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ムスッとした表情で話す妖精の話を聞き、シグリーズはなおさらよくわからなくなっていた。


細目の若い奴というのは、先ほど大臣たちと挨拶してきたビレ·ハインデルという貴族のことだろうとは理解できたが。


あの中性的な男が、アルヴの姿を見えているのに、わざわざ見えていないふりをしている意味がわからない。


シグリーズからすると、ビレは見えないふりではなく、本当に見えてなかったのではないかと思って、その考えをアルヴに話した。


「それはないよ。だって、一瞬だけどあいつと目が合ったもん。上手いこと頭を下げてそらしてたけどね」


「うーん。じゃあ、あの人にアルヴが見えるとして、どうして見えないふりをしてるの? 普通に挨拶すればいいのに」


「そんなことは知らないよ。でも、あの細目……なんかすごく嫌な感じがした」


アルヴがここまで人を嫌うのはめずらしい。


シグリーズはそう思った。


この相棒は、口こそ悪くわがままなところはあるが、けして初対面の人間を警戒したりはしない。


基本的に口では悪く言うものの、イメージや印象だけで相手がどんな人間かを決めつけたりはしないタイプだ。


シグリーズがめずらしがっている中、アルヴはさらに細い目の男の印象を話す。


「なんか体から出てる魔力が禍々まがまがしいっていうかなんていうか……ともかく油断できない奴だってことは間違いないよ」


妖精の勘が働いたというヤツなのか。


かといってビレという貴族が、こちらに何かしてくるわけでもない。


それに、もし狙うにしても従者を狙うとは考えられない。


シグリーズは、ひとまずアルヴの意見を参考にして、ビレという男の様子を見ることに決める。


「わかった。アルヴの勘を信じて、警戒することにする。じゃあ、早速ラースにそのことを――」


そのとき、シグリーズの返事をさえぎるように、部屋の扉がノックされた。


一体誰だと思っていると、ノックの後にラースの声が聞こえたので、シグリーズは部屋に入るように返事をした。


「なんだ、俺の部屋と大して変わらねぇな。客間にしちゃ広い」


「なに? 部屋を見に来たの? まあ、ちょうど話しておきたいことがあったからよかったけど」


シグリーズは、アルヴがビレ·ハインデルという貴族に、何か嫌な感じがしていることを伝えた。


部屋を調べ終わったアルヴも、ビレを見ていると胸騒ぎや不穏な空気を肌に感じると、ラースに言った。


それから、ラースがビレの名は知っていたようだったので、二人は彼に細い目の貴族について話してもらうことに。


「俺も別に詳しいわけじゃない。ただ、うちとゲルマ国は近いだろ。何かと話を聞くんだよ。他国から使者が来ただの、誰々が次の大臣になっただのな」


ラースはゲルマ国に放った密偵みっていから情報を得ていたようで、ビレ·ハインデルは、その中で名が出てきた一人にすぎないと言う。


彼が知っていることを簡単にまとめると――。


ビレ·ハインデルは十代の頃、魔王軍と戦っていた冒険者だった。


魔導士として多少の名を上げていたビレは、ゲルマ王に取り入って彼のお付きになった。


ゲルマ国の人間となったビレは、そこからメキメキと頭角とうかくを現し、やがて国の中核をになう立場になっていく。


「それまでのゲルマ国で、他国の人間が国内で発言力を持つことはあり得なかったからな。それで奴のことは覚えてたんだよ」


「それだけ聞くと、ビレ·ハインデルはとても優秀な人間だってことか……」


「ああ、あと奴が政治に参加するようになってから、ゲルマにいた古参の人間が次々に亡くなったってのもあったと思う。もしかしたらビレ·ハインデルが政敵をほうむったのかもな」


ラースの予想を聞き、アルヴはやっぱりと言いたそうに顔を歪めた。


妖精はシグリーズとラースの前に飛ぶと、宙で憤慨ふんがいしながら二人に言う。


「嫌な予感敵中じゃん! あたしの感じた通り、やっぱあの細目は悪い奴だ! ここへあたしらを呼んだのも、きっと何かたくんでるからだよ!」


「だが、そんな証拠しょうこはない。実際に亡くなった連中たちは病気だったらしいしな。それに、もしビレ·ハインデルがゲルマ国の大臣たちを味方につけてるなら、もうどうしようもねぇだろ」


そうなのだ。


ビレ·ハインデルがうたがわしいとはいえ、彼が何かしたと立証りっしょうできるものは何もない。


さらにラースが言ったように、大臣たちを味方につけているのなら他国の人間では何もできないのである。


それでもシグリーズやアルヴから話を聞く前から、ラースもビレのことは警戒していたらしく、今回の調印式がわなである可能性は感じていたようだ。


「じゃあ、なんでわざわざビレ·ハインデルの思うように動いてるの? 護衛だって連れてきてないし。まさか自分一人でなんとかできるとか思ってるんじゃないでしょうね?」


シグリーズに自信過剰だと遠回しに言われ、ラースは不敵に笑い返した。


そして、彼は持っていた手紙をシグリーズへと差し出す。


その手紙は、先の戦で死闘を繰り広げた、アレキサンダー·ドルフが書いたものだった。


「とりあえず俺のことは心配すんな。お前はお前の頼まれた仕事をしてくれ。それが多分、この国を巣くう病魔びょうまを一掃できることにつながるからよ」


笑みを浮かべ、シグリーズに手紙を渡したラースは、そのまま背を向けて部屋を出ていった。


それとなくしか聞いていなかった自分がゲルマ国でやる仕事は、どうやらアレクサンダーの手紙に詳しく書かれているのだと、彼女は理解した。


「まあ、私はやれることをやるだけね」


「私はじゃない“あたしたち”だよ、シグ」


アルヴがフンッとふんぞり返って声をかけてきて、シグリーズは油断ならない状況になってきたというのに、なんだから笑いが込み上げてきてしまった。

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