さい国だけどよ。今までどんな酷い負け戦をしても他国に屈しなかったのが自慢なんだ。それを俺の代で終わらせてたまるか」


「そうですか。つまらないプライドで死ぬのも野蛮人らしい最後ですね」


ラースの返答を聞き、ビレは差し出した手を広げる。


その手のひらからは、床一面に書かれた魔法陣と同じ禍々まがまがしい光が放たれた。


ビレの放った光に反応し、ラースたちに圧し掛かる力がさらに増していく。


これにはさすがのラースも片膝をついてしまっていた。


その様を見たビレは、文字通り彼を見下しながら魔力を強めていく。


しかし、それでもラースの表情は変わらない。


デュランフォード王の目にはまだ光が残っている。


ビレがそのことを不可解に思っていると、ラースは冷や汗をきながらも言う。


「おいおい、これが最後なんて勝手に決めてんじゃねぇぞ。それにな。たとえ優位に立とうが、相手が生きているうちは終わりじゃねぇんだよ。覚えときな、若造」


「さっきのいさぎよさはどこへいったんですか、ラース王。今のあなたはおりの中で吠える獣にしか見えませんよ」


「そういうお前は井の中のかわずだな。大海も知らず、なんでも自分の思い通りになると思ってやがる……昔の俺みてぇだ」


ビレはラースの言い草が気に入らなかった。


どうして殺されかけているのにこんな態度が取れるのか。


何が昔の自分に似ているだ。


死にかけのくせに何を言うのか。


四強といえど自分に敵わないことを、今ここで証明してやる。


ビレが高めた魔力を解き放ち、ラースたちに止めを刺そうとした瞬間――。


「ちょっと待ったぁぁぁッ!」


突然、大広間すべてに響き渡るほどの女の声が聞こえた。

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