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ゲルマ城の前に到着すると、馬車から御者ぎょしゃが門番と話していた。


城壁の出入り口のときと同じだ。


シグリーズはあまり城へと入った経験はなかったが、多くの国へ行ったことがあったため、どこも同じなのだと思っていた。


受付を済ませて城内に入り、城の出入り口まで進む。


そこから馬車を降り、ゲルマ国の者が馬と乗り物を預かってくれた。


遠路えんろはるばるお疲れ様です、ラース・デュランフォード王」


「この度はこちらの都合を聞いていただき、誠にありがとうございます」


「病気で伏せっている我らがゲルマ王に代わり、心からお礼を申し上げさせてもらいます」


そこへラースを待つゲルマ国の大臣たちが現れた。


深くこうべを垂れ、デュランフォード王にひれ伏す大臣たち。


ラースも彼らに挨拶と礼を返すと、大臣たちの中から一人の人物が出てくる。


「どうもお初にお目にかかります、ラース・デュランフォード王。僕はビレ·ハインデルと申します。今回の調印式を取り仕切るようにおおせつかっているので、何かわからないことや必要な物があれば、声をおかけください」


まつ毛が長く、細い目をした女性のような顔をしている男。


長く色素の薄い髪や宮廷服ではなくローブ姿というのも、ビレと名乗った男の中性的な容姿に一役買っていた。


「ほう、貴公きこうがビレ·ハインデルか。噂はかねがね聞いている。まだ二十代という若さで国の政策にたずさわる人物だとな」


シグリーズとアルヴの目の前で見せていた軽薄な態度はどこへやら。


ラースは、王らしく言葉遣いも態度も直して対応していた。


その変わり身の早さにシグリーズが驚き、アルヴのほうは開いた口がふさがらなくなってしまう。


「誰あれ? あんな奴だったっけ、ラースって……」


「さすがとしか言えないよね。私にはマネできそうにないや」


アルヴが毒づき、シグリーズのほうが感心していると、ビレは二人に視線を向ける。


それから細目の男は、シグリーズたちの目の前へと歩を進め、彼女たちに深く頭を下げた。


「お連れの方も初めまして。短い間ですが、どうかよろしくお願いいたします」


「は、はぁ、どうも。こちらこそよろしくお願いします」


ビレの慇懃いんぎんな態度に、シグリーズは思わず恐縮きょうしゅくしていると、彼はラースに訊ねた。


オーレ·シュマイケルは連れていないのかと。


その問いに、ラースは老騎士がいないと何か問題があるのかと訊ね返す。


「こちらにもいろいろあってな。今回は今いる者しか連れてきていない。オーレの奴には俺の留守を任せてあるのだ。奴がいたほうがよかったか?」


「いえ、けしてそういうわけでは……」


ビレはやり過ぎと思うほど深く頭を下げ、言葉を続ける。


「ただシュマイケル様はデュランフォード国を代表する騎士と聞いておりましたので、今後のことも考えて、ぜひお顔を覚えてもらいたかったのです」


「そうか。だが、心配する必要はないぞ。近いうちにオーレだけでなく、デュランフォードの者らにもゲルマへ挨拶に来させるつもりだ。そのときにまたよろしく頼む」


「ラース王のお心遣い、大変有り難く思います。では、こちらへ。お部屋を用意しておりますので、旅の疲れいやしてください」


ビレは再び深く頭を下げると、次女たちを呼んだ。


それから彼女たちに案内させると言い、彼は大臣たちと共に、ラースたちがその場から去っていくのを見守っていた。


シグリーズがその様子を呆けた顔で見ていると、ラースから一緒に来るように声をかけられる。


「おい、いつまでも突っ立ってるんだ。置いていくぞ」


「えッ!? あぁ、ちょっと待って!」


慌ててラースとデュランフォードの従者たちを追いかけたシグリーズ。


その様子を見ていたビレは、ローブのすそで顔を隠しながらその口角を上げていた。


老騎士オーレ·シュマイケルは不在。


お付きの者も十人足らず。


デュランフォード国一向を把握はあくしたビレは、内心でそう呟くと細い目を開く。


「少々驚かされたが、オーレ・シュマイケルがいないとなると、これは予定以上にやり易くなった……」


ビレの言葉を聞いた大臣たちは、その誰もがクスクス笑っていた。


――ゲルマ城内へと入り、あてがわれた部屋へと通されたシグリーズは、室内にあったソファーに腰を下ろしていた。


彼女は他のデュランフォードのお付きたちとは違い、王の面倒を見る必要がないので、声がかかるまで部屋にいるようにラースから言われている。


広い部屋からなんとなく空を見ているシグリーズの横では、アルヴが何やら不機嫌そうに室内を荒し始めていた。


「あんた、さっきからなにしてんの?」


「見ればわかるでしょ。何か怪しいものがないか調べてるんだよ。ドルテから前に聞いたんだけど、最近じゃ会話を盗み聞きできる魔導具とかあるみたいだから」


シグリーズは、なぜアルヴがそんな物騒ぶっそうなものを探しているのかがわからなかった。


ゲルマ国はもうデュランフォード国と和平協定を結ぶと決めたのだ。


今さら盗聴して、何かしら弱味を握ろうとする必要もないだろう。


この部屋がラースのものだったらまだわからないでもないが、シグリーズはゲルマ国から見ればただの従者。


そんな人間の部屋に、魔導具なんて仕掛けないと、彼女は思っていた。


「私はそんな心配はいらないと思うんだけど」


「甘いね、シグ。さっきの奴を見て気がつかなかったの」


さっきの奴?


シグリーズはアルヴが言っている人物のことが思い当たらない。


ゲルマ国へ来てから、そんな警戒するような人間がいたかと彼女が思っていると――。


「あの細目の若い奴だよ。あいつ、あたしのこと見えてたのに、見えないふりしてた」

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