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――それから数日後。


デュランフォード国とゲルマ国の和平協定のための調印式が行われることになった。


式には、ゲルマ国を代表してビレ·ハインデルと大臣たちが出席し、デュランフォード国側は当然ラースと数名のお付きが周囲を固めていた。


城内にある大広間でやることとなった調印式は最低限の人数で行われることとなり、部屋の中は両国の国旗と伝統や文化を象徴する物がかざられている。


デュランフォード国の工芸品は虎などの肉食動物の石像が並び、ゲルマ国のほうには黒い十字架などがその代表だ。


その中でラースが違和感を覚えたのは、床一面に書かれた紋様もんようや文字で構成された図だった。


まるで悪魔に生贄いけにえでも捧げる黒魔術でも始めそうな仰々ぎょうぎょうしい図。


これにはラースだけでなく、デュランフォード国のお付きらも不可解そうな顔になっていた。


ラースが気になって床について訊ねると、どうやらゲルマ国に昔からあるものらしく、重要な儀式や祝いの席では必ず書かれるものだと答えが返ってきた。


そんなものがあったのか?


ゲルマ国のことをそれなりに知っていたラースだったが。


そんな魔術のような謎めいた文化の存在は知らなかった。


さらに両国にとって重要な式であるはずなのに、随分と内々で始めているように見えるのもみょうだった。


明らかに不穏な感じがする中、調印式はとどこおりなく進んでいく。


ラースと代表者としてビレが互いに誓いの文章に署名し、その誓いの強固さの表れとして指の一部を切り自らの血液で捺印した血判状けっぱんじょうをしたためる。


これで和平協定は結ばれるが、血の署名などいよいよ黒魔術のようだなとラースは思っていた。


「では、ラース・デュランフォード王。最後に部屋の中心に立ってもらえますか。それで式は完了します」


ビレはこうべを垂れ、ラースに式の最後を飾るため、彼に願い出た。


その意図することはわからなかったが、ラースは言う通りに大広間の中心に歩を進める。


ちょうど紋様や文字で構成された図の真ん中だ。


「これでいいか? それにしてもゲルマ国の式が、こんな大袈裟なものだとは知らなかったな」


ラースが皮肉交じりで答えると、ビレは肩を揺らしていた。


そんな細い目の男に続き、大臣たちも屈みながらその身を揺らし始めている。


「何か変なことでも言ったか? 一体何がそんなにおかしいんだ?」


「おっとこれは失礼、ラース・デュランフォード王。まだ式が終わっていないというのに不謹慎ふきんしんでしたね」


ビレは笑いが堪えられないようで、笑みを浮かべたまま顔を上げ、ラースに視線を合わす。


細い目がうっすらと開き、そのときのビレの瞳は、まるで空から獲物を狙うたかのようだった。


「ですが、これが笑わずにいられるでしょうか。うわさに名高い四強のラース王が、まさかこんな簡単に術中じゅっちゅうにはまってくれたのですから」


ビレがそう言ったのと同時に、大広間に武装した兵たちが現れた。


その数は四、五十人。


いくら護衛ごえいが十人にも満たないとはいえ、四強と呼ばれる豪傑ごうけつのラースに対しては、あまりにも心もとない。


だが、それでもビレ、大臣たちの笑みは崩れなかった。


囲まれたラースは、護衛らに自分の傍に集まるように言うと、細い目の男に向かって口を開く


「怪しいと思ったらやっぱりかよ……。おい、こんな人数で俺をやろうってのか? ナメてんじゃねぇぞ。大体こんなことをゲルマ王は許してんのか、あん?」


「おやおやラース王。なんだか口が悪くなってますね。それが本当のあなたですか。野蛮やばんなデュランフォードの人間らしくて、そちらのほうがお似合いですよ」


茶化ちゃかしてねぇで答えろよ。ゲルマ王はお前らがしていることを知ってんのか?」


ビレはラースの問いに答えず、何やら詠唱えいしょうを口にし始めていた。


すると、床一面に書かれた紋様や文字で構成された図が、禍々しい輝きを放ち始める。


その中心にいたラースは、放たれた光に包まれると急に体が重くなった。


まるで全身にくまなく見えない重量物をつけられたような感覚におちいり、立っているのも辛くなってくる。


「おい、ビレ·ハインデル。なにをしやがった、テメェッ!」


「まだ立っていられるとは、さすが四強は伊達だてではないということですね」


声を荒げるラース。


それを笑うビレ。


そんな中、ラース以外の護衛は襲われ、数に任させたやり方で強引に取り押さえられてしまう。


デュランフォード人の特徴ともいうべき屈強くっきょうな体は意味をなさず、前のめりのまま動けずに、言葉を発することすら苦しそうだ。


「あなたも無理せず横になるといい」


「……確かにこいつは、立っていられるのも時間の問題だな。まさかこの怪しい魔法陣が重力魔法をかけるためとは恐れ入ったぜ」


「ほう、よく気がつきましたね。腕力だけではなく博識はくしきだとも聞いていましたが。その観察眼かんさつがん、褒めてあげましょう」


冥途めいど土産みやげに、せめてさっきから訊いてることを教えてくれねぇか。このまま何もわからねぇまま死ぬのはこくってもんだろ」


ラースのいさぎよい態度に、ビレは満足そうに歩を進めた。


そしてデュランフォード王を縛る魔法陣の外から、薄ら笑いを浮かべながら言う。


「よろしい。教えて差し上げましょう。今回のことをゲルマ王は知りません。僕の独断です」

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